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EX8 ファム(3)後編

 ララの妹に錬金術の実演を見せて貰う事は出来た。

 これを習得すれば私もさらなる高みに至れるだろう……それは間違いのない事だと思う。



 なによ、何なのよこれは……。



 だがそれは今の私では到底成しえない事だった。


 ララの妹、リリナがやった事はオリボ草の薬液を抽出し魔法薬を作るという錬金術師にとっては極々基本的な作業でしかなかったのに、その工程のいたる所で目を見張るような技を見せられたのだ。


 なんでよ…? なんで私よりも年下の子がここまでの技術を持っているのよ…。


 段階抽出程度であれば今更驚く事はないと思っていた。

 ララがやっていたのだからそれよりも上だと言うこの子ならば出来てもおかしくないからだ。


 しかし、彼女の錬金術はそんな次元ではなかった。

 使っている器具が違うだとか、魔法の適正が高いだとか、その程度では言い訳にもならない差があったのだ。




 ―――――――――――――――――――――――




 最初の段階では特に驚くような事はなかった…まあ準備段階なので当たり前かもしれないが。


 作業そのものは特に早いという訳ではなく…むしろゆっくりなくらいだろうか?

 まあ急ぎで作れとは言っていないしこの辺りは単に本人の性格がそうだと言うだけの事だろう。

 だがその全てにおいて淀みや迷いがない正確な作業は確かな腕前を感じさせるものだった。


 …しかし、そこから先が私のよく知る錬金術とは違っていた…あまりにもレベルが違い過ぎていたのだ。


 準備を終えた彼女はすぐに薬液の抽出に入った。

 前にララも使っていたあの変な形状の錬金具を使い抽出を始めたのだが、ここで私はようやくその形状の意味を知る事になる。


 段階抽出をするところまでは予想通りだったのだが…まさか1段階目の抽出と並行して行うとは思っていなかった。

 段階抽出…むしろ多段階抽出と呼んだ方が良いのだろうか? 錬金具の下部から複数の管が伸びた構造はどうやらその為のものだったようだ。



 だがこの時一番衝撃だったのは彼女が錬金具に熱を加えている様子がなかった事だろう。

 ララのように火石を使う訳でもないし錬金具に直接熱を加える訳でもない、その状態で抽出を開始した時に最初は何をやっているのかと思ったが…私は彼女の言葉の意味を勘違いしていたのだ。


 先ほど私は彼女にこのように聞いた『魔力の通りが悪い素材だが平気か?』と。

 それに対する彼女の答えは『これくらいなら大丈夫』というものだった。


 私はその言葉を『対処法は確立されているのだから問題ない』と言う意味に取ったのだが…どうやら正解は『これくらいであれば対処の必要はない』と言う意味だったようだ。



 そして最後、抽出した薬液から魔法薬を生成する工程だ。


 リッツの粉末を入れて魔力を籠める作業なのだが、この工程はとにかく時間が掛かるものですぐには終わらない。

 1本1本にかかる時間が長く、私が以前1日でどれだけ出来るかの挑戦をした時も8本で限界が来てしまった。


 魔力の枯渇というのもあるのだが集中力がそこまで続かないと言うのが理由だ。

 無造作にただ魔力を送れば良いという訳ではなく、薬液に馴染ませるように徐々に籠めて行かなければならないのでかなり気を遣う事になる。




 …だがそんな工程ですら彼女は事もなげにこなしていた。


 リッツの実の粉末…となんだか見慣れない液体を混ぜていたが、最後の魔力を籠める工程…本来最も時間が掛かるその工程をものの数秒で終わらせてしまったのだ。



「出来ました、どうぞ」



 そうして差し出されたものは魔法薬とは思えないなんとも甘い柑橘類のような香りを発していた。


 …でも分かる。

 素人なら甘い飲み物かはたまた香水なのではと思うかもしれないが、真っ当な錬金術師であれば分かるはずだ、これが魔力を籠められた魔法薬の完成品である事に…。




 ―――――――――――――――――――――――




 素晴らしい完成度の魔法薬…だと思う。

 正直どれ程の品質なのか見当がつかないのだが、私がどれだけ丹念に作成してもこの水準の魔法薬を生み出すのは不可能だろう。


 先の抽出や魔力を籠める工程の真似は私には出来ない。

 火石を入れる程度の工夫であればどうとでも出来るが、これだけの技量の差はそんな小手先1つで埋められるようなものではないからだ。


 それにこの甘い香り、一緒に混ぜていたあの液体によるものだと思われるが通常そのような不純物を混ぜて魔法薬を作る事は出来ない。

 それでも魔法薬として完成していると言う事は…どのような過程を経て作られたものかは定かでないが、技量だけでなく知識の面でも大きく差をつけられているのは間違いないだろう。



