01 仲間との合流
ジスタリの町は、直立二足歩行する犬の姿をした魔族、コボルドが住む町である。
町の周囲は石を積み上げた塀で囲われているが、その塀自体は2メートルくらいしかなく、大きめのモンスターならすぐに乗り越えてしまいそうだった。
よく見ると塀のあちこちに真新しい傷跡があって、モンスターの襲撃がつい最近あったことがうかがわれる。
町の入り口には木製の分厚い扉があって城門のようになっている。もちろんその左右には軽装の鎧を着て、槍をもったコボルドの衛兵がいる。
「済まぬ、マークスチュアートという者だが」
と声をかけると、衛兵は、
「フォルシーナ様のお父上ですね。フォルシーナさんたちには大変お世話になりました。あの宿にて皆さんお待ちです」
と、3階建ての建物を指さした。
事前にフォルシーナから聞いていたが、きちんと話は通っているようだ。
俺は礼を言って、その宿屋に向かった。
ジスタリの町は魔族領の最南端にあり、扱いとしては辺境の町ということになる。人族の国との国境線沿いにあるので本来なら守りの要衝となるべき町なのだが、なにしろ過去に人族が魔族領に攻め込むことがなかったので、ただの地方の町になっている。
石畳の道を歩いていくが、行き交う人は皆コボルドである。
先日フォルシーナたちがこの町をモンスターの襲撃から救ったためか、俺に対する視線はむしろ友好的であった。
宿屋の入口を潜るとそこはロビーだったのだが、ちょうどフォルシーナたちがそこにいた。どうも俺を迎えに出ようとしていたところだったらしい。
「お父様っ!!」
俺の顔を見るや、フォルシーナが駆け寄って抱き着いてきた。
「済まぬな、心配をかけた」
「ご無事でよかった……。お父様と離れるのがこれほど心細いこととは思いませんでした」
俺の背中に腕を回し、胸に顔をうずめて震えるフォルシーナ。
事前に『通話の魔導具』で連絡を取っていたので感動の再会でもないはずだが、フォルシーナの歳では感情が多少昂ぶってしまうのは仕方ないだろう。俺は軽く抱き返し、細い背中をポンポンと叩いて落ち着かせてやる。
「不測の事態にも冷静に対応していたようで安心したぞ。この町もモンスターから救ったのであろう?」
「はい。ですがそれは皆の頑張りと協力があってのことです。それに、お父様の娘として、人族も魔族もなく困っている者は助けるべきだと思いましたので」
「素晴らしい考えだ。お前が娘で私も鼻が高いぞ、フォルシーナ」
「ありがとうございます」
そんなやりとりをしつつも、フォルシーナは一向に離れる様子がない。それどころか俺の胸に顔を押し付けたまま、やたらと呼吸を荒くしているようである。
まさか過呼吸の兆候かとも思い、背中をさすって「もう大丈夫だ、落ち着くとよい」と声をかけると、今度は胸に顔を押し付けたままで深呼吸を始めた。
どうにも離れる気配がないので、とりあえずフォルシーナはそのままにして、ほかのメンバーに目を向けた。マリアンロッテ、アミュエリザ、メイドのミアール、狐獣人クーラリア、エルフのアルファラ、聖女オルティアナ、将軍リン、そして女公爵ヴァミリオラと、全員間違いなく揃っている。
マリアンロッテとアミュエリザが左右からやってきて、それぞれ、
「陛下、こうしてお姿を見られて心から安心いたしました。陛下にもしものことがあったら、私は生きていけなくなってしまいます。本当によかった……」
「国王陛下のことをお守りできず申し訳ありませんでした。お叱りでも折檻でも、罰は後でどれほどでも頂戴いたしますので、今だけはこのご無礼をお許しください」
といって縋りついてきた。
いやいや、メインヒロイン3人に抱き着かれるほどのものなのだろうか。しかもマリアンロッテは微妙に重いこと言ってるし、アミュエリザの言葉は姉・ヴァミリオラの凄まじい熱光線視線を誘発してるしで、俺としては再会を喜ぶ気持ちが消し飛んでしまいそうになる。
しかしまあ、俺自身も俺の中のマークスチュアート面も彼女たちと合流できたことにはかなりホッとしていた。当然ながら彼女たちは大切な仲間であるし。
ともあれ3人がなかなか離れないので困ってしまったが、ミアールと聖女オルティアナとヴァミリオラがそれぞれ引き剥がしてくれたので助かった。なにしろコボルドの宿屋の従業員も集まって見に来る始末であったのだ。
ともかくそこではほかの客にも邪魔になるということで、宿屋に借りているという部屋に移動をして、情報交換することにした。
移動した部屋は4人部屋で、10人入るのはかなり手狭だったが仕方ない。
椅子代わりにベッドに腰かけると、左隣にはフォルシーナが座ってくる。俺の腕に抱き着いてくるのはいいのだが、時々顔を押し付けて呼吸をしているのどういうわけだろうか。
クーラリアが「ご主人様はいいニオイがするからなあ」と言いながら腕を組んでうなずいているのが気になるが、フォルシーナが俺の匂いを嗅ぐことなどしないだろう。
ともかくフォルシーナが感極まっている感じなので、転移の後で何があったのかをヴァミリオラに確認することにした。
