お買い物
ジルヴァラの腕に座っていたティウは、それでも人混みの先が見えなかったために、座ったまま背伸びをしていた事にジルヴァラに気付かれた。
すぐにジルヴァラの肩へと座る場所を変えられる。これは担がれているのではないかと思わなくもなかったが、ティウの体重は精霊族の血のおかげでとても軽いので気にならないらしい。
ティウはジルヴァラの頭にがっしりと捕まり、背を伸ばして露店に並べられている商品をを見た。
「お魚を揚げたものかな? お団子はお肉かな? え~~何だろう!? ジル、美味しそうだよ!」
露店に並んでいたのは団子が串にささったものだった。丸い団子が四つ串に刺さって焼かれていた。
「それ何ですか?」
「魚の身を潰して団子にしたやつだよ。どうだい一本」
「いります! 二本下さい!」
目を輝かせて即答するティウに店主のおじさんもジルヴァラも笑った。店主は微笑ましそ串焼きを用意した。
代金を払っている横で店主から直接串を一本受け取ったティウは、「食べていい!?」とジルヴァラに聞いた。
「いいぞ」
「坊主良かったな」
「ありがとう。いただきます!」
一口かぶっと噛み付くと、団子がほろりと口の中で崩れていく。慌てて串に残っていた欠片を口に放り込んだ。
何だか不思議な食感だ。身はほとんど味という味がしないような気もするが、焼き上がりすぐにかけられたタレの部分が甘辛くておいしい。
「はふっ、はふっ、んんん~~! このタレ美味しい~~」
「そうかそうか。ありがとな」
「ジルお兄ちゃんもう食べ終わったの? 一個どうぞ!」
いつの間にか食べ終わっていたジルヴァラに横から串を差し出すと、無言で団子に齧り付いた。やはり肉ではないせいか、それとも団子が小さかったからか、どこか物足りなさそうな顔をしている。
ティウは二個目に齧り付き、今度はじっくりと噛みしめた。残りの団子をジルヴァラに食べて貰いながら、ティウが感想を言う。
「これ、スープに入れても美味しそうだね」
ティウは大体の作り方が分かったようで、「タレは魚醤かな?」と聞いた。
「よく分かったな。寒い日はスープも出すから良く温まるんだ。今度また来てくれ」
「うん! おじさんありがとう~!」
愛想の良いティウに気をよくした店主は笑顔で「じゃあな」と別れを告げる。ティウ達は次の露店へと向かった。
「やっぱりお魚の加工品が多いんだね」
「物足りない……」
「お肉が良い?」
「ああ」
「じゃあ次はお肉を探そう!」
ティウが「美味しそうな匂いって分かる?」と聞けば、鼻が利くジルヴァラが「こっちだ」と足を向けた。
近付くにつれて確かに美味しそうな匂いが漂ってきた。そこには順番待ちの列が出来上がっており、期待に胸が膨らんだ。
「並ぼう!」
こんなに美味しそうな匂いなら行列の理由も分かる。品物を受け取って去って行く人の手元を見たら、紙に包まれた何かを頬張っているようだった。
「パン……かな?」
「匂いは肉だ」
「分かるの?」
「ああ。間違いない」
「じゃあパンにお肉を挟んでいるのかな?」
少しずつ列が進んでいき、前にいた人が買い終わった瞬間、ティウは身体が前のめりになった。
屋台には大きな熱された鉄板の上に、少し薄目のステーキが焼かれていた。じゅうじゅうと焼かれているそれらに、ティウとジルヴァラは目が釘付けになる。
この屋台は二人で回しているようだ。一人が焼いて、もう一人が勘定や盛り付けをしているらしい。
目の前の獣人の青年がティウに気付いて少し驚いていたが、笑顔で注文を聞いてきた。
「幾つ欲しいんだい?」
「えっと、えっと……」
「たくさん」
ジルヴァラが数とも言えない数を横から言う。背後でパシパシ音がするのに気付いたティウは、音の発生源に目をやった。ジルヴァラの尻尾が勢いよく振られている。
「えーっと、六つお願いします!」
「おつかいかい? 少し待ってくれ」
そう言って青年は言われた数の丸い白いパンと三角の茶色い紙を用意した。パンは横に切られていて二つになっている。
三角の紙はどうやら紙袋になっているようで、二つに切られているパンの片方を先に入れ、その上にサラダや焼かれた肉を載せていく。
肉の上に寸胴に入れられている茶色いタレを少しかけた。グレイビーソースだろうかとティウは興味津々に見る。
