4章幕間1 それぞれの悩み
カレン
「はい、出来たよー」
「はーい、ありがとうございますリリナさん♪」
完成したばかりの魔法薬が入った瓶をリリナさんから受け取る。
ほんのりと青みがかったその液体は見た目も鮮やかなのだが作成中に漂っていた仄かに香る甘い匂いもあってとても美味しそうに見えた。
少しくらい味見を…なんて考えちゃったりもするが、安く提供して貰えるとは言えそこそこ値の張る物でもあるし馬鹿な真似はやめておく事にする。
…あれ? これ前のやつと少し違う?
ただ今回受け取った魔法薬は今までの物と少し違っていた。
何故かほんのりと冷たくなっており瓶の表面に小さな水滴がついているのだ。
「リリナさんこれは…?」
「うん、新作。 代金は良いから試してみてよ」
リリナさん曰く「面白い物が手に入ったから試しに作ってみた」だそうだ。
話を聞くと前の仕事の時に見た凍結草から取れた薬効を加えたものらしく魔法薬から魔力が漏れるのを防いでくれるとの事らしい。
もちろん100%完全にとはいかないしこれからの時期に冷たくなるというのはデメリットかもしれないが、通常1週間程度で抜けてしまう魔力が数ヶ月も保持出来るというのはお金に困っている冒険者、特に新人にとっては大きな助けとなる事だろう。
「すごいですリリナさん! また新薬を開発したんですね!」
「だから開発なんて大げさなものじゃ…」
リリナさんがいつものように否定するのでこれ以上は言わないでおくがやはり尋常ではない才能だと言えるだろう。
前に見た魔法の効果を付与出来る液体もそうなのだが、どちらも大々的に発表すれば錬金術の世界に大きな波紋を呼ぶ品となるはずだ。
本人に自覚がない事には危惧を念を抱くが、前にララさんに話しておいたので余程の事が無い限りは大丈夫だろう。
「ふあぁ…ねむ…」
…やっぱり可愛いなーリリナさん。
最近住み込みで働くようになったというピッセルちゃん、あの子も可愛いとは思うけれど私はやっぱりリリナさんが一番好きだ。
こんな何気ない仕草一つを取っても絵になる可愛らしくて綺麗な人。
類稀な腕前と尋常ならざる魔力で様々な錬金薬を生み出す手腕。
もう非の打ち所がない完璧なお姉さまだよね。
ララさんが言うには怠惰な面もあるそうだけれどそんな所もまた愛おしいです。
しかし…ちょっと気になることがあった。
私がちらっと外にある立て看板に目をやるとそこにはこう書かれている。
≪ 当店の錬金薬はレベル5の錬金術師が担当しております ≫
リリナさんの錬金術がレベル5って事だよね? うーん…
冒険者の持つレベルとは基準が違うのだがそれでもこの数字には疑問を持ってしまう。
このレオンリバー内にある大手の錬金術店は一通り行った事があるのだが看板に記載されているレベルはどこも7だった。
5で1人前、6でベテラン、7がそこから1つ抜けたトップクラスの人達になるようなのだが、私の知る限りではリリナさんに並べる程の錬金術師はこの街には居ないと思う。
まあ素人の目で見て感じたものなので的外れなのかもしれないが、良品を安く扱うと評判の『プリン・ファム』の商品と比べてもリリナさんの魔法薬の方が優れているように見えた。
「…リリナさん、錬金術はレベル5なんですよね?」
「ん? そうだったと思うけど?」
「えっと…登録証って持ってます?」
「え、あー…確か兄さんが持ってるんじゃなかったかな…?」
…なるほど、まあリリナさんはおっとりとした所もあるし重要な物を持たせておく事を不安に思うララさんの気持ちも分かる。
うーん…さすがに私の思い込みだけでララさんに頼むというのもあれかな…。
「何か気になる事でもあるの?」
「!? なっ、なななっ、なんでもありません!」
考え事をしている私が気になったのだろうか? 私の顔を覗き込んできたリリナさんを間近で見た事で思わずのけぞってしまう。
もおぉーーー! やっぱり綺麗です! 可愛いです! あああっ! その小首を傾げる仕草も最高です!! うう、鼻血出そう…。
私のちょっとした疑問など、リリナさんの可愛らしさの前では簡単に消し飛んでしまうのだった。
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レノン
…娘が恋をしているようだ。
以前からなんとなくそうなのではと思っていたのだが先日の件でようやく確信に至った。
全身に怪我を負っているララをさんを見つけた時の悲痛な感情、精霊魔法を用いて治療にあたる一生懸命な姿、ララさんが目を覚ました時に見せた嬉しそうな安堵の表情…まず間違いないだろう。
考えてみれば前にシアが強い感情を見せたのもララさんと会っていた時だし、ミルス村に居た時も少し様子がおかしかったような気がする。
もしあの時からすでに惹かれていたのだとすれば…治療の時の事はやはり話さない方が良いだろう。
…あの時見せられた精霊魔法には驚かされたが父親としてはやはり娘が恋をした事の方が重大事だ。
冒険者をやると言い出した時にも思ったがシアはまだまだ子供だ。
後2年で成人とは言えさすがに恋人を作ったりは早い気もするが…いや、16で妻と結婚した私が言うのもおかしな話か。
私が妻と出会ったのも今のシアと同じくらいの歳だったし私がまだ早いなどと言っても説得力がないだろう。
まあ恋と言っても憧れのようなものにも見えるし今はまだ見守るしか出来ないが…相手はララさんか…。
相手としては悪くない…いや、むしろ最良と言えるのではないだろうか?
