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第64話 防衛準備

「「ありがとうございました」」



 本日何人目だろうか? 魔法薬を求めてやってきたお客に商品を渡しピッセルさんと共に見送る。

 普段であればまず見る事のないような人達であり、冒険者ではなく普通の職人や少し良い服を着ている上流階級の人、はては夜のお店にいるような艶っぽい女性までもと本当に様々な人がやって来ていた。


 求めるものは魔法薬のみ。


 なんでも街にある錬金薬店全てで魔法薬の発注が相次いでおり、どこに行っても買う事が出来ないという状況らしい。

 僕の店に来るのは人伝に聞いた少数ではあるが、それでもそれなりの人数が来ているあたりどれだけ大きな騒ぎになっているかが分かるというものだ。



 まあ、あんな発表があったら当然か…。



 今日は九ノ月の7日、あの会議の日から2日が経ち襲撃の予告日が3日後に迫っているのだが、昨日の早朝に魔物襲撃の予告が公表された事でレオンリバーの街は今騒動の真っ只中であった。


 皆が襲撃に向けて色々と準備をしているようでリリナもここ最近部屋に籠って何かをしている様子。

 僕も当然お店を閉めてから準備を進めているのだが…防衛に参加する事になっているのでそちらも気に掛けておかないといけない。


 …会議の時はいきなり追放だとか処刑なんて話が出て心臓が止まるかと思った。

 確かに僕に届けられた手紙にはっきりと僕を殺すという文面があったが、それだけで追放や処刑をされてはたまらない。


 ただ責任が皆無だとも言えないので防衛に参加する事を強制されてしまった、具体的にはプログラムの2番目にあった『あたまの体操』というやつにだ。

 まあブラックさんも参加するという話だし、そもそも戦えない僕が参加出来そうなのがそれくらいしかなかったので仕方ないだろう。



「でも本当に大丈夫なのでしょうか? 魔物…でしたっけ?」


「どうでしょう? 援軍を呼ぶという話は聞きましたが…」



 援軍…多分ゆきのさんの事だよね?



 そう、この援軍という話にも1つ疑問があるのだ。


 彼女がこの街を発ってからまだ半月も経っていない。

 ここから王都までは早くても半月は掛かると聞くし、まだ着いていないであろう彼女に援軍を頼めるのだろうか?

 連絡手段についても分からないが、仮にすぐ連絡を取る手段があったとしても3日後の襲撃に間に合うとはとても思えなかった。


 ただ会議の場に居た主要メンバーが特にその事を疑問に思っている様子はなかったし何か秘密でもあるのだろうか?




 ―――――――――――――――――――――――

 ガーネリフ




 確かにぱっと見ただけでは何も居ないな、情報通りという訳だ。


 薄暗い天気の中、見晴らしの良い川辺に立ち周囲を見渡してみるがやはり脅威となりそうな存在は確認出来なかった。



 私を含む30名程の偵察隊は今、先日冒険者クリフ達が訪れた調査区域に来ている。

 目的は当然襲撃予告にあった魔物の確認であり、レオンリバーにとって本当に脅威となるものなのか? 規模は? どのような魔物がいるのか? どんな事でも良いのでとにかく情報を集める事を重視していた。



「ここで間違いないのかい?」


「はい、シアに聞いた通りの場所ですし…遺体も発見出来たので間違いないと思います」



 今回の偵察隊には軍の者以外で同行している者が二人いる、先日の会議でも会った魔導士のレノンと上級冒険者だというフィンという男であり、それぞれ現場の確認の為と情報にあった黒い人型存在の対処としての人選だ。


