22.ディアナという女
天高く広がる曇天。吹きすさぶ風、草むらから聞こえてくる蛙の鳴き声。
じめっとした湿気を含む重たい空気の中、一人の女性が立っていた。彼女は一見して奇妙な格好をしていた。真っ黒いドレスに少し低めのヒールの靴、しかしその腰にはなんとベルトで鞘が固定されていた。そしてその手に持っているのは抜き身の剣だ。鈍い輝きを放つそれを両手で正中に構える彼女の前には木でできたカカシが立っていた。
彼女は目を閉じている。精神統一をしているのだろう。その背筋はピンと伸ばされており、ウェーブがかった豊かな黒髪は頭の後ろで一つにくくられていた。
その時、この葉が一枚、風に飛ばされてきた。それがカカシの前、ちょうど剣を構えるその射程圏内に入る、ーーと思われた瞬間、
「はぁっ!」
女性が剣を振り下ろす。木の葉はひらりと地に落ちた。
「……」
その葉っぱはべつに真っ二つに切られてはいなかった。ただ風圧で落ちただけだ。
ふぅー、と女性はため息をつく。首を二、三度横に振り、手を腰に当てた。
「ダメだわ!」
「みたいですねぇ」
そのままあさっての方向に向けて叫ばれた言葉にエリアスは思わず同意する。剣を持った女性ーーディアナは驚いてその声の主を振り返った。
「エリアス……」
「いったい何をなさっているんですか?」
そう問いかける声は若干呆れていたことだろう。
それにディアナは困ったように眉を寄せた。
今のディアナは悪役の化粧をしていた。紫のアイシャドウに濃い化粧。その状態で気弱そうに眉を寄せられるとアンバランスな印象を受けた。
ありていにいうと、ギャップもえである。
気の強そうな女性にふいに弱い側面を見せられて頼られているーー。ディアナの場合は本来気弱なたちなのでそれはまったくの錯覚なのだが、しかしそんな優越感を感じさせる。
それにエリアスは一瞬くらりときかけたが、つとめて呆れた表情を保った。
「剣の稽古をしていたんだけど……」
ディアナは心細そうに剣を抱きかかえた。意外に豊かな胸元がむにっと盛り上がる。抱えているのが剣ではなくぬいぐるみだったなら完璧だった。
「どうにも、うまくいかなくて……」
みてちょうだい、と彼女は弱々しく言うと、おもむろに剣を振った。それは綺麗な軌道を描いてカカシの胴体をなぎ払う。
乾いた音を立ててカカシは真っ二つになり、その上半身を地面に沈めた。
「切れ味が……、見て、この断面、全然だめだわ……」
「……僕にはよくわかりませんけどねぇ」
綺麗な断面である。これが人間だったら悲惨な惨殺現場だ。
心なし切られたカカシの顔に哀愁が漂っているようにも見える。
しかしディアナは首を振った。
「ここよ! ここ! ちょっとぎざぎざしているでしょう?」
言われてみればそういうふうにも見える。
「わたし、ダメなのよ……、心が乱れると切れ味が鈍ってしまって……、今も葉っぱを切ろうと思ったのにちっとも当たらなかった……」
しょんぼりと肩を落とす彼女には悪いが、ちっとも何が悪いのかがわからない。
たとえメンタルと体のコンディションが万全でもエリアスには宙を舞う木の葉を切ることなどできない。
「あなたの強さがメンタルに左右される、ということだけは伝わりました」
理解をあきらめたエリアスは結局それだけを言った。それにディアナは真剣な様子でうなずく。
「わかってくれて嬉しいわ」
「ちなみに今は何に心を乱しているんですか?」
ディアナは深刻そうにその顔をかげらせる。
「そうね……、理由はいくつかあるわ。たとえばひとつは……、この間、魔獣を切ったでしょう」
彼女の黄金の目はどこまでも深刻そうだ。
「人前で魔獣をたたき切るようなまねをしてしまって恥ずかしいのよ」
「なるほど」
エリアスはうなずく。
「あなたは本当に厄介な性格をしておられますね?」
「よく言われるわ。その性格さえなければ天下を取れたのにって」
「でしょうね」
生まれてくる時代を間違えた、とは彼女にぴったりの言葉だろう。いままでエリアスは兄に対してそう思っていたが、それよりもいろいろと間違って生まれてきた人間が目の前にいた。たとえば時代とか性別とかを間違えている。あとついでに性格も。
そのまま彼女のペースに巻き込まれそうになって、あやうくエリアスは自分を取り戻した。なにもこんな話をしに彼女のことを庭先まで探しに来たわけではなかったのだ。
「さて、実は僕は雑談をしにきたわけではなくてですね。あなたにご紹介したい方がいて来たのです」
こほん、と彼は咳払いをしてみせた。





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