 どうやったらこれに勝てるって言うのよ! …この子は、今までどんな錬金術を…。



 魔法薬の代金を受け取った少女は何故か抽出作業を再開している。

 すでに完成したのに何をやっているのかと思ったが…その表情は先と同じとても楽しそうなものだった。

 今の私には出来ない、心の底から楽しんでいる事が分かるその姿に…。



 …でも本当に何をやっているのかしら?



「ねえ、あなたいったい何をやっているの?」


「え? …えと、薬液の抽出…です」


「…それは先ほどやっていなかったかしら?」



 そう、並行処理という技を見せられたのだから間違いないはず、だから…。



「えっと…3回目の薬液もついでに採っておこうかなと思いまして…」



 だから…もはや理解の及ばないレベルだった。



「もう1回…4回目もいけそうなんだけどな…」






 私が今までやってきていた事はいったい何だったんだ…?


 登り詰めたと思っていた錬金術の世界はまだその入り口にもついていなかった。


 もしこの子がやっているものが本物の錬金術だと言うのなら私のやっていたものはなんだ? 子供のおままごとだったとでも言うのか?


 看板に書いてある通りであるならばこの子はレベル5の錬金術師のはずだ。

 ならばレベル7の私はいったい…7に上がったときはあれだけ嬉しかったのに、今の私には何の意味も見出せないただの数字でしかなかった。






 ……もうこの店と関わるのはやめておこう。

 この兄妹は悪人ではなさそうだしこれ以上張り合ってもこちらの自信が砕かれるだけだ。

『プリン・ファム』もかなり忙しくなって来ているし潮時かもしれ…。



「あれ? いらしていたんですねファムさん。

 今日はまた随分と可愛らしい服装ですね」


「……」



 こいつは…このタイミングで帰ってくるのか。

 でも丁度良い、もともとこいつに用事があって来たのだ…約束だけは守っておこう。



「…ごめんなさい」


「え?…えっと、何のことでしょうか…?」



 急に謝られたララは戸惑っている様子だったが私はそれを無視して店を出た。

 …きっとここに来ることはもうないだろう。




 ―――――――――――――――――――――――

 『プリン・ファム』店内




「あれ? 店長いないのか?」


「ああ、前にオリボ草の技法を盗んだ所にまた行ってるみたいだぜ」


「は? こんだけ荒稼ぎしてるのにまだ足りないってのか? どんだけ意地汚いんだよあの女」


「こっちはそんな事よりまたきつい仕事やらされるんじゃないかってひやひやしてるけどな」



 口の悪い二人組の男達が周りの迷惑も考えずに大声で話をしている。

 その内容は店主に対する不平不満であり、そこそこ大きな集団であればどこでも行われているだろうただの陰口でしかないのだが…。



「というかさ、オリボ草の抽出方法は分かったんだしこの情報を持ってけばどこの工房でも高待遇で入れてくれるんじゃね?」



 その内容はただの陰口と聞き流せる内容ではなかった。



「…確かに、あんなクソ生意気なガキにしたがう理由はねえよな。

 良い体してるしそのうち旨い思いが出来るかと思って入ったが性格は最悪だしな」


「だろ、北東区のグリークの工房なら金回りも良いし丁度良くね? あそこの店主ここに対してライバル意識が強いから絶対食いつくぜ」


「近いうちに話を持っていってみるか…おっ! おい、お前もどうだ? あんたが一番あいつの我侭に振り回されてるだろ?」

 


 そこに1人の人物が通りかかった。

 声を掛けられたのは柔和な笑みを浮かべたやさしそうな壮年の男性だ



「私はやめておきますよ。

 妻も子もいる身ですからそんな大それたことはとてもとても。

 お二人もやめておきませんか?」


「ちっ、つまらねえ奴だな。

 だったらなおの事もっと条件が良い所に移りゃー良いだろうによ」


「私は…ここが悪い所だとは思いませんよ」


「ああそうかい、じゃあ勝手にしな! 後でこの店が潰れても助けてなんてやらねーからな?」



 男達の会話はそこで終わった。

 …だがその話を聞いた者は多い、徐々に広がっていく不穏な空気を止めるられるものはこの場にはいなかった。

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