一般人である彼は腕っぷしという点では魔獣1匹にも勝てないだろうが、そちらに関してはシアもレベルを持ち強くなったので問題ない。
性格は穏やかでシアとの相性は良さそうだし、将来性も…私が前に買った魔道具もそうなのだがウォーレット様が持っていた魔導武具、あれはもはやすごいという枠には収まらない品だった。
彼は将来間違いなく大成するはずだ。
あれだけの腕前があれば王都でも引く手あまただろうし自ら工房を立ち上げ魔工技師の雄として多くの技師を導く事も可能なはず…娘の将来を託す相手としてこれ以上の優良物件はなかなか居ないだろう。
…娘の恩人に対しこのような品評をするのは失礼に思われるかもしれないが私にとっては誰よりも大事な娘の事なのだ。
もちろんシア自身の気持ちが一番大事ではあるのだが、父親としてはやはり相手がどんな人物でも良いとまでは言えなかった。
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クリフ
「ようクリフ、報酬入ったんだろ? これから一杯どうだ?」
一仕事を終え、ギルドの窓口で報酬を受け取ったところで飲み仲間の1人に声を掛けられた。
どうやらそいつも報酬が入ったところのようで今日はパーッとやるつもりらしい。 …が、
「おっ、良いねぇ! あっ、あー…でもすまん、ちょっとしばらく酒はだめなんだわ」
「おいおい、お前が酒の誘いを断わるなんて初めてじゃねーか? 明日は嵐かねー?」
「うっせ」
俺はその誘いを断った。
いや、酒は飲みたいし久々の誘いだったので俺としてもこの誘いを受けたかったのだが…。
まだひと月は経ってないよな? ならここは我慢だ。
俺はいま禁酒している、期間はひと月。
ララやハンスと行く場合は例外としているがそれ以外の酒は一切飲んでいなかった。
なぜそんな事をしているかと言うと…まあ反省の為だ。
西の森へ行く依頼の時こちらから頼んだくせに酒でダウンするという失態を見せてしまった。
ララとハンス、3人が揃いテンションが上がってしまったという事もあるのだがそんなのは言い訳にもならないだろう。
仕事は仕事、現にララは早朝から待ち合わせの場所にちゃんと、しかも一番に来ていたと言うのだ。
ララが酒に強いってのもあるかもしれないが飲んでいる時にちゃんと抑えるよう言われたのも…なんとなくは覚えている。
だから反省しないといけない。
酒は好きだが周囲に迷惑を掛けるような事はしたくないから。
ま、今日はそれだけって訳でもないんだが…っとここだな。
飲み仲間の誘いを断った俺は冒険者ギルドの奥に来ている。
この辺りにあるのは会議室や応接室、後は資料室やスタッフ用の控室なんかだ。
立ち入り禁止という訳ではなく冒険者以外であっても自由に出入りする事が可能なのだが、こちらに用事があるような事は滅多にないので訪れるのは久々だった。
冒険者になりたての頃は資料室に通ったりもしていたが、今日の目的はそこではなく最も奥にある部屋…ギルド長の執務室だ。
「ギルド長、クリフです。 入っても良いでしょうか?」
「入れ」
ノックをしてから部屋の中に声を掛けるとすぐに返事が返って来る。
透き通るようなその声はあまり感情を感じさせない淡泊なものだが、それでも不快に思わないのはギルド長としてのカリスマか、あるいは…。
「失礼します」
部屋に入ると左右に書棚のあるあまり広いとは言えない部屋で、その部屋の主は正面にある執務用の大きな机に腰を掛け書類仕事の真っ最中だった。
「それで? 聞きたい事ってのはなんだ?」
机の前まで来た俺に対し、ようやくその人物は手を止めこちらにその美しい面を見せてくれた。
やっぱ美人だなーギルド長…。
ギルド長、彼女はクィン・グランシー…と名乗っている人物だ。
…変な紹介ではあるが実は本名を知っている人が誰も居ないのでみなギルド長と呼んでいた。
ギルド長になる前の彼女はクーと名乗っていたのだがどうやらそれも本名ではないらしい。
そもそも同じギルドに所属する冒険者だし顔くらいは知っていたが、当時は俺はまだレベルを持つ前、必死に頑張っていた頃なのでほとんど印象に残っていなかった。
彼女がクィン・グランシーを名乗るようになったのはギルド長に就任してからだ。
グランシーというのは貴族の家名に当たるのだがこれはギルド長に代々受け継がれているものだ。
職人ギルドなんかにもコールディーという名が受け継がれているのだが引退したら後任に引き継ぐことになっている。
