15.スチュワートの失策
「おい、準備はいいのか?」
「ああ、注文通りのもんを用意したよ」
執事のスチュワートは会食へと向かう人々の群れからは外れ、墓地裏の森へと来ていた。
そこに待機していた男へと足早に近づくと、その側に置かれた檻をのぞき込む。
「けっこう小さいな」
「あんたな、どんだけ大量に殺す気だよ。殺りたいのは二人だけなんだろ? ならこいつらで十分さ」
その檻の中にはイノシシがいた。
正確には、イノシシの姿をした魔獣エーバだ。
その証にその頭部には鋭い角が三本生えており、目は紅く輝いている。
檻は全部で四つあり、それぞれに一匹ずつその魔獣はおさまっていた。つまり計四匹の魔獣である。
「それにな、あんまり強くてでかいとこんな風に持ち運べねぇし、俺らの命も危うくなる。人づてに手に入る魔獣はこれが限度だ」
「そうか……、まぁそうだな。助かった」
スチュワートは納得すると懐から小袋を出して男に渡した。男はその中身を手のひらへと出して確認する。
中身は金貨だ。
「ひー、ふー、みー……、うん、約束通りの額だな」
「ああ、頼んだぞ。これを絵姿で渡した二人にけしかけてくれ」
金貨をしまいなおした小袋を手にしながら、男はにやにやと笑う。
「なに、招待客に混じってるってならともかく、そいつら主催なんだろ? なら簡単さ。二人ともそろって一番目立つところに立ってくれんなら、そこに走らせりゃいいだけだからな。こいつの牙はすごいぜ。簡単に人の肉をえぐりとる。ひと突きで大柄な男もおだぶつさ。本当はこの匂い袋を持たせてくれりゃあもっと簡単だったんだが……」
「それは無理だ。何度か試したがエリアスの奴、警戒して俺からは何も受け取らねぇ。こけた振りしてなすりつけてやろうとも思ったが、そうすると俺にも匂いがつくしな」
その匂い袋は魔誘香と呼ばれる魔獣を引き寄せるお香が入っていた。男が取り出したそれに檻に入ったエーバたちが興奮して騒ぎ出す。
「おっと……、しまっとかないと俺も危ういな」
そう言うと彼は匂い消しの効果のある香草が詰まった袋の中へとそのお香をしまった。
「じゃ、あとは手はず通りに」
「頼んだぞ! 他はどうでもいいが、くれぐれも大奥様にだけは怪我させるなよ!」
「へっへっ、わかってますよ」
男がもみ手をして請け負ったその瞬間、甲高い鳥の鳴き声がした。
それだけならばそう不思議ではない。ここは森だ。鳥ぐらいはいくらでもいる。
問題はその鳥の鳴き声が、途中で不自然に途切れたことだ。
驚いて二人は鳴き声がした方へ振り返る。
ばさばさと羽ばたく音と小さな何かが駆ける音。あきらかに『何かから逃げている』。
一体何から?
そう首をかしげる前に、『それ』の影が二人の上へと落ちた。
「へ?」
「なっ、こ、これは……っ!」
再び、逃げそびれた鳥の泣き叫ぶような声が周囲に響き渡った。
「なんだ……?」
妙な鳥の鳴き声に、違和感を感じてエリアスが顔をあげた。
葬儀の参列者たちはもうあらかた庭園へと移動し、さて、これからエリアスとディアナの婚姻の予定を発表しよう、と二人は前に出て待機していた時だった。
最初に聞こえた鳥の鳴き声に続き、木がみしみしとしなる音、何かの動物が走る音がする。
(近づいてきてる……?)
どうしたらよいかわからず立ちすくみながら、ディアナは周囲に耳を澄ます。
森だ。教会側ではなく、森の方から音がする。
「いったい何が、……っ!!」
『それ』は木々の隙間を縫うように、その巨大な顔を覗かせた。
最初に目についたのはそのぎょろりとした赤い目だ。ついで、しゅー……、という静かな音とその口からのぞく赤い舌。
びっしりと青いうろこで覆われたその顔は、次の瞬間、鎌首をもたげて持ち上がった。
その高さはゆうに教会を超えていた。
「しゅ、シュランゲだ……っ!!」
叫んだのはいったい誰だっただろう。
その声が響いたと同時に、固まっていた人々は動き出した。
「シュランゲだ!! 魔獣だぞ……っ!! 逃げろぉ……っ!!」
全員が駆けだした。
そこには巨大な蛇がいた。





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