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第60話 調査依頼(後編)

 クリフ




「ふぅ…なんとかなったな」


「ですね、シアが追われているのを見た時は肝を冷やしましたが上手く対処出来たと思います」



 これだけ開けた場所だと後衛のレノンを守るのは難しいのだが存外上手くいった。

 中央にレノン、それを挟む様に俺とカレンで守っていたのだがほぼ無傷で切り抜ける事が出来たのだ。



「シアちゃん大丈夫?」


「う…ん、大丈夫…だけど…」



 しかし戦闘が終わったというのにシアの様子がおかしい。

 追われた事で一種の錯乱状態にでもなっているのかと思ったが…しきりに周囲を気にしているのが気になった。



 まだ何かいるの…か…?





 そんな疑問に後方、本流の方に振り返った俺は見た。

 地表から浮かびあがるように形成される真っ黒の人型を。



 おいおいおいなんだよあれは? あれも魔物だって言うのか?



「な、何よあれ、気持ち悪い…」


「…分かりませんがとても友好的な存在とは思えません、注意して下さい」


「う…あ…」



 他の3人も気付いたようで強い警戒心を示す。

 シアにいたっては軽い恐慌状態のようで途切れ途切れの言葉が漏れるだけだった。


 出来れば一度引いて態勢を整えたい所だが…どうやらそういう訳にはいかないようだ。



「来るぞ!!」



 その黒い存在がこちらを認めたと思った瞬間、異様な速度で一気にこちらへ詰めてきたのだ。




 ―――――――――――――――――――――――




 重いっ!?


 対峙している黒い人型がその腕を伸ばす攻撃を仕掛けてきた。

 それを辛うじて盾で防ぐことは出来たのだが防いだ箇所からとてつもない衝撃が伝わってくる。

 踏ん張っていたので弾き飛ばされたりはしなかったのだがこれはそう何度も耐えられるようなものではなかった。



「わっ! っとと、もう何よこいつ!」


「くっ、これではとても攻撃なんて」



 これは…まずいな…。


 この攻撃は腕だけではない。

 カレンよりも早い速度で動き回り体中のいたる所、腕や足だけでなく頭や胴からまで大小様々な攻撃を放ってくるのだ。

 そのあまりにも変幻自在な攻撃は俺とカレンだけでは防ぐ事が出来ず後衛のレノンにも攻撃が向かっていた。


 そのため魔法を放つ余裕がなく防戦に徹するしかない状況だ。

 先ほど魔物の動きを封じたシアの精霊魔法も効果が薄く、何十という蔦で縛り上げてもその動きをほとんど阻害出来ていなかった。


 なにより全身真っ黒のこいつはどこに攻撃するべきかも分からない。

 人と同じように頭部か? それとも体の中心を攻撃すれば良いのか? いや、それ以前に攻撃に転じる事が可能な相手か? そんな思考を巡らせるが…正直手詰まりだと感じていた。



「クリフくん! これは勝てません! 退却を!」



 なのでレノンの叫びにすぐに応じる。



「逃げるぞ!!」



 だが逃げるにしても…逃げられるのかこいつから?


 攻撃とは違い重さを感じさせないこいつは曲芸師の様に軽やかに動き回る。

 さらに変幻自在な体は予測の付かない攻撃を繰り出してくるので背中を見せて逃げるなんてもってのほか、この奇妙な存在から逃れる為にはなんらかの手段で足止めをしないとならなかった。




「…私が止める、精霊魔法を全力で叩きこめば…多分…」



 困窮した俺にシアからの提案が入る。

 もしそれが可能なのであればこの状況を脱することも可能だろうが…。



「いけるのか?」


「うん…でも魔力を使い果たすと思うから…後はお願い」



 魔力を使い果たす、つまりは意識を失い動けなくなるという事。


 それは身を守る術がなくなる、戦闘で魔法を使う者にとっては致命的な状態だ。

 1人の状況でそうなれば二度と目を覚ます事はないだろうし、PTで戦う場合であっても身動きの取れない仲間を一人抱えるのはかなり不利な状況になる。


 …だが今の状況ではそれを選択してでもあいつの動きを止めなければならなかった。



「分かった、必ず無事にレオンリバーまで連れて帰るぜ!」



 こくっと、俺の言葉小さく頷いたシアは精霊魔法の準備に入る。

 ララの店で買っておいた魔力用の魔法薬だろう、消耗したものを含め限界まで魔力を貯めるため手持ちの3本を一気に飲み干していた。

 そしてすぐに精霊魔法の行使に入るのだが…。



「おっと!」

 動きを止めたシアに放たれた攻撃を受け止める。



 その間にも黒い人型の攻撃の手は緩まない。

 シアの援護が受けられない状態なのでさらに厳しくなるが…。



「守るぞ!」


「もちろんです!」


「決まってるでしょ!」




 ―――――――――――――――――――――――




 時間にすればそれほど経過はしていない。

 精霊を発見したのだろうシアはすでに魔力を注ぐ作業に入っているのだが…正直発動まで守り切れるのか、厳しい状況だった。

 黒い人型は動けないシアを集中的に狙っているようで、防ぐこちらとしては分かりやすい攻撃なのだがやはり一撃一撃が重いため耐えるだけでも大幅に体力が削られていく。


 そろそろ限界だな…腕が上がらなくなってきやがった。



「せいっ!!」


「はぁーー!!」



 シアを守る俺に攻撃が集中した事でカレンとレノンは攻撃に転じる事が出来るようになったのだが…効果が薄い事は誰の目にも明らかだろう。

 カレンの槍は相手に刺さるのだが黒い靄を一瞬散らすだけですぐ元に戻ってしまい、レノンの氷魔法に至ってはそれすらも出来ず相手の体に触れた途端に掻き消えてしまう。


 何度か魔物と戦った事で分かったのだがどうも魔物の弱点には魔法の効きが悪く、金属の武器でないと有効打を与えにくいようであった。

 …だがここまでまったく効果がない相手は今まで見たことがない。


 まあ見た目からしてやばそうな奴だし通常の個体とは違うんだろうが…む、





 突如、これまで激しく動いていた黒い人型が動きを止める。

 一瞬諦めたのかとも思ったがそんな思考をする存在なのかも分からない。


 その動きにカレンとレノンも警戒し攻撃の手を止める。

 シアの精霊魔法が間もなく発動するだろうしそこまで守りきれば俺たちの勝ちなのだ。



 っと、油断するな、相手がどんな攻撃をするか分かっていないんだ。

 どんな攻撃が来ても守りに徹して……はっ!? まじかよ!!