引退後も貴族位はそのまま残るのでギルド長に一度でも就任すれば引退後も貴族として扱われるようになるそうだ。
彼女は10歳という若さで冒険者になり十余年、その実力が認められ3年前に前ギルド長から後任を託されたらしい。
ギルド長に就任しても冒険者家業を引退せず、忙しいだろう長の仕事をこなしつつも定期的に魔獣討伐等も行っているなかなかにタフな女性だ。
彼女はギルド長に就任する際にクィンと名乗るようになったのだが…変わったのは名前だけではなかった。
それまでの彼女は髪もぼさぼさ、服装や装備も薄汚れており野生児と言う言葉がぴったりな風体だったのだが、身綺麗にして仕事用のグラスをかけた今の姿は逆に知的に見えるほどだ。
年上の知的な美人、しかもスタイルもかなり良い…はっきり言って俺の好みにどストライクだった。
…まあ今更親しくなろうなんてのはさすがに虫が良すぎる話だよな。
それに今日はギルド長である彼女に確認しないといけないことがあるんだ。
「ギルド長、最近やけに魔物討伐の依頼が多くないですか?」
…そう、ミルス村での騒動以降頻繁に魔物討伐の依頼を見るようになった。
今日の報酬もその依頼のものなのだがミルス村のものを除いても3件目だったりする。
あの時までは魔物なんて聞いたことすらない存在だったのに最近では毎週のごとく話を聞くようになったのだ。
「ああ、お前たちには感謝しているよ。
魔物の情報を提供してくれた上に何度も依頼をこなしてくれてるしな」
「それはギルドの一員として当然の…いえそういう話ではなくですね、おかしいとは思いませんか?」
ギルド長が分かりやすくはぐらかして来たので再度問いただす。
彼女も隠す気はほとんどないようで軽いため息をついてから続きを語ってくれる…まあ若干面倒くさそうではあったが。
「…分かっているさ、確かに魔物なんて珍しいものがこうも頻繁に出没するはずはないし調査も行っている。
だがな、現時点で分かっている事は殆どないんだ。
ミルス村方面、もしくは北東部に発生源があるんじゃないかと推測出来る程度だ」
確かに、討伐の依頼も大半がそっち側だったな…。
「レオンリバー本流近辺で複数の個体が確認出来たがめぼしい情報はそれだけしかない。
魔核が発生した可能性もあるし軍には報告しているが…それにしては規模が小さすぎるという疑問があるんだ」
ギルド長の話ではミルス村での騒動以降に出没した魔物、どうやら最初はその時の生き残りではと思われていたらしい。
ならばそれを討伐すれば解決するだろうと判断されたのだが…魔物の出没はその後も続いた。
再度魔核が発生したのではと危惧されすぐに調査が行われたのだが、本流近辺での魔物増殖の様子はなく三月を越えた今でもたまに別個体が発見される程度との事だ。
確か魔核があったら数週で100を超える数になるって話だったよな…。
そうであるならば三月を越えた今1000近い数になっているはずだ、さすがにそれを発見出来ないというのはありえないだろう。
どこかしらに潜んで…と考えられなくもないが、その痕跡すら発見出来ないほどギルドの調査員は無能ではないはずだ。
「クリフ、私だって現状に気持ち悪いものを感じているんだ。 だから…」
「…はい」
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ギルドを後にした俺はそのまま寝泊りしている宿に戻りベッドの上で休むでもなく寝転がっている。
親父…。
調査はちゃんと行われていた、ならばこれ以上ギルド長を問いただしても邪魔になるだけだ。
納得のいく答えは得られなかったがこれは彼女に問うものではない、それは分かっているのだが…。
ミルス村での仕事の後に知った真実…父の死が魔物によるものだったという事。
母に魔物討伐の事を話したら急に様子がおかしくなり聞いてみたところその事を話してくれた。
10年近く昔の話だ、当時の俺は…もしかしたら魔物という単語くらいは聞いていたかもしれないが悲しさと悔しさの中で父に負けない冒険者になるんだと誓ったことは覚えている。
その話を聞いてから俺は魔物討伐の依頼を可能な限り受けることにした。
カレンたちの都合がつかない場合も臨時のPTを組んで討伐に向かったりした。
俺に何が出来るって訳でもないんだろうけどな…。
母にはあまり良い顔をされなかったが、魔物の被害をこれ以上増やさないためこれからも出来る範囲で依頼を受けていこうと思っている。




