ジルヴァラの気持ち
「むぐっ」
すっぽりとジルヴァラの腕の中に収まってしまったティウは、身動きが取れなくなった。
頭の上からジルヴァラが静かに囁いた。「目覚めてくれて良かった」と。
「ティウから俺の記憶が無くなっていると知った瞬間、絶望した気持ちになった。でも……あいつの記憶が無いって聞いて嬉しくなった。そんな俺は嫌いか?」
「……私には嫌かどうかなんて分からないよ。でもジルとの思い出がない事が、ジルの悲しみを生んでいるのが分かるから、ごめんねって思ってる」
「ああ……」
「百年前の記憶は思い出して欲しくないっていうのが皆の願いみたいだから、思い出しちゃいけないって思ってるけど、でも……」
ジルヴァラの腕の中でもぞもぞと顔を出したティウは、ジルヴァラの顔を真正面で見ながら言った。
「ジルとの思い出だけは思い出したい。それが今の、私の正直な気持ちかな」
「ティウ……」
また抱きしめられて頭の天辺に顔を押しつけられた。そのままぐりぐりと擦りつけられる。されるがままなっていたが、鼻息が耳に当たって少しくすぐったい。
「だからね、教えて欲しいんだ。少しだけでも思い出を。……ジルとの思い出だけでいいの」
「……分かった」
ジルヴァラが顔を上げた。ティウが恐る恐るその顔を見上げると、嬉しそうに蕩けた顔をしていた。
ティウの胸が、ちょっとだけドキッと跳ねた。
雰囲気にのまれて、なんだか恥ずかしいことを真面目に言ってしまった気がする。
「えへへ……な、何だか照れるね」
そう言いながら後頭部を軽く掻くと、ふと流れる仕草で抱き寄せられて頭の天辺に口付けられた。
「なっ……なななっ」
驚いて思わず距離を取ると笑われてしまった。
「真っ赤になっている」
「わあああ!」
またやろうとしてくるジルヴァラにダメだと抵抗する。腕を突っ張ってみるが、下から掬い上げられてそのまま抱っこされた。
「むううう!」
「怒るなよ。買い物の続きをするんだろう?」
「買い物はします! でも、ちゅ、ちゅ、チューはダメです!」
「なんでだ。昔はティウからいっぱいしてくれたのに。俺の初チューだってティウだぞ」
「えええええ!?」
驚きすぎて目を白黒させていると、ジルヴァラは揶揄っているかのようにニヤニヤと笑っている。
「はっ! 待って、それはジルが子犬だったからでは……⁉」
よくよく考えてみればそんな気がする。可愛い子犬に思わず…といったことはあるかもしれないと思ったが、裏を返せば自分のファーストキスの相手もジルヴァラという事ではないかと思い至った。
「わああああああああ!?」
突然、顔を真っ赤にして大声を上げたティウに、ジルヴァラは驚いたものの、何かに気付いたようでニヤリと笑った。
事実は単に、人化もできない子犬だったジルヴァラがティウの顔を舐めまわしていただけなのだが、教える気はないようだ。
「俺との出会いをいっぱい話そう。ついでにどんな風だったのかも実践して……」
「そこはお断りしますーーっ!」
「なんでだ」
「なんででも!」
もう先ほどのような重い空気は霧散していた。嘘か本当かも分からないジルヴァラの主張に、ティウはたじたじだ。
二人はそんなやりとりを繰り返しながら、また買い物へと戻って行った。
*
ティウは半ばやけくそに、目に付いて気になった野菜らを片っ端から買っていった。
(くううう……恥ずかしい!!)
紙袋に入れて貰ったものなどは受け取った後に鞄に入れる振りをして、どんどん無限時空袋の中へと放り込んでいった。
一つの出店で買う量を片手か両手に収まるほどに減らせば、特に違和感なく無限時空袋に入れられる。そう気付いてからは、とにかくもう手あたり次第に買っていった。
「次はどれを買う?」
「えっと、お肉とお魚と野菜は買ったから……あとは庭になさそうなハーブも欲しいかな? あ、そういえば待ち合わせの時間はまだ大丈夫?」
「ああ。もう少しあるな」
それを聞いたティウは、反射的に「本屋に行きたい!」と即答した。
「昨日、食事に使われている材料名が分からない物ばかりだったの。もう少し辞書とか……そういうのが欲しいなって思って。その辺もお母さんの書録で確認したけど、ここ最近のがなくて」
「そうか」
「あ、でもギルドの用事を終わらせてからの方がいいかな? 本屋なんて行ったら時間を忘れちゃいそう!」
「それはあるな」
「あ、ハイ……」
否定されなかった事に少し申し訳なさを感じていると、辞書だけ選んでギルドの用事を終わらせてしまおうという話になった。
「物足りなかったらまた戻ってくればいいだろう?」
「ジル最高!」
目をきらきらさせたティウはテンションが振り切った。