 …黒い人型の魔物? か、もしそいつが出てきたら偵察は中止だな。


 レベル持ちの冒険者複数を圧倒してしまうような存在の相手は兵達では正直厳しい。

 このフィンという男と私の二人で足止めをしつつ退却する手筈になっているが、出来れば遭遇したくないものである。



「…嫌な空気だ」


「同感、危ない臭いがプンプンしているよ」



 私の独り言に近い呟きにフィンが同意を示してくる。


 先ほど言った通り周囲に脅威となりそうな存在はいないのだが、この肌を刺すような不快感はそれだけで十分異常だと言える。

 それに報告にあった遺体だ、行方不明者のうち誰のものなのか判別がつかない程に損傷が激しく、腐敗し始めた事で饐えた臭いを周囲に放っていた。


 魔物がいたというのは間違いなさそうだが…。


 魔物情報の証明だけならこれでも十分だが今必要なのはそこからさらに先の情報だ。

 レオーネが進めてくれているとは言え私も早く戻り準備を進めなければならない、あまり長居するわけにもいかないので早めに手掛かりを見つけたい所ではあるが…。




「隊長! 魔物のものと思しき痕跡を発見しました!」



 そんな私の思いが通じたのかは分からないが程なくして少し離れた位置まで調査に出ていた者達から報告が入る。

 魔物そのものを発見した訳ではないようだが、とにかく実際に見て欲しいとの事だったので二人を伴いその現場まで案内してもらう事にした。




 ―――――――――――――――――――――――




「これは…ただ事ではありませんね」



 そこは行方不明者の遺体があった場所からさらに上流へ上った場所であり、下流に比べて木々や岩が増え見通しがかなり悪い所だ。

 そこにあったのは様々な動物の遺体で、四肢の一部や内臓だけが転がっているといった物まであり、おそらく数百の生き物は犠牲になったであろう事が見て取れた。


 先ほどよりもさらに強烈な臭気が充満しており、視覚と聴覚の両方で吐き気を促してくる。

 長く居たい場所ではない…が、求めていた情報であることは間違いないだろう。



「獣同士で争った訳じゃなさそうだね」


「どういう事だ?」



 近くに転がっている遺体を調べていたフィンがそう告げてくる。


 確かにこれだけ多種多様な獣がこんな場所に集まるというのは考えにくい事だろう。

 よくよく見ると山や森にしかいない獣、田畑を荒らす暴食猿(グラトニーモンキー)、さらには馬や牛と言った家畜に鳥類までも、それと……む!?


 ただ異常である事は間違いないのだがフィンが言いたい事はそれだけではなかった。


「これ、見た感じ魔法で破壊されているね。

 爪でも牙でも、もちろん刃物によるものでもない、何か内側から破裂したかのような…やっぱり魔物って事なのかな?」


「そこまでは分からんがここの調査は入念に行う必要がありそうだ、向こうにいる者達を連れて来よう」



 どれだけ重要な情報になるかは分からないが今回の偵察で調べられるのはここまでとなりそうだ。

 暗くなるまで続けるのは危険を伴うしそもそもそこまで時間の猶予もない。

 ここで集められるだけの情報を集めたら後はそれを基にした防衛計画を進めていく事となるだろう。





 …コビ、やはりお前なのか。


 それに先ほど死骸の中で見つけた物、これはレオーネが着けているのと同じ分隊長を示すプレートだ。

 予告文の筆跡から予想していたが、これで敵の指揮官がコビである事はほぼ確定と言えるだろう。


 魔物の戦闘力に軍人としての知識が加わる、厄介な相手であることは間違いないが…。


 貴様に軍事を教えたのは俺だぞ、簡単に勝てるとは思わない事だな。




 ―――――――――――――――――――――――

 ルプラ




 やっぱり何かがおかしい。



「こんにち…は?」


「あ、ああルプラちゃん、いらっしゃい」



 お昼の時間、私はいつも通りお気に入りの肉串を売っているおじさんの露店に来ていた。

 お店はいつも通りの香ばしい匂いを漂わせており、並ぶ肉串はその見た目でも私の食欲を強く刺激してくれる。

 …しかし、それを扱うおじさんの顔は精彩を欠いており、私を迎えるその声からも元気がない事が窺えた。


 そもそも周囲の状況からして違っている。

 いつもであればこの時間には多くの露店が並び、様々な香りと賑やかな雰囲気で道行く人たちを惹き付けていた。

 私がここに通うようになったのもそんな空気に引き寄せられてだったのに…今この場にあるのは先の見えない不安と恐怖に怯える心だけである。


 みんなどうしちゃったのかな…?


 疎らに並ぶ露店街に暗い雰囲気の人達を見ていると、まるで私の好きだった場所が消滅してしまったかのように感じられた。




〈…魔物の襲撃があるからじゃろうな〉


「まーちゃん?」



 そんな私の不安に答えをくれたのは友達の…少なくとも私は友達だと思っているまーちゃんだ。


 魔物? それって街の()西()から感じるまーちゃんと似た魔力の事かな? 確かちょっと前まで北東の方にあったはずなんだけど…いつの間に移動したんだろう?



 魔物は私から両親を奪った存在だと聞かされているが実際に見たことがないのでよく分かっていない。

 おそらくまーちゃんはそれに関連する存在なのだと思うけれど……そのまーちゃんの様子も最近少しおかしかった。



 少し前まではうるさく感じる程ああしろこうしろと言ってきたのに、最近はあまり話しかけてこず、


「まーちゃん何か知ってるの?」


〈…分からぬ、我には何も…問いかけても何も……意思が届いているのかすら…〉


「まーちゃん?」


〈…〉


 このようにこちらから聞いてもほとんど答えてくれなくなってしまったのだ。


 本当にどうしたら良いのだろうか? 街の暗い雰囲気、魔物という存在、こんな時に色々と教えてくれていたまーちゃんは何も答えてくれない。

 ララやロメットが居れば教えてくれたかもしれないけれど…いや、困った時にだけ頼るなんてさすがに虫が良すぎる。



 でも、街がこんな状態なのは…嫌だ!



 北西方面に意識を集中すると不快なモノを強く感じる。

 これが魔物、これが街を襲う? なら私はどうすればいい? いや、どうしたいのだろう?


 そんなの決まってるじゃない!


 これは教えられた事じゃない、私が考え、私の意思で行う初めての決断だった。

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