EX8 ファム(3)前編
ファム
はぁ…入りづらいわね。
目の前まで来ているというのどうしても中に入る事を躊躇ってしまう。
別に悪い事をしようとしている訳ではないのだが、あいつに会った時どんな顔したら良いか分からないしこれでも一応悪かったと思っているのだ。
私は今あの男、ララのお店の前に来ている。
何か特別な用事がある訳でもないし私としては来たくなかったのだが、先日私のお店にあいつを招い時の事、彼を追い出した後に訪れた人物によって行かざるを得なくなってしまったのだ。
やってきたのは私の母ジーナ。
仕事に関する事には基本的に立ち入らないし職場に来ることはほとんどないのだが、タイミングが悪い事にあの日は家にお弁当を忘れておりそれをわざわざ届けに来ていたのだ…お昼はとっくに過ぎた時間だったのに。
そして私はやってきた母に泣きはらしている所を見つかってしまった。
…最初は優しく抱きしめてくれたのだ。
泣き止まない私を胸に抱き、落ち着くまでは詳しい事情も聞かずにずっと私の頭を撫でてくれていた。
だが私が泣き止み、顛末をぽつぽつと語っていくうちにその態度が豹変する。
……めちゃくちゃ怒られた、また泣きそうになるほどに。
同業者を店に招きその相手から盗んだ技法を使っている所を見せ、さらにその秘密を探ろうとし、アドバイスをしてくれたのに喚き散らし、最後には店から追い出したのだ。
…怒られるのも当たり前か、ギルドに知られたら注意喚起くらいじゃ済まないかもしれないわね…。
父との思い出やあの時私が感じた事を話すと少し難しい顔をしていたが、それでも私が悪いという裁定は覆る事がなく謝りに行くことを約束させられてしまったのだ。
「でも…謝りに行くのはまだ分かるんだけどなんでこんな格好を…」
今の私の格好はいつもの魔導士風ローブでも地味な普段着でもなく夜会なんかでも滅多に着ないであろうフリルをふんだんにあしらったドレスを着ている。
正直子供っぽくないかな? と思うが、年齢相応と言われればその通りだしその可愛らしいデザインに惹かれるものがないわけでもなかった。
…まあ少し可愛すぎる気はするけれど。
この服装も母に強引に着ていくように言われたものだ。
最初に予定していたローブ姿は論外だと言われたし夜会に来ていくタイプの少々色っぽいドレスだと何をしに行くんだという話になる。
他にも普段着や部屋着はあるのだが相応しい衣装ではないという事で、消去法でこの服を着る羽目になってしまったのだった。
もっとフォーマルな服を用意しておけば…。
だがいくら悔やんでももう目の前まで来ているのだ。
今更引き返す訳にもいかないので意を決し扉に手をかけた。
「いらっしゃいませー」
店内に入るとすぐに元気の良い声が響いて来た。
てっきりあの男が店番をしていると思っていたのだが耳に届いてきたのはなんとも可愛らしい感じの声だ。
確か妹がいるみたいな事を聞いた気もするしその妹さんだろうか?
…いえ、違うみたいね。
声を掛けて来た人物を確認するとそこに居たのは思わず抱きしめたくなる程の愛らしさを持つ小柄な獣人の少女だった。
仕事柄獣人のお客は結構多いのだがここまで愛らしい子を見たのは初めてだと思う。
お店に来るのは男女ともにどちらかと言うといかつい感じで…粗野で乱暴なイメージが強い。
大半が冒険者だから当たり前ではあるのだが、こういう獣人の子もいるのだなと獣人に対する私の印象が少し変わる事になった。
それは別として妹であるという可能性もほぼなくなった。
ララは間違いなく普通の人間だったしその妹が獣人というのは…まあ複雑な家庭環境であれば無くはないが可能性は低いだろう。
お店の従業員かしら? でもこの規模で人を雇う必要は…金銭的にも余裕はないでしょうに。
「まあいいわ、えっと、ララ、この店の主人はいるかしら?」
「あ、すみません、師匠は今外出しておりまして、すぐに戻るとの事でしたのでよろしければお待ちになりますか?」
留守か、まあ事前に連絡を入れていないのだから仕方ない。
急ぎの用事もないし少し待っ……師匠?
「師匠って事は…あなたあの男、ララのお弟子さんなの?」
「え? はい、そうですけれど…もしかして師匠のお知り合いの方ですか?」
やはり合っていたようだ、ならこの子も私と同じ錬金術師という事になる。
こんな小さな店で弟子を取るなんて生意気だとは思うがこんな可愛らしい後輩なら大歓迎だ。
でも、この子は…悪い子には見えないけれど…。
「ええ、彼の同業者よ」
「やっぱり! あ、申し遅れました、私ピッセルって言います。
まだまだ若輩の身ではありますがよろしくお願いします!」
…大丈夫だろう。
これだけ素直で良い子なら道を踏み外すような事にはなるまい。
「…応援しているわ、頑張ってちょうだい」
「はい、早く一人前の魔工技師になれるように頑張ります!」
うん…うん? あれ? 私の聞き間違いかしら?