 警戒する俺たちの前で相手が取った行動。

 それは今まで何度も放ってきた体の一部を伸ばす攻撃、それを十数本上空に伸ばし一斉にシアに向けて放ったのだ。




 「…させるかよ!」



 俺はそれを見た瞬間剣を捨て、ぼろぼろになった盾だけを持ちシアへ向け駆け出した。

 1本1本は先ほどまでより細いものだったがそれでも10本以上、まともな方法では防げないし無防備なシアが喰らったらひとたまりもないだろう。


 なら…まともじゃない方法で守るしかない。



「クリフくん!!」

「クリフ!」



「うりゃぁーーー!!!」



 黒いやつの攻撃は速かったが俺の方が近くにいたのでぎりぎりシアとの間に入り込むのに間に合う。

 後はどうやってやつの攻撃を防ぐかだが…こうだ!


 俺は急所を盾で守るように構えその攻撃を真正面から受け止めた。





 ギンッギンッ! と最初の数本は盾で弾く事が出来た…が防げたのはそこまでだ。


 ガスッ! という感触とともに盾が貫かれ抜けて来た錐のような攻撃がわき腹の辺りに突き刺さる。

 そもそもあまり大きな盾とは言えないので急所を辛うじて守れるという程度だ、盾で防ぐ事が出来ない腕や足に来た攻撃はどうしようもなく何本もの黒い錐に貫かれていた。



「ぐっ!」



 致命傷ではないかもしれないがかなりの重傷だ。

 戦闘はもちろんだが立っている事すら出来ず黒い錐が抜かれると同時に前のめりに倒れる。


 当たり前だがもうシアを守る事は出来ないだろう……が、ギリギリ間に合ったようだ。



 シアの呼び出した精霊が2体、上空に昇ったと思ったらその勢いのまま突撃する。

 攻撃した直後なうえ動きの速い風の精霊の攻撃を受け、さすがに避けることが出来なかった黒いやつは2体の精霊によって地面へと抑え込まれていた。




 ―――――――――――――――――――――――

 カレン




 ったく、無茶するんだから。



 シアちゃんの精霊魔法によって黒い魔物は抑え込まれている。

 だがこのままずっと抑えておけるわけではないのですぐにこの場を離れないといけないだろう。



「カレンさんはクリフくんを頼みます」


「ええ」



 レノンさんは倒れかかったシアちゃんを支えているがすでに意識はないようだ。

 やはり精霊2体を同時に行使した事で多量の魔力を消費してしまったのだろう。


 クリフの方も…なんとか急所は守られているがかなりまずい状態だ。

 すぐにでも魔法薬による治療を行いたいが、悠長にそんな事をしていてあの黒いやつが動き出したら今度こそ全滅するだろう。


 まずはこの場を離れるため、簡単に手に入る消耗品の類を破棄しそれぞれシアちゃんとクリフを抱えレオンリバーの近くまで一気に戻る事となった。




 ――――――――――――




「ぐ……あ…いってーな」


「痛いに決まってるでしょ、体に穴が開いてたのよ」



 黒い魔物から逃げ切り、東門まで戻ってきた私たちはすぐにクリフの治療を行った。


 しかし、リリナさん特製の魔法薬と言えど損傷部位が多すぎたせいか魔法薬1つで完治とはいかないようだった。

 まあ致命傷に近いダメージを受けていたのだ、後遺症が残らない程度に回復出来ただけでも十分過ぎる効果と言えるだろう。



「クリフくん、シアを守ってくれてありがとうございます」


「へっ、当たり前だろうが」



 そしてシアちゃんの方だが…こちらはまだ目を覚ましていない。

 魔力枯渇による昏睡は自然に回復するのを待つよりないからだ。


 魔力用の魔法薬なら? とも思うが意識のないシアちゃんに飲ませるのは難しいし、そもそもそんな強引な手段をとっても平気なのかも分からない。

 そも1晩寝かせておけば自然と回復するのだからわざわざ危険なまねをする必要もないだろう。





 しかし、先ほどは本当に危なかった。

 レベル3が二人居る私たちは一応レオンリバー内で上位に属するPTと言えるはずなのに、あの黒い魔物、あれを相手に私たちが出来たのは精々足止め程度だったのだ。


 明らかにレベル2相当の任務ではなかった。

 状況が分からないからこその調査任務なので仕方ない事なのは理解出来るのだが…。


 まあそれでも調査任務としては上場の結果と言えるはずだ。

 あの黒い魔物の情報だけでも大きいしシアちゃんが目を覚ませばさらなる情報が期待できる。


 おそらくこの調査結果を元に上級の冒険者、もしくは軍の派遣が行われることだろう。

 あれがどのような存在なのかは気になるが早急に対処されることを祈るばかりだ。

 魔物を討伐する事で生計を立てている私たちにとっても、あんなものが街の近くにいるという状況は歓迎出来るものではないのだから。

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