01 転移先はどこ?
「……ここはどこだ?」
俺が今いるのは、草原の真ん中だった。
草原といってもそう広くはなく、近くには森があり、反対側には土が露出しただけの道があり、遠くには険しい山々が連なっている。
「あれは……」
その険しい山々の、さらに向こう側から噴煙みたいな煙が立ち上っているのが見えた。
もしあれがネファリスの『ソウルバーストボム』発動による爆発のものだとしたら、俺はかなり遠くに『飛ばされた』ということになる。
「つまり、『転移魔法』自体は間に合ったが、ギリギリ爆発の影響を受けてどこか知らない土地へ転移してしまったということか」
『ソウルバーストボム』から逃げるために『転移魔法』を使った際、俺は『万魔の森』の入り口を指定したはずだ。だが周囲の景色は明らかに違う場所であった。
「いやそれよりフォルシーナたちは……!?」
見回すが、周囲には人っ子一人いない。
フォルシーナたちにも『転移魔法』はかけたはずなので、爆発に巻き込まれて最悪の事態になったということはないはずだ。だとすると、俺とは別の場所に転移したということだろうか。指定通りに『万魔の森』入口に転移したのならいいのだが。
「……じゃなくて、『通話の魔導具』で連絡を取ればいいだけか」
いざという時のために、『通話の魔導具』をフォルシーナとヴァミリオラには渡してある。
マジックバッグからトランシーバーのような『通話の魔導具』を取り出してフォルシーナを呼び出してみると、幸いにしてすぐにつながった。
『お父様、ご無事ですか!?』
「うむ。そちらはどうだ?」
「全員無事ですが、済みません、今モンスターとの戦闘中なのです』
「わかった、終わったら連絡して欲しい」
いやいや、前世で電話は散々したが、「戦闘中です」と言われたのは初めてだな。
と余裕があるのは、フォルシーナの声にも余裕があったからだ。まあ彼女たちはすでにこの大陸でも最強クラスの戦士だからなあ。ボスクラスでもない限りは楽勝だろう。
フォルシーナからの折り返し連絡を待つ間に、俺は道の方を歩いて行ったり、森をよく観察したりしてみた。
「やっぱりゲームではなかったフィールドだな。リアルな世界なんだからそんなものはいくらでもあるので当然なんだが……」
ただ森の木や、草原の草などを見ると、ゲームでも出て来た魔族領のものである。なのでここが魔族領内であるのは間違いない。
とすると、『転移魔法』の事故によって、俺は一足飛びに『天剣山脈』を抜けて魔族領内に来てしまったことになる。フォルシーナたちが全員揃って無事となれば、もしかしたらラッキーな事故になるのかもしれない。
道はそれなりに踏み跡が新しく、人通りはありそうだ。いるとしても魔族だろうが、彼らは全員が好戦的というわけでもない。
というより、むしろ一般魔族は人族の一般人とそんなに変わらない生活をしているのだ。ゲームでも、人族に対する敵対意識は多少あるものの、普通に会話できる者として描かれていた。
と、『通話の魔導具』から呼び出し音が響いてきた。
「マークスチュアートだ」
『お待たせいたしましたお父様。戦闘が終わりました。お父様がご無事でなによりです』
「そちらは9人揃っているのだな?」
『はい、全員揃っています。私たちは今森にいるのですが、お父様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?』
「こちらは魔族領内の、どこかの小さな街道沿いだな。恐らくは、『転移魔法』で転移する際に、爆発に最も近かった私だけが別の場所に飛ばされたのだろう。そちらは森という話だったが、どこの森かはわかるか?」
『いえ、それがどこなのか……、あ、少々お待ちください。クーラリア、どうしたの?』
どうも向こうでなにかあったらしい。離れたところで会話をしている声が聞こえてきて、そして再びフォルシーナが話し始めた。
『申し訳ありませんお父様、どうやらクーラリアが町のようなものを見つけたそうです。それも、どうやらモンスターに襲われているらしいのですが……』
「モンスターに襲われている町……? モンスターがなにかはわかるか?」
