14.葬列
葬儀は滞りなく進行した。
そのことにディアナはほっと胸をなで下ろす。
しかしすぐにその姿を周りの人に見られてはいないかときょろきょろと周囲を見渡した。
教会での祈りの後、教会裏の墓地へと遺体は運ばれた。棺に土をかける時にはハンナはひときわ大きくむせび泣いていた。
ディアナは……、泣く気にはならない。
殺した時にも涙は出なかったのだ。今さら出てくるわけがない。
(薄情かしら……?)
それとも『悪魔』ならこれも当然なのか。
「あとはこの後の『会食』だけですね」
そっと近づいてきたエリアスが囁いた。
棺を墓地におさめた後、親族たちは会食を行う。
通常ならばこの会食の参加者も席順も故人の遺言で決まっており、そしてこの場で非常に重大な遺言が公開される。
つまり、誰に何をどのくらいの贈与をするとか、跡継ぎは誰を指名する、などである。
しかし今回に関しては、いっさい故人の遺志は反映されていない会食だった。
『遺言状が見つからなかった』からだ。
これが本当なのか嘘なのかはわからない。しかしカークスに最も信頼されていたはずのハンナが遺言状を預かっておらず、そのほか誰も遺言状の行方を知らない以上、それは『なかった』と考えるしかない。
(さすがに……)
こればっかりはエリアスが奇術師のように消してしまった、などということはできまい。
仲の悪かったエリアスが遺言状を預かっている、という可能性もあまり考えがたかった。
一家の当主、それも侯爵家の当主が遺言を残さないなどあまり聞いたことがないが、どこからも出てこなかったのだから仕方がない。
おそらくまだ年若く子どももいなかったために用意していなかったのだろう、ということに落ち着いた。
(愛人には子どもがいたらしいけど……)
そう考えてディアナは周囲を見回した。
「ねぇ、愛人の……、マルティナさんだったかしら。彼女は……?」
「呼んでいるわけがないでしょう」
ディアナの質問にエリアスは呆れたように答える。
「葬儀の日取りは領地中に広まっていますから残念ながら知ってはいるでしょうが、葬儀の最中は絶対に入れないように教会には伝えてあります」
「そう……」
ディアナはカークスに対する愛情はなかった。それゆえに愛人であるマルティナに対しても嫉妬心めいた感情は持っていない。
「参列できないなんてかわいそうね」
「あのですねぇ……」
はぁ、とエリアスはため息をつく。
「夢を壊すようで申し訳ありませんが、マルティナも別にカークスのことを愛していたわけではないでしょう」
「え」
「レーヴライン侯爵が好きだっただけで、カークス・レーヴラインが好きだったわけではないでしょう。まぁ、彼女の息子に場を荒らされては困りますから、徹底的に排除しましたが……」
彼はふん、と鼻を鳴らした。
「僕は兄とマルティナが一緒にいるところも見たことがありますがね、とても兄は彼女を大切にしている様子ではありませんでしたよ。暴力こそふるいませんでしたが……、まぁ、それだけって感じです」
「そう……」
ディアナは目を伏せた。
確かにあの夫が人に優しくするところなど想像もつかなかったが、それでも愛人くらいには優しくしているのでは、とどこかで思っていた。
(なんでだろう。なんだかそっちのほうがショックだわ……)
普通は自分には優しくないのに愛人には優しいだなんて、とショックを受ける気がするが、ディアナはそうではなかったことに軽く落ち込んだ。
失望した、と言い換えてもいいのかもしれない。
おそらくディアナは心のどこかであの暴力夫にもそのような人の心があることを期待していたのだ。
「……まぁ、あなたが気にすることではありません。それよりも会食ですが、予定通り教会の庭園で行います」
しょんぼりとするディアナの肩をなぐさめるように軽く叩いてからエリアスは言った。
会食の場所も通常ならば遺言状で指定される。特にこの場所にしなくてはいけない、という規定はないが、少なくともレーヴライン領においては墓地の近くである教会の庭園で行うことが多かった。
教会は豪奢ではあるが、墓地が必要な関係で森に隣接している。庭園は色とりどりの花々が咲き誇るガーデンとなっており、大人数が食事してもゆとりがあるほどの数のガーデンテーブルが置かれていた。
棺が完全に土の下へと埋まり、人々は庭園へと移動していく。
「ハンナが『何か』をしかけてくるかも知れません。僕から離れないようにしてください」
彼が腰を叩く。そこには剣があった。
通常ならば教会への持ち込みは禁止だ。しかし彼ほどの特権階級であればそれが権威の象徴として許されるのだ。
もちろん、今彼が剣を腰に差している理由は権威を見せびらかすためなどではない。護身のためだ。
「気をぬかないように」
あたりにはおごそかな鐘の音が響き渡っていた。




