朝市に行こう!
早朝に身支度を調えたティウとジルヴァラは、食料品の買い出しのために朝の市場へと向かった。
「朝一はやっぱり生魚が多いのかな?」
「どうだろうな。まだ寒いから意外と少なかったりするんじゃないか?」
「そっか。冬のお魚は脂がのってて美味しいけど、環境によっては痩せてる事もあるよね。干し魚とかも欲しいんだけど、良いのがあるかな~?」
帰ったら魚の蒸し焼きや焼き魚などいっぱい作って食べたい。レストランで食べた料理を再現してみたい。やりたいことがいっぱいあって、どれから手を付けようか今から迷ってしまう。
「マリネも美味しいよね。あ~~お腹空いてきた!」
「何か買い食いするか」
「賛成!」
あれからアルドリックからの接触は何もない。警戒はしているが、宿屋にもそんな事を聞いてきた者もいないようだ。
宿は早々にチェックアウトして、いつでも逃げ出す準備は万全に整えている。何かあれば転移して逃げるとジルヴァラと約束し、お互いうなずき合った。
ご機嫌なティウは楽しみだと鼻歌まで歌い出す。ティウの耳と尻尾がぶんぶんと振られているのにジルヴァラが気付いて笑われてしまった。
「今日は朝市に行って買い物して、屋台見てご飯食べて、本を買いたいな!」
「また買うのか?」
「えっと……昨日、お母さんの書録を確認したんだけど、この国に関する事は全部鍵がかかっていたの」
「ああ」
合点がいったと神妙な顔をするジルヴァラに、ティウは「違うよ」と、慌ててかぶりを振った。
「少しだけ結界が施された歴史が知りたかった気持ちはあるけど、私は記憶を取り戻したいとは思ってないよ!」
「……本当か?」
「もしかしたらなんだけど……百年経っているけど、魔法の歴史がほとんど進んでいない気がしたの。じーちゃんの魔道具のせいもあるのかもしれないけど、私にはこの結界も原因の一つのような気がして、そこが気になっただけなの」
「…………」
「ねえ、ジルは門番をしていた兵士さんが言ってた事を覚えてる?」
「門番の兵士?」
眉間に皺を寄せ、顎に手を当てて考えこむジルヴァラは、「そういえば……」とミズガルに来てすぐのやり取りを思い出す。
「貴族の方が結界に対して何か演説してても聞かないようにって言ってたわ。貴族ってアルドリックさんの事なのかなって思ったの」
「聞けば不安になると言っていたな。……やっぱりあいつが気になってるんじゃないか」
「うっ……それはそうなんだけど……」
痛い所を突かれてしまった。でも、先にちゃんと言っておくべきだとティウは隣を歩いていたジルヴァラに真正面に向き直った。
「たとえ記憶が戻っても、私は結界を修復しない。そんな事をしたら私はまた眠っちゃうかもしれないし、ジルに言われたとおり、次も助かる保証なんてない。私だってこれ以上みんなに迷惑かけたくない。……ジル達はそれが不安だったんでしょう?」
「……ああ」
痛ましそうな顔をするジルヴァラに申し訳ない気持ちになったが、ごめんなさいと謝るよりもティウは目元を綻ばせて微笑んだ。
「心配してくれてありがとう」
ティウを見たジルヴァラが泣きそうな顔をした。
「ジルは私の事がバレたら、結界を修復しろって言われると思ってたんだよね」
「……」
「あのね、私が思うにアルドリックさんは……」
そこまで話した瞬間、後ろ向きだったティウは通行人にぶつかりそうになり、ジルヴァラに助けられた。
「ここで止まったら邪魔になる」
「あ、ありがとう。ごめんなさい」
ティウが謝罪すると、通行人はこちらが獣人の子供だと気付いたようで驚いた表情をしていた。
ティウにちょっかいを出されないように気遣ってなのか、気付いたらジルヴァラの片腕に座る形で抱き上げられていた。
その様子を見ていた通行人はジルヴァラの威圧に負けて後ずさりし、身体を反転させて足早に逃げて行った。
「え、逃げちゃった?」
「人混みが酷くなってきたし気のせいだろう」
「そんな風だった……?」
「ティウ、ほら」
ジルヴァラに促された先には、活気に満ちあふれた朝一が広がっていた。近付けば近付くほど、客を呼び込もうとしている店員の声が響いている。
呼び込みに足を止める者が多く、人が壁となって遠目からでは何が売られているのか分からない。
「わああ! もう沢山売られてる! 行こう行こう早く!」
あっという間にティウの思考が興味に埋め尽くされてしまった。あの壁に混ざって買い物がしたい。何が売られているんだろうとわくわくする。
ティウがお願いすると、ジルヴァラはすいすいと人混みをかき分けて連れて行った。
話が途中だったと気付いたが、ジルヴァラの態度を見てティウは続きを話すのを止めた。
(もう関わって欲しくないって思ってるんだろうな……)
それは痛いほどに分かった。だからもう、これ以上気にするのは止めようと思う。
(でも結界が消えたら歴史に記される位の事件だよね? お母さんに私の結界が消滅しそうって連絡しておいた方がいいかも……)
こればっかりは賢者の血筋の性なのか、譲れない部分なのである。
結界が消滅する歴史的瞬間が直に目で見れなかったとなれば、サミエの機嫌が地を這うだろう。想像したティウはブルっと震えた。
(お母さんを怒らせたらとっても怖いもの……)
家族で一番怒らせたら恐ろしい人物は、実は父のマーニなのだが、怒った所を見たことがないティウは知らずにいた。
これ以上結界に関わらなければ大丈夫だろうと、どういうわけかその時は簡単に考えていた。




