5章幕間1 ある王国魔導士の葛藤
王都ヴェルガンドの魔導士
ここは王都ヴェルガンド、その王城地下にある機密区画の1つ。
それは特に大事のない…なかった日の出来事であり、私がいつも通りの職務に就き上司の無理難題に悩んでいる時だった。
「なっ! そ、それは本当ですか!?」
私は他に誰もいない一室で大きな声を上げてしまう。
それは最寄りの街であるコレットから入った連絡によるもので、定時連絡にしては少し早いそれが緊急事態を告げるものだったからだ。
「間違いありません、レオンリバーへの襲撃は6日後の可能性が高いとの事です」
相手の連絡員に冗談を言っている様子はなく、詳しい内容を聞くと6日後に魔物が襲撃するという予告があったとの事、そして間に合わないとは思うが援軍の要請と可能であれば勇者の派遣を頼みたいという話であった。
これはとんでもない事だ。
街が襲撃されるなんて事態は国同士の争いであってもそうそう起こるようなものではない。
戦争において倒すべきは相手の軍であり、補給を絶つような目的でもなければデメリットにしかならないからだ。
まあ襲撃するのが魔物なのだから…いや、今はそんな事どうでも良い。
「分かった、確約は出来ないが援軍と勇者の派遣要請については必ず伝えよう」
裏付けとなる情報を含め、必要な内容を記録し連絡を終える。
さて、まずはどこから連絡に行くべきか、内容が内容だしすぐに陛下へ伝えるべきか? いや、それよりも…。
「おい貴様、随分と慌しい様子だが何かあったのか?」
そしてすぐにこの情報を多くの者へ報せなければと思い連絡室を飛び出した所で…嫌なやつに見つかってしまった。
「…これはレイクス様、このような所まで来られるとは珍しいですね」
ボルダ・レイクス、このヴェルガンド王国の宰相であり王族に次ぐ権力を持つ人物だ。
年齢は50前くらいだと聞くがその容姿はお世辞にも良いとは言えない。
不摂生の塊とも言える程醜く膨らんだ腹部、薄くなった頭髪を隠すためか頭頂部に纏められた髪、せめて服装だけでもまともならと思うがそちらのセンスも壊滅的であった。
性格もはっきり言って最悪だ。
弱者を虐げ強者に媚を売り、自らの利の為には平然と他人を陥れる。
こんな年齢になっても独身なのもどちらかと言えばこの性格に問題があるからであろう。
なぜそんな人物が宰相などという地位に就けているのか? 当然の疑問だと思うがこいつは執拗なほどの根回しを得意としており、各方面との繋がりが強く逆らえる者がほとんどいないのだ…そう、私も。
「ワシは何があったのかと聞いておるのだぞ、下らん挨拶などいらぬわ!」
正直この男には話したくないしそんな暇があるのならすぐにでも報せたい頼れる方がいる。
だがここで逆らおうものなら即座に切り捨てられる事だろう、それだけは避けなければ。
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「ふんっ、たかが辺境の街ごときに勇者を派遣しろだと? 馬鹿も休み休みに言え」
仕方なく先ほどの内容を伝えたが話を聞いたボルダはそんな事を言い放つ。 さらに、
「勇者にはワシの領内に出没した野盗討伐の仕事があるからな、どちらを優先すべきかは明白であろう」
自分の領内で発生した、兵や冒険者を数名向かわせるだけで済むような仕事に勇者を宛がおうとしているのだ。
くそっ! なんでこんなやつが宰相なんだよ!