「『通話の魔導具』で話した通りよ。森の中に転移してすぐにモンスターと戦いになって、それを退けた後に貴方から連絡があったの。その後森の近くにあったこの町がモンスターに襲われているのを見て助けに入った。町の魔族たちに感謝されて、それから貴方が来るまではこの宿の世話になっていた、というくらいね。何度か付近を見回ってモンスターを狩っていたけれど、狩りつくせたのか今日は一匹も見なかったわ」
「うむ、いろいろとご苦労であったな。この町を救ったことは、人族と魔族が共存する上で大きな一歩となるだろう」
「そうなるといいわね。この町の住人、コボルド族だったかしら、非常に温厚で純朴な種族ね。王国を攻撃してくる魔族からは想像もできない人たちだわ」
「だろうな。私が途中で出会ったケット・シー族も同じで、人族となんら変わる所はない。人族に対して強い敵愾心があるわけでもなく、戦争についても興味があるわけではなさそうだった」
「この町の住人としては、むしろ戦争が始まると食料が徴発されて困るとも言っていたわね。魔王と魔宰相の対立も知っているみたいだけれども、人族と争わない魔王側を支持している感じは受けたわ」
「であろうな。我々にとっては良い傾向だ」
「ところで、貴方の方はどうだったのかしら? 現地の案内人と一緒にこちらに向かっていたのよね?」
「うむ、実はな――」
俺はそこでターナとの道中の話を伝えた。といっても、重要なのは最後のネブノーとの戦いの部分で、ネブノーがネファリスと同じく『ソウルバーストボム』の魔法をかけられていたという話は、ヴァミリオラだけでなく全員が眉を顰めていた。
「……魔宰相ロゼディクスというのは本当に救いがない下衆のようね。それだけに、放っておいたら何をしてくるかわからない怖さがあるわ」
「今は魔王に譲位を迫っているとのことだ。ゆえに彼自身は魔都ザハーンにいるはず。とすれば、当面注意すべきは最後の四至将ネクライガとなる。こちらもロゼディクスを守るために魔都の近くにいるだろう」
ターナの話でもロゼディクスは魔都にいる雰囲気であったし、ゲーム通りならそうなるはずなのだ。ただネファリスはともかく、ネブノーがあそこで現れたのは完全にイレギュラーなので油断は禁物だろう。
ともあれ情報交換も終わったので、夕飯の話でも……と考えていると、聖女オルティアナが口を開いた。
「ところで陛下、こちらまで案内をしてくださった魔族の方はどちらへいらっしゃったのでしょうか」
「ああ、ターナ殿はネブノーを倒した直後に、用事があると言って去っていったのだ。錬金術にも魔法にも長けた人物だったので皆に会わせたかったのだが」
「それは残念です。ですが、そのような出会いがあるのも陛下の御人望の賜物でしょうね」
「聖女のいう通りなら幸いなのだな。彼女は我が国の錬金術に興味を示していたので、講和が成れば――」
と、そこで俺は言葉を止めてしまった。
なぜか急に部屋の空気が一転し、強い緊張感に包まれたからである。その緊張感の中心は、俺の左腕に抱き着いていたフォルシーナ。零下にまで冷えきった、青い氷のような瞳で見上げてくる能面のようなその顔は、まさに『氷の令嬢』そのものである。
「……お父様、今『彼女』とおっしゃいましたか?」
「う、うむ。 ターナ殿は女性の魔族であったからそう呼んだのだが……」
「どのような女性だったのでしょうか?」
「どう、と言われてもな。小柄で、大きなツノが頭にある、私も初めて見る魔族であった」
「見目のよい方でしたか?」
「見た目はツクヨミくらいの歳に見える少女であったからな。良いと言えば良いのだろうが……」
どうもまた俺が女性に手を出しているとか、そういう誤解を生んでしまったようだ。
だが彼女の外見の話をすると、フォルシーナの冷気は幾分か和らいだ。さすがに10歳くらいに見えるツクヨミと同じ見た目ならそういうことにはならないと思ったのだろう。
俺としては相手がどんな姿でもありえないと言いたいのだが、どこの藪にヘビが隠れているとも知れないので黙っておく。
「そうですか。しかしそのような子どもでも魔族は強い力を持つのですね」
「種族にもよるがな。ターナ殿はそのような種族だったのだろう」
実際は成人していたらしいし、身体の一部の成長率は凄まじかったのだが、それも言う必要はないので黙っておく。
ともかく、フォルシーナの冷気はだんだんと収まっていき、なんとかいつものフォルシーナに戻ってくれた。ホッと一安心といきたいところだったのだが、また俺の腕に顔をうずめて呼吸を始めたのはなんなのだろうか。
マリアンロッテやアミュエリザ、さらにクーラリアあたりはそれを羨ましそうに見ているのも非常に気になる。そういえば前世で『猫吸い』なる行為があると聞いたことがあるが、まさかこの世界には『王吸い』や『父吸い』なる奇習があるのだろうか。
ともかく情報交換も終わったので、その後は夕食を摂って宿で一泊した。
多少のイレギュラーはあったが、これで元のルートである。後は急ぎ魔都に行くだけだが、この感じだとすんなりいくようにも思えない。気を引き締めてかかるとしよう。




