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EX9 ピッセル(3)前編

 ピッセル




「おはようございます師匠!」


「はい、おはようございますピッセル」



 ララ師匠の元で魔導技術を習うようになってひと月、まだ冬に入ったとは言えませんが秋は大分深まって来ました。


 街を歩く人たちの服装も厚手のものを多く見るようになり、私もそれに合わせ故郷から持って来た母様お手製の冬着を身に付け体が少し動かしにくくなる事を我慢しつつお店のお手伝いに励んでいました。



 もちろん魔工技師としての修行も頑張っています。

 仕事が終わった後はララ師匠の指導の下毎日回路作りに励んでおり、昨晩に作った物は普通に商品として扱えそうな出来だと評価されました。





 …正直恵まれすぎな環境だと思います。

 毎日美味しいご飯が食べられるし温かい湯舟に浸かる事まで出来る。

 個室なのでゆっくりと睡眠をとる事が出来るしお休みを貰ったり…申し訳ない事にお給金のようなものまで頂けるのだ。


 ララさんの言葉を借りれば私の働きに対する正当な報酬という事らしいですが、ここまで高待遇だと前に私がした勘違いが本当に勘違いだったのか? と疑わしくなるレベルです。

 そのせいもあって最近はこれだけの恩を受けているのだからむしろ私の方から行くべきなのでは…とそんな事をする勇気もないくせに考えるようになっていました。



 …ただ、それとは別で一つ気になる事がありました。



「…師匠? もしかしてお疲れじゃないですか?」


「え?」



 ここ最近、どうも師匠の顔色が悪いような気がするのです。


 寝不足のようにも見えるのですがそれ以上に魔力の消耗がきちんと回復出来ていないように見えます。

 夜に私が休ませて貰った後も何かを頑張っている様子なのでそこで消耗しているのではと思いますが…。



「ああ…そうですね、少し疲れ気味ではありますけど大丈夫ですよ。

 少し仕事が立て込んでまして…まあ半年も頑張れば終わりますので気にしないでください」



 そっか半年か、半年なら…って? 半年!?


 あまりにも何事もないかのような師匠の言葉に一瞬納得しかけたがそんな簡単な話ではなかった。 

 半年もの期間こんな状態で頑張り続けるなど体もだけど精神の方が先に参ってしまう…私だったらきっと1週間ももたない。


 確かにララ師匠は私とは桁外れな魔力をもっているようだしその扱いにも長けている。

 だがそれでも限界はあるのだ。

 今はまだ大丈夫であってもそのうち無理がたたって倒れたり…という事も考えられる。

 


「師匠、今日は私に任せて休んで下さい」


「いえ、ピッセル1人に押し付ける訳にはいきませんよ」



 しかし、師匠は私がどう言っても休む気はないようでした。


 どうも私に仕事を多く振る事を嫌っているようなのですが疲れているときくらいは頼って欲しく思います。


 そもそもお店の手伝いをしていると言っても私がそれ以上師匠にしてあげられることは…今のところはないのだ。

 なので店番くらいは任せて欲しい、それくらいでしかこの恩を返す事は出来ないのだから。




 ―――――――――――――――――――――――




「そっか、何かやっている様子だったけどそんなに無理してるんだ…」



 と言う事でその日の晩、師匠がお風呂に行っている間にリリナさんへ相談してみました。

 リリナさんも師匠の不調には気付いており少し心配していたようです。


 …でもなんで私の頭を撫でながら話すのでしょう? 心地良いので構いませんが。



「はい、なんとか休んで頂きたいのですが難しくて…どうにか出来ないでしょうか?」


「んー…そんなに難しく考えなくても大丈夫だよ。 兄さんに休んで貰うだけなら簡単だから」


「え? そ、そうなのですか?」



 リリナさんは私の悩みは簡単に解決出来るものだと言う。

 そんな簡単な事なのだろうかと思ったがそれを聞こうとしたところで、


「お風呂空いたぞリリナ」


 と、師匠がお風呂から戻ってきました。


 するとリリナさんは師匠の所へ向かい、


「兄さん、明日は私がお店に出ても良いかな?」


 と、切り出しました。




「…どうしたいきなり?」



 ララ師匠の疑問はもっともだろう。

 リリナさんは…その…なんと言ったら良いのか、あまり積極的な方ではないのでこんな事を言い出せば不思議に思われるのも当然かもしれないです。

 現状週に1回だけお店に出ているのですが明日はその予定日ではないし、その理由を知っている私としても違和感を覚える光景だった。


 でも…休んでもらう為って理由だと師匠は断るんじゃないかな?