あまりにも自分本位な考えに目の前の男を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られてしまう。
だが…それでも私はこの男に逆らう事が出来ない。
そんな時、
「あなた達、そんな所に突っ立って何をしているの?」
暗くなった感情を晴らしてくれるような声が響く。
その声は私もよく知っている、この情報を最初に話すべきだと考えていた人物のものだ。
「これはこれはエレノア王女殿下、ご機嫌麗しゅう」
急に現れた王女殿下に対してもボルダはよどみのない挨拶をする。
二人の会話に割り込める立場ではない私は礼をするだけとなるが、
相変わらずお美しい方だ…。
エレノア・カリーナ・ヴェルガンド王女、ヴェルガンド王国の第1王女であり皆から賢姫とも呼ばれる程に聡明な方だ。
立場で言えば陛下、第1王子リック様に次ぎ3番目となるが、民衆の声に耳を傾け、歌姫としても活躍する美しき姫は民に最も慕われていた。
まあ、敵対する者には少々厳し過ぎる面もあるが…。
「…それで? 何をしているのかしら?」
「はい、この者に定時連絡で問題が起きていないかの確認をしておりまして」
ボルダのエレノア様を見る目は酷く下卑たものだ。
噂ではあるがボルダはこの親子以上に歳の離れた姫を自らの伴侶に迎えようと画策していると聞く。
エレノア様の全身をなめ回すように見るその顔を見れば内心が手に取るように分かるし、それによって自分の地位をさらに磐石にしようという意図もあるのだろう。
「…そう」
聡明なエレノア様は当然その事に気付いているようだが、それだけではこの男を罷免するような事は出来ない。
この男を罷免してしまうと国に大きな混乱を生むだろうし、じろじろ見てきて気持ち悪いなんて理由だけでは周囲の賛同も得られないからだ。
無遠慮な視線に嫌そうな顔をされているがそれでも相手はこの国の宰相、王族と言えど無下な扱いは出来ないようであった。
「それで? こんな所で話をするような問題でもあったのかしら?」
だがここでエレノア様に会えたのは運が良い。
偶然とは言えこの緊急事態を早急に伝えたかった相手だ、エレノア様であればすぐに援軍を手配し勇者派遣の指示もいただける事だろう。
「はい! それが…
しかし、
「いえいえ、特に何事もございませんでしたよ」
ボルダのやつが事もあろうに嘘を、何事もなかったと言い出したのだ。
一体こいつは何を言ってるんだ!? 一刻も早くこの事を周知しないと取り返しのつかない事態になるぞ!
「先ほど聞いた通り、何もなかったのだろう?」
だが続けて問いかけてくるボルダに…私はやはり逆らう事が出来なかった。
奴の目が私に言っているのだ、『逆らえばどうなるか分かっているだろう?』と。
…もちろんそんな事は分かっている。
私にはまだ小さな娘がいるのだが、生まれつき体が弱かった事もあり常に病気がちだった。
当然医者に掛かったり錬金薬を購入したりと金銭面での負担が大きかったのだが…1年ほど前大きな病に掛かった事でその費用が跳ね上がってしまったのだ。
それでも娘の為ならばと必死で頑張っていたのだが、無理をした事で妻までもが病気になってしまいもうどうにも出来ないところまで追い詰められていたのだ。
…そんな時に声を掛けてきたのだがボルダだった。
ボルダの悪い噂は知っていたしそんな奴の提案を受ければこれから先ずっと言いなりになるしかない事も分かっていた…だがその時の私はそんな奴の言葉であっても縋るしかない状況だったのだ。
結果ボルダに金を工面してもらった事で妻と娘の容態は持ち直したが、定期的に必要となる金、これを止められれば今度こそ妻と娘は助からないだろう…逆らえるわけがなかった。
「どうなの?」
「……はい、特に何事もありませんでした」
私はレオンリバーの危機よりも妻子の命を優先してしまう。
卑怯者、身勝手、自らの利の為に他人を犠牲にするようではボルダと同じだ…だがどう言われようとも私は妻と娘の死なせたくなかったのだ。
「そう、真面目な貴方がそう言うのなら嘘ではないのでしょう」
エレノア王女はボルダの言葉を疑っていたようだが私の言葉は信じてくれた。
確かに私は日々真面目に職務をこなしてきたつもりだしそれが評価されたこと自体は嬉しく思う…だが、今この場においてはそれが災いしたと言えるだろう。
王女が私の言葉を疑いさらに問い詰められたら弱い私はきっと真実を語っていたはずだ。
しかし…、
「早く持ち場に戻りなさい。 レイクス宰相、あなたもよ」
それだけを告げて去っていくエレノア王女。
その後姿に掛けなければならない言葉があるのに、その言葉を発するだけの強い意志を私は持っていなかった。