最後にもう片方のパンを載せ、紙の袋の端を閉じた。それを二つ、三つと手際よく作っていく。
大きな紙袋に六つ入れてくれた青年が、「銅一枚と錫二枚だよ」と言った。
ジルヴァラが代金を払い、その横でティウが紙袋を受け取った。できたてですごく温かい。
一般の一食が平均錫五枚なので、一つあたり二枚なのだろう。軽食にしてもちょうど良さそうな値段だ。
列から抜け、ジルヴァラとティウは近場の噴水の前へと足を進めた。そこは縁が座れるようになっているので、そこで食べようという事になったのだ。
紙袋から取り出す振りをして三つを無限時空袋の中に入れ、ジルヴァラに二つ渡した。
「いただきまーす!」
二人ともがぶっとパンに齧りつく。ステーキは固いかと思いきや、とても柔らかかった。
「おいひーー!」
ティウの目がきらきらと輝いた。グレイビーソースにしては甘めだ。まじまじと手元のパンを見る横で、ジルヴァラは二口で食べ終わっている。
次のパンに手を出しているジルヴァラに気付いたティウは、もう一つ無限時空袋から取り出した。
「はい」
「ん」
頬をこれでもかと膨らませたジルヴァラは、嬉しそうにパンを受け取った。
「おいしーねー!」
満面の笑みで聞くと、ジルヴァラもこくんと頷いた。ようやく口の中の物を飲み込んだジルヴァラは、「肉だけもっと食いたい」と欲望のままを口にした。
「どうやってこんなに柔らかくしてるのかな? あぶり焼きに似てるけど……」
ティウは記憶の中から似ている物を探していった。一つだけ該当しそうな料理がある事に気付く。
「もしかして丸ごと煮込んでるのかな? 今度作ってみよう!」
「本当か? 来る前に食べたやつも美味かったが、次は肉の塊が食べたい」
「気持ちは分かるけど、お野菜も食べてね」
ティウがそう言うと、ジルヴァラの耳がペタンと寝てしまう。どうやらあまり野菜は好きではないらしい。
ティウは思わずしょげたジルヴァラの頭を撫でた。すると嬉しかったのか耳が元に戻ってピンッと立った。
「ざっと屋台を見てみたけれど、やっぱり魚が多いね。あとはベーコンとか保存に向いているお肉が多かったな」
「食べ終わったらまた買いに行くか?」
「うん! さっきのやつ、美味しかったからたくさん買っておかない?」
「ああ、いいな」
気付けばジルヴァラに釣られてまた肉ばっかり買っていると、ティウはまた座ったまま遠目に見える魚の屋台の方に目をやった。
「じーちゃんお魚大好きなのに、釣りは嫌いなのよね」
「魚網の魔道具も作っていたぞ」
生活に関する物をこれでもかと作っていたようだ。
「じーちゃんはたくさん魔道具作るけど、あまり自分で使わないのにどうするの?」
必要に駆られて作ることはあるものの、ノアは何か閃いた途端に違うものを作り始める事がある。
使う予定があったはずなのに、気付けば使わずに終わりという事がよくあった。
「依頼はこんなのが欲しいと前もって言われて作るのが多いみたいだ。自分で使う用として何かを作るときはとにかく雑としか言いようがない。網で獲れた魚すら持つのも面倒で、捕れた瞬間台所の流しに転移させていたこともあったぞ」
「え……待って、それって気付いたら流しが……」
「魚だらけで、気付けば床にも落ちてビチビチ跳ねていたな」
「うわぁ……」
雑にもほどがあるとティウは引いてしまった。
「相変わらず引きこもりっぷりが徹底してるなぁ……。あれ? 最初の網の設置はもしかして……」
「俺だ」
「ああ~本当にごめんなさい~~!」
居たたまれさに思わず頭を下げると、ジルヴァラに頭を撫でられた。
「振り回されていたが、そのお陰でティウを待っている時間はあっという間だった気がする」
「ジル……」
アルドリックを見て、嫌悪感を丸出しにしていたジルヴァラ。
その気持ちがどんどんと深刻化していたら、こんなに穏やかなジルヴァラはここにはいなかったかもしれない。
ノアに振り回されていたお陰で憎しみに染まる暇もなかったというのは、ある意味ジルヴァラにとっての救いだったのだろう。
「……待っててくれてありがとう」
自然と言葉が口から出た。憎しみに染まらないようにジルヴァラを見守っていてくれたノアにも感謝しなければいけない。
お礼を言われたジルヴァラはくしゃりと顔を歪ませて、ティウを抱きしめた。