「いいから、明日は私が出るから兄さんは休んでて」


「いや、急にそんな事を言われてもだな…」


「ふーん…そっか、せっかくやる気になったのになー。

 ま、兄さんがそう言うならゴロゴロしてようかなー」


「ま、待った待った! …いや、そういう事なら構わないぞ。

 うん、せっかくお前がやる気になってくれたんだし明日は休ませてもらおうかな」



 ……師匠、こう言ったら失礼ですけど案外チョロイ? ですね。



 後手にVサインを送って来るリリナさんを横目に乾いた笑いが漏れてしまいました。





 でも…お二人は本当に仲の良い兄妹だと思います。

 こんなちょっとしたやりとりからも互いを大事に想っている事が伝わってくるし、長年一緒に過ごしていたからか良い所も悪い所も全て認め合っている、そんな夫婦の様な関係にも見えます。



「それじゃあ明日は任せておいて。

 ほら、これからピッセルさんの指導するんでしょ? 準備しておいたら?」


「あ、ああ? それじゃあ早くお風呂入れよ」






 兄弟か…どんな感じなんだろう?


 兄どころか姉もいない一人っ子なので私には兄弟というものがよく分からなかった。


 特に異性のとなると…これは獣人独自のものになるのだが、兄や弟を持つ女性はその対象をパートナーと見なす場合が多いのだ。

 血を濃く保つためか、もしくは単純に男性が少ないからかは分からないが、他の女性を近づけないよう牽制して独占しようとする傾向すらあった。

 私の故郷にも1組だけ姉弟の知り合いが居たが、姉の方の溺愛っぷりがすごくて弟さんの方とはほとんど話す事が出来なかったのを覚えている。


 …もちろん完全に独占する事までは出来ないのだが、複数のパートナーの中の1人に収まっている事がほとんどであり子も成しているのだ。



 師匠とリリナさん…まあ人族なので私の感覚を当てはめるのは間違っているが、ここまで仲が良いとなんとなく気になってしまう。




「…変な事を聞きますけど…リリナさんは師匠の事が好きですか?」



 なんでこんな事を聞いたのだろうか? お二人の仲の良さは気になったけれど別にそんな関係だとは思って…



「師匠…兄さんの事? うん、好きだよ」


 へっ? や、やっぱり!? あわわ、ど、どうしよう? 私お邪魔になっていませ…


「でもお父さんの方が甘やかしてくれるし好きだなー。

 小うるさくないし一日中寝てても怒らないし」



 ……はい、まあ分かっていました。


 その考え方どうなんだろうと故郷での自分の生活を棚に上げて思ったりもしたが、やはりお二人は普通よりもちょっとだけ仲が良い普通の兄妹なのだと再確認しました。




 ―――――――――――――――――――――――




 うーん…やっぱり私にも何か出来ないかな?


 前の出来事から数日後、買い出しに出た私はその道中で考え事をしていた。


 リリナさんが仕事を代わった事で師匠の体調は良くなったように思います。

 これからも多少無理をしていくのかもしれませんが今回のように定期的に休んで貰えればきっと大丈夫でしょう。


 でも、結局私自身は師匠に何もしてあげられていません。

 こうしてお店の仕事を手伝ってはいますがそれは弟子として当たり前の事、それ以上に受けた恩に報いる何かをしたいのですが…。


 お料理? いや、師匠の方が上手なのにそれはダメだろう。

 家事? まあ掃除や洗濯とかであればたまにやっているけれど、綺麗好きな師匠の部屋とかは掃除する余地がほとんどないし洗濯も3人分なのでそれ程手間はかからない。



 …じゃあ、後は自分の体で返す…とか?


 いや、そもそもそれを師匠が望んでいるか分からない。

 それにお疲れのいま余計に疲労を溜めるような事をさせてどうするんだ。


 思考が空回りして余計な事まで考えてしまう。

 もしかしたら私も疲れているのかもしれない。




 はぁ…ダメダメだな私…



 思わず大きなため息がこぼれてしまう。


 もっと上達すればその分師匠の負担を減らす事も可能なのだろうがそれも難しかった。

 私が受けている指導内容は通常の魔工技師のものとは違う特殊なものなので独学はほぼ不可能に近い。


 つまり私の上達のためには師匠に余計な負担をかける事になってしまうのだ。

 本人も得意ではないと言っていたしその指導方法を模索するのにも苦労している事だろう。



「もっと…ちゃんとお役に立てるようになりたいな…」

 


 内心のもやもやが言葉となり自然と漏れ出てしまった。

 と、その時、



「あっ! ピッセル、ピッセルじゃない!?」


「え? あっ!」



 考え事をしながら歩いていた私に声を掛けて来た人物、それは私の良く知っている人で…。



「シェリー!?」

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