『大きな顎を持った虫のようなモンスターだそうです』
「ふむ……」
それは俺の記憶にある状況だった。
『天剣山脈』を抜け、少し行ったところに『ジスタリ』という魔族の小さな町があるのだが、ゲームでは虫型モンスターに襲われるイベントが発生するのである。もちろんそれを主人公パーティが助けるわけだが、それによって魔族と人族の間のわだかまりが少し解消される、みたいなストーリーになるのである。
なお魔族も野生のモンスターに襲われることは普通にある。魔族が従えられるのは一部の社会性があるモンスターだけだ。
『魔族の町だったとしても助けたいと思うのですが、いかがでしょうか?』
フォルシーナの言葉にやっぱりヒロインなんだなあ、などと思いつつ、
「うむ、すぐに救助に向かうがよい。その町にいるのはコボルド族という犬の頭部を持った、比較的に温厚で友好的な者たちだ。戦いを好まぬはずなので、むしろ助けねば危険だろう」
『わかりました。では急ぎ向かいます』
ということで、これでフォルシーナたちの居場所はほぼ確定した。ラッキーなことに、本来のルートに先回りして転移したことになる。
ジスタリの町を危機から救えば宿屋などが使えるようになるはずなので、俺が合流するまで待っててもらえばいい。問題は俺が今どこにいて、どうすればジスタリの町に行けるのかということになる。
「とりあえず、あの煙が見える方向に行くしかないな」
遥か遠くに見える煙がネファリスの『ソウルバーストボム』の結果であるならば、俺が向かうべきはそちらになる。
目の前の道は、日の位置から見て東西に走っている。煙は東南に見えるので、俺は東に向かって歩き出した。
空は雲が多いが、天候が急に崩れそうな雰囲気はない。時間は午前9時ごろだろう。
右に森、左に草原と山、正面にも低い山がいくつも見える。前方右手の遥か遠くには『天剣山脈』の険しい岩山が連なっていて、その1カ所から煙が上がっている。
他は魔族1人、モンスター1匹いない道である。
「誰か話ができそうな魔族がいればいいんだが。あとは町か村でもあれば……」
と独り言をいいながら歩いていくが、結局30分ほどは誰とも会わなかった。
そろそろフォルシーナから連絡が来てもいいころだな、と思っていると、前方に10人ほどの魔族が道端に座り込んでいるのが見えた。
魔族といっても、見た目は直立歩行する猫である。頭部はほぼ完全に猫で、袖や裾から覗く手足も毛皮で覆われている。身体の作り、特に下半身は猫のそれに近いが、尻をついて座っている姿は人間に近い。身長は1メートル半ほどか。『ケット・シー』と呼ばれる種族である。
ゲームでは、主人公パーティの前に行商人としてよく姿を現す種族であり、そこからわかるように商売さえできれば人族でもオーケー、みたいな商魂たくましい種族である。
しかしそのケット・シーたちだが、どうも多くは傷ついていて苦しんでいる様子であった。背負っていたはずの背嚢を放り出して座り込んでいるのだが、その背嚢も裂けて中身が飛び出したりしている。
俺は近寄ろうとして、そのケット・シーたちの間に別の人物がいることに気付いた。
フード付きのローブを羽織った背の低い魔族である。見えるのは後ろ姿だが、ピンク色のメッシュが入った銀髪と、頭の左右から突き出たクワガタの顎みたいな形の立派なツノが嫌でも目に入る。
髪型からすると女性のようだが、身長からすると子どもなのかもしれない。
彼女は道の真ん中で左右をきょろきょろと見回して、オロオロと挙動不審になっている。
「あああ……ポーションさっき使い切っちゃったしどうしたら……。ごめんなさいごめんなさい……」
と言う声はやはり女の子のそれだ。
近くにいたケット・シーの青年(推定)が、
「いやお嬢ちゃん、助けてもらっただけでもありがてえよ。俺たちもポーションは丁度前の町で全部売ってきちまったんだ。それが裏目に出ただけでお嬢ちゃんは悪くねえよ」
と言っているので、どうやらモンスターかなにかに襲われていたケット・シーたちを女の子が助けた直後、みたいな場面のようだ。




