23.新しい使用人
ディアナはあらたまった彼のその言葉に、首をかしげて視線を向けた。彼は後ろにいた人物に譲るように半歩横に移動する。そこには二人の人物がいた。さきほどからその存在には気づいていたが、使用人のお仕着せを着ていたためディアナの意識からは外れていた。
しかし彼の用件はその二人に関わることだったようだ。彼女はその二人に向き合うようにして立ち、剣を腰に差している鞘におさめた。
「新しく雇った使用人です。あなたにも紹介しておこうと思いまして」
最初に目に入ったのは男性の方だった。長い茶髪をゆるく首元で結び、肩から流している。ブラウンの瞳は切れ長で、エリアス同様、とても優美な印象を受ける線の細い男性だ。
その左隣には女性が立っていた。茶色の髪をきっちりと頭の上で結い上げ、ぱっちりとした二重のブラウンの瞳が印象的だった。その容姿は整っており、地味なメイド服を着ていても十分に美人と呼べる顔立ちをしている。
「男の方はアスター。こちらは執事としてこれから勤めてもらいます。女性のほうはローザ。彼女にはメイドとして勤めてもらいます」
「お初にお目にかかります、奥様。アスターと申します。以後、お見知りおきを」
「お初にお目にかかります、奥様。あたしはローザと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
(……ん?)
ディアナはローザに一瞬睨まれた気がして首をかしげそうになった。しかしそれは気のせいだったのか、彼女は洗練された仕草でカーテシーをして頭を下げている。
「二人とも、よろしくね」
(気のせいかしら……?)
結局ディアナは無難にそう返事を返した。
今、この屋敷では人の入れ替わりが激しい。エリアスが自分の派閥の者を残し、そうでない者を外に出してその代わりの新人を雇っているからだ。
元々いた者がエリアス派閥の者だけになれば、後から入ってきた新人は当然その考え方に染まる。少なくとも大多数であるエリアス派を敵に回してまでハンナに味方しようとは思わないだろう。
つまり、屋敷内でのエリアスの権力を強めるための措置だ。
ちなみに執事のスチュワートは早々に解雇されている。というのも、彼は数日間失踪したっきり返ってこなかったのだ。
失踪したのはあの魔獣騒動の時からだ。ディアナがシュランゲを倒した後、すぐにエリアスはみなの無事を確認した。軽傷者のみであったが、一人だけ、スチュワートのみが忽然と姿を消していたのだ。
最初は重傷を負って身動きが取れないのかとみんなが思って付近を捜索したが、生きている姿も遺体すらも見つからなかった。そして目撃証言を集めたところ、彼を教会で見た者はいても、庭園で見た者はいないということがわかった。
彼の直属の部下が、最後に「おまえは先に庭園に向かえ」と教会で指示を受けたのが最後の目撃証言だった。
数日後、つまり一昨日にあたるが、彼はひょっこりと姿を現した。しかしその時にはもう疑惑は確定していた。
彼が、あの魔獣を呼び込んだという疑惑だ。
執事であり部下の采配を仕切るはずの彼が庭園に向かわなかった理由はなにか。それは魔獣が人を襲うとわかっていたからだ、と憲兵は推測した。そしてそのうえで事件前後の彼の行動を調べ上げ、スチュワートが魔獣の貸し出しを生業としている後ろ暗い連中と密会していることが判明したのだ。
つまり何が起きたかというと、ひょっこり現れた彼はすぐさまその場で憲兵に引き渡され、逮捕された。
「大奥様の命令でやったんだ!」と彼はわめいていたが、ハンナは「そんな恐ろしいことを命じるわけがないでしょう」と一蹴した。
「わたしだって、死ぬところだったんですよ」と。
それはその通りで、ハンナも足に負傷を負って離れで療養中だ。
非常に疑わしいが、疑うにも取り調べるにも彼女は大物すぎるし根拠が弱い。
そういうわけで事件はスチュワート一人の犯行として片付けられた。
そのスチュワートの後釜として、アスターは雇われたということだろう。
(ずいぶん若いのねぇ)
ディアナは思う。
スチュワートはハンナと同じ歳くらいの初老の男性だった。しかしアスターの年齢はエリアスとそう変わらなく見える。さすがにいい加減に選んだわけではないだろうから、それだけ彼が優秀ということだろう。
二人の首元を見る。そこには奴隷であることを示すタグはなかった。当然だろう。エリアスは貧富の差を嫌っている。おそらく奴隷制度そのものも。これまでに新しく雇われた者もみんな平民だった。
茶色の髪に茶色の瞳。
この二人もおそらく平民なのだろう。
「では僕はこれで。ああ、そうそう。例の件はよろしく頼みましたよ。大丈夫。あなたはただ愛想笑いをして、ひとしきり相手の話を聞いたら『次の予定がありますので、ごきげんよう』と言えばいいんです」
「うぐっ」
言われてディアナは固まった。それは彼女の剣筋が優れないもうひとつの理由である。
だらだらと冷や汗を流すディアナに、その反応をどう受け取ったのかエリアスは疑うようなまなざしを向けた。
「もしかして忘れてました?」
「お、覚えているわ!」
そう、覚えてはいた。
努めて思い出さないようにしようとしていただけで。
「では、頼みましたよ」
そう告げると二人の部下を連れて彼は去って行った。曇天の下、取り残された彼女は一人ぽつんとたたずむ。
「……どうしよう」
いや、どうしようもないのだが。
ディアナは頭を抱えた。





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