「ちょっと待ちなさい、あなた錬金術師を目指しているのよね?」
「…え? いえ、魔工技師…ですよ?」
おかしい…話が完全に食い違っているわ。
目の前の少女は目を丸くしており…いちいち可愛らしいわねこの子、冗談を言っているようには見えない。
だがこの店がいくら魔道具も扱っていると言っても魔工技師を目指すのならばもっと他に行くべき所があるのではないだろうか?
「…ララから錬金術の指導を受けている訳ではないのよね?」
「は、はい。
錬金術なら…師匠も錬金術はされるようですけれどリリナさんの方がお上手みたいですね」
急に聞き覚えの無い名が出て来る。
なんとなくそのリリナって子が妹さんなのかな? という予想はたてられるが、そんな事よりあの男より腕前が上だという部分が聞き捨てならなかった。
ララの技術でも錬金術レベル7の私をもってしても及ばないレベルだと言うのに、それよりもさらに上が居るという事。
そしてそもそも私が今までライバル視していた相手の本職が錬金術師ではなく魔工技師だったと言う事。
なによそれ! どれだけ人を馬鹿にすれば気がすむのよ!
「…そのリリナって子は居るのかしら?」
「え? はい…奥におりますが…?」
「呼んでもらって良い?」
「はあ…少々お待ちください?」
とりあえずはそのリリナと言う子に会ってみる事にする。
すでに当初の目的はどうでもよくなっており暗い怒りの感情があふれつつあった。
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大きな子…。
それが奥から出てきた少女に対する第一印象だった。
見上げる程とまでは言わないが私よりも頭半分は背が高く、ララとほとんど変わらない平均的な男性くらいの身長はあるように見える。
それにスタイルも結構…かなり良いわね。
さらに羨ましいのはその自然体な細身体型だ。
これだけ身長差があっても体重は私と同じくらいに見えるし、それに服装のせいで分かりにくいけれど意外と…あるように見える。
私もスタイルにはそこそこ自身があるのだがそれはそうあろうと努力をした結果だ。
こんな風に自然体で理想的な体系を持つ少女を前にしてしまうとどうしても嫉妬する気持ちを抑えられなかった。
「えっと…どのようなご用件でしょうか?」
そんな私の内心に気付いた様子もなく、少女はおずおずと言った様子で声を掛けて来る。
その姿は大きななりをした小動物のようであり臆病な性格が一言で伝わって来た。
「あなたがこのお店の錬金術師だと聞いたのだけれど…本当なの?」
「え? は、はい、…そうなりますけれど…」
ビクビクしていてなんだか調子が狂う…顔つきは似ていても性格は全然違うのだろう。
「でもあなたのお兄さんも錬金術をするのよね?」
「まあ…はい、おっしゃる通り兄も錬金術は出来ますけれど…兄はあまり上手く出来ないので何か依頼があれば私が対応させていただきます」
…あれで上手くない…と言うのか? 段階抽出までこなせる人間をさしてそんな事を言うなんて…。
じゃああなたは一体どれだけの事が出来ると言うのよ?
「なら、ちょっとやって見せて頂戴。
素材はあるしお代もちゃんと払うから目の前で見せて貰えないかしら?」
「え、それは…まあ、構いませんけれど…」
あの男よりも腕前が上だと言う錬金術師。
正直言えば悔しいし認めたくないという気持ちが強いのだが…それ以上に興味を引かれる部分もあった。
私よりも年下であろうこの少女がいったいどれだけのものを見せてくれるのか。
素材は今回もオリボ草を使ってもらう事にした。
プリム草も持ってはいるのだがこの少女の実力を見るのにはやはりこちらの方が良いだろうと思ったからだ。
「お兄さんから聞いているかしら? 魔力の通りが悪い素材だけれど…平気よね?」
「んー、そう…ですね。 これくらいなら大丈夫かと」
オリボ草を1株渡すと妹さんは興味深そうに確認を始めた。
…なんだか楽しそうだ。
先ほどまでのおどおどとした態度は鳴りを潜め面白いおもちゃを前にした小さな子供のような顔をしている。
そんな彼女の表情に既視感を覚えるが同時にこれだけ楽しそうに出来ることが羨ましかった。
今の私には錬金術を楽しむ余裕などないと言うのに。
ライバルを退けるため常に上を目指さないといけないしその為の努力を欠かす事も出来ない。
抽出技法を盗んだ事も…見せつけたのはやり過ぎだったがライバルに差をつける為に利用したという面もある。
負けるわけにはいかない、トップにならなければいけない。
力を示さなければ、負けてしまえば…大切なものを奪われるだけなのだから…。
「えっと、始めますけれど…良いでしょうか?」
「…ごめんなさい、始めてちょうだい」」
…この実演にしたってそのつもりだ。
たとえどれだけ技術力に差があったとしても諦める事は出来ない。
盗んだ技術であってもそれを活用して勝てば良いんだ! さあ、見せて頂戴!




