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悪魔侯爵の騎夫人〜気弱な奥様は最強の騎士〜  作者: 陸路りん
第1章 気弱な侯爵夫人ディアナ

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17/20

17.助けの手を差し伸べるのは

 思わず開いた目に黒い背広が飛び込んでくる。

 目の前に守るように現れたそれが盾のように見えた。

 一つにくくられた長い白銀の髪が風に揺れる。華奢な肩、細い腕。まるで優美な人形のようなその姿。

「……っ! エリアス!」

「逃げてください!!」

 彼は無謀にも腰の剣を抜きながらディアナにそう告げた。まるで、魔獣からディアナのことを守るとでも言うかのように。

「早く……っ!!」

(……震えてる)

 当たり前だ。こんな大きな魔獣を相手にするなど、彼一人には荷が重いだろう。

 それなのに、助けにきたのか。

(わざわざわたしなんかを……?)

 わからない。ディアナにはわからない。

 彼がそこまで悪い人間ではないことは理解していた。しかしそれは『貧富の差をなくす』という社会正義であり、ディアナに対しては共犯者という以外の感情はないはずだと思っていた。

 だから彼にゆとりがあるうちは優しいが、そうでなければきっとディアナは見捨てられるのだろうと。

(そう、思ってたのに……)

 なぜ、彼は助けにきたのだろう。

 後方から駆けつけたということは、彼は逃げ延びていたはずなのだ。

 それなのに助けにきた。

 こんなに危機的状況で。命が危ういというのに。

 彼の言葉を思い出す。

『助けにきてくれる騎士などいない』。彼は確かにそう言った。

(その通りだ)

 その通りだった。『ディアナを助けてくれる騎士』など、いままでは現れたことがなかった。

 なのに、どうしてそう告げた当人が今目の前にいるのだろう?

 ディアナの胸が熱を帯びる。そこでやっとディアナは自分が凍えていたことに気がついた。物理的に寒いわけではない。ただ手足が凍えるように固まって体が縮こまっていた。胸から血管を通してその熱は全身へと広がり、ディアナの指先や足を温める。

 心臓が脈打つ音がした。

(……それでいいの?)

 自分にそう問いかける。目の前に立つエリアス。彼は二回もディアナのことを救ってくれた。一度目は夫を殺した時、二度目は今だ。いいや、その前からもずっと。彼は状況を打破してくれたわけではないが、カークスから暴力をふるわれた後、いつだって優しくしてくれていたではないか。

「逃げなさい! 早く……っ!!」

 エリアスの怒鳴る声がする。しかしディアナは動けない。

(ここで彼にかばわれて、彼が死んで、わたしが生き残っていいの……?)

 そんなわけがない。

 そんなわけがなかった。

(……ダメだ!)

 ディアナは破れたドレスの裾を握りしめる。

 いいはずがない。

 その時、彼女の中にあったか細い期待の糸が切れた。

 それは『いつか素敵な騎士がディアナを助けてくれる』という夢の糸だ。

 ディアナの黄金の瞳にあかりが灯る。

「『騎士』なら、いるわ」

「え?」

 彼が戸惑ったように、焦ったように気もそぞろな声をあげる。ディアナは彼に届くように大きな声で言った。

「『あなたの騎士』がいるわ!」

「……っ! こんな時に、何を言って……っ!!」

 苛立たしげに彼が目だけで振り向く。ディアナは地面に片膝をつくと、その彼の手を取った。驚く彼にかまわずに、そのままうやうやしく胸に手をあててこうべをたれる。

「ここに」

「……っ!?」

 魔獣の威嚇の声がした。

「……っ! ディアナっ!?」

 呆然とする彼の手からディアナは剣を奪い取る。

 そして駆けた。

「待ちなさい! そんな無謀なことは……っ!! ディアナっ! ディアナ……っ!!」

 彼の叫ぶ声は風に流されてもはや遠くに聞こえた。

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