02 案内役を得る
魔族領のどこかに飛ばされた俺は、フォルシーナたちの安否を確認した後、街道らしき道を歩いて行った。
すると、そこで怪我をしている猫妖精族の行商人たちと、その中でやたらと慌てている大きなツノをもった魔族の女の子に遭遇した。
状況としては、モンスターに襲われたケット・シー族を女の子が助けたという場面のようだ。ただポーションがなく、ケット・シー族の怪我が治せない状況らしい。
ともかくケット・シーたちが苦しそうなので、俺は助けるためにそちらに歩いていった。
「取り込み中に済まぬな。困りごとなら助けられることがあるかもしれぬ。いかがされた」
と声をかけると、座り込んだケット・シーたちが一斉に猫の顔をこちらに向けた。
先ほど女の子と話をしていた青年が待っ先に口を開く。
「おんや、あんた人族じゃねえのか? なんでこんなところにいるんだ?」
「『千剣山脈』を魔族領に向かって歩いていたところ爆発に巻き込まれてな。気付いたらここにいたのだ」
適当な嘘をつこうかと思ったが、どちらにしても人族が一人で魔族領にいること自体があまりに不自然だ。だったら最初から嘘はつかないことにした。ただ言っていないことがあるだけである。
「爆発? 確かにさっきすげえのがあったが、それに巻き込まれたんか? ってことは、あれはなんかの魔法実験だったんかね」
「さてな。私にはわからぬが、そのような理由でここにいる。ところで皆怪我をしているようだが、私はポーションを持っている。これを差し上げるのでジスタリの町までの道を教えてもらいたい」
「そりゃありがたい申し出だけんど……」
と青年が言う間に、俺は『マジックバッグ』からポーションを出して、傷だらけのケット・シーたちに配ってしまった。
全員が「ありがてえ……」と言いながらポーションを使う。
「おお!? こりゃずいぶん効きのいいポーションだな!」
「えへえ! ちぎれかけてた尻尾がくっついちまった。こりゃエクストラポーションじゃないんけ!?」
「なんかアタシは毛づやまでよくなった気がするよ」
「ありゃ確かに。ネイサ綺麗になっとるで」
などと目を大きくして驚くケット・シーたち。まあポーションと言っても『精霊水』を使った特製品だからなあ。効きのよさは一級品である。
立ち上がったケット・シーたちは、次々と俺のところに礼を言いに来た。ゲームでも金にうるさい反面情に厚い種族という描かれ方をしていたが、リアルでもそう変わらないようだ。
先ほどの青年も長いひげをピクピクと震わせながらやってきて、猫の目で見上げてきた。
ちなみにケット・シーの身長は俺より頭一つ以上小さい。
「恩に着るで人族のお兄さん。しかし人族のポーションってのはあんなに効くもんなのか?」
「あれは少々特別な品でな。我が国でしか取れぬ特殊な水を使っているのだ」
「あ~、地方の特産かあ。人族の国に行ければ買って来るんだがなあ」
と残念がる青年。なるほどゲーム通り商機に敏感な種族のようだ。
「ちょ、ちょっと待って……ください。その特殊な水って、もしかして『精霊水』のことではないでしょう……か?」
と、そこで、青年の後ろから女の子の声が聞こえてきた。
声の主は、クワガタの顎みたいなツノの生えた、ローブ姿の女の子だった。
彼女は俺の所まで駆け寄ってくると、長い前髪の下から覗く大きな目で、おどおどした感じで見上げてきた。
「あ、あの……、僕にもそのポーションを見せていただけないでしょう……か?」
おかっぱ頭の、可愛らしい顔立ちの魔族である。肌の色が微妙に青みがかっているが、見た目はツノと微妙に尖った耳さえなければ人族とほぼ同じだろうか。大きな目は半分くらい前髪で隠れているが、その瞳は特徴的で、銀の角膜に紫色の十字の虹彩が入っている。
その表情や挙動からは背丈通り子どもにも見えるが、紫の魔導師ローブの胸の部分が驚くほど膨らんでいて、俺は一瞬目を疑ってしまった。かといってじろじろ見るのは失礼なのですぐに目をそらし、誤魔化しにポーションを一本渡してあげた。
その女の子魔族はポーションをじっと見つめ、ブツブツと独り言を始めた。
「ほへ~……、確かにこれは素晴らしいポーション……。精霊力も感じるし……これは間違いなく『精霊水』を使っている……」
しかしこの子、「精霊力を感じる」と言っていたり、『精霊水』を知ってるということはただ者ではなさそうだ。少なくとも『精霊』は、この世界では未だおとぎ話の中の存在に過ぎないのだ。
「貴女はもしや高名な錬金術師なのであろうか。『精霊水』を知っている者はそうは多くないと思うのだが」
「うえ……っ!?」
俺が声をかけると、女の子はビクッとなってポーションのビンを落としそうになり、しかもそれを拾おうとした挙句自身も転びそうになるという、非常にアクロバティックな動きを見せた。それまでの動作が比較的スローモーだったので、こっちも少し驚いてしまう。
ともあれ俺が『神速』でポーションのビンと女の子の身体と両方を掴んだのでセーフだったが、何もしなくても勝手に怪我をしそうな女の子である。
「ああああ……すみませんすみません。僕ちょっと慌てるところがありまして……」
「うむ、少し落ち着かれるがよい。そのポーションは差し上げる。後でゆっくりご覧になられよ」
「い、いいんですか……? これすごく貴重なものだと思うんです……けど」
「我が国では一般の兵士が使っているものだ。大したものではない」
「これを……一般兵士が……?」
口をポカンと開けて、再び俺を見上げてくる女の子。俺はその時、一瞬だけその顔に見覚えがあるような気がしたが、ケット・シーの青年が話しかけてきたのでその思考は中断された。
「そういやあんた、さっきジスタリの町までの道を知りたいって話だったけんど」
「ああそうだ。ジスタリの町に行きたいのだ。ここからだとどのくらいかかるのだろうか」
「そうさなあ……。普通に歩いて2日はかかるで」
「そんなにか」
『千剣山脈』の煙は遠くに見えるのだが、確かに歩いて行くにはかなりの距離かもしれない。しかし随分と遠くに飛ばされてしまったものだ。『ソウルバーストボム』の爆発に巻き込まれかかって生きているだけ幸運ではあるのだが。
「だから道を教えただけだと辿り着けねえかもしんね。俺たちの中の一人が案内してやってもいいんだが……」
「あ……じゃあ僕が案内します。ちょうどジスタリの近くまで行く予定……でしたので」
そこでクワガタツノの女の子が、恐る恐るといった感じで手を挙げた。
しかし気になるのは、それだけの動きなのに胸に腕がつっかえそうになっていることだ。王家の錬金術師筆頭トリリアナにも匹敵するほどのものが小柄な身体についていたらそうもなるよなあ……。正直かなり大変そうだ。
「もし頼めるなら頼みたい」
「ああ、それならよかったんべ。ああそうそう、お嬢ちゃんにも助けてもらったし、人族の兄ちゃんにも助けてもらったし、ジスタリまでの旅に必要なもん、安く売ってやんよ」
そこでタダであげると言わないのがいかにもケット・シーという感じだが、せっかくなので魔族領ならではの食料品などをいくつか買っておいた。ちなみに魔族領の通貨はラエルザから結構な額をもらってある。
「では、出発しましょう……か。歩きながらこのポーションのお話を聞かせて……ください」
妙な巡り合わせから運よくガイドを手に入れた俺は、ケット・シーたちに別れを告げ、一路ジスタリの町へと街道を歩き出した。




