EX7 ミゼリア・ウォーレット(3)後編
4章終了後
「ふふんっ!」
えーっと…これはどうすれば良いんだろうか?
いつも通りにお店を開け、ピッセルさんと一緒に店番をしつつ魔導技術の指導を行っているとミゼリアさんがやって来た。
今日来店する事は事前に連絡を貰っていたので、思っていたより少し早い時間だなとは思ったものの特に驚く事はなかった…のだが。
店内に入って来たミゼリアさんに対しピッセルさんが「いらっしゃいませ」と声を掛けてもそちらに気付いていないかのような反応に少し困惑、そしてそのまま僕の姿を認めた彼女は指先から火の魔法を放ったのだ。
…いや、放ったとは言っても別に店や商品に火を付けたわけではない。
ミゼリアさんの指先を離れた火魔法はそのまま彼女の指先の周囲で旋回しているだけでそれ以上は特に何もしていない。
それを見ていたピッセルさんが「わー」と少し驚いたような声を上げ、ミゼリアさん自身もどこか得意げな顔で…前にルプラさんが見せていたようなドヤ顔? の様な表情をしている。
僕の反応を待ってるっぽいが…何だろう? お前もやってみろって事なのかなこれ?
ミゼリアさんの沈黙をそう解釈した僕は3つ…は安定しないので2つの魔法、球状にした火と水の魔法を同じように指先の周りで回して見せた。
…その瞬間、ピシッとでも聞こえてきそうな様相でミゼリアさんの表情が固まる。
指先を回っていた火の魔法は消え、腕をプルプルと震わせながら徐々にその頭を垂れて行ったのだ。
「ミゼリア様?」
その様子が気になりミゼリアさんに近づいて声を掛けるが…反応がない。
うつむいているので表情も分からず、心配になった僕は彼女の前にしゃがみもう一度声を掛ける。
「ミゼリア様ー?」
直後、急に面をあげた彼女は目尻に涙を溜めた悔しそうな表情をしており、その悔しさをぶつけるように僕の顔面に拳を叩き込んできたのだった。
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ミゼリア
この男はこの男はこの男はぁーー!!
「いたた…急にどうされたんですかミゼリア様?」
「うるさいうるさい!」
仰向けに倒れたララに対し何度も怒鳴りつけてやる。
このまま顔面を踏んづけてやりたい気分だったが短いスカートなので自重するしかなく、代わりに脛を蹴りとばしてやった。
「うう、ひどい目にあった」
「まあ…でも今のは師匠も悪いですよ?」
はぁ…この男、こういう所はやっぱりダメね。
顔と脛をさすり痛そうにしているララを見てようやく溜飲が下がって来た。
…悪気が無い事は分かっているのだがさすがに今のは酷いと思う。
私はロメット女史の指導の元でこの魔法を練習し、ひと月近くをかけてようやく1つだけなら回せるようになったのだ。
だと言うのにこの男は驚きもせず、さらにどんな思考を巡らせたのか2つ同時に回すと言うもはや煽っているとしか思えない行動をしたのだ。
初めて驚かせてやれると思ったのに…。
むしろ驚かされたのはこちらの方だった。
確かに桁外れの魔力量を持っているようだし魔法、魔導技術に対する造詣も深いと思う。
だが魔導士ではないララの場合、使うとしてもせいぜい日常生活に使う程度でレベル1相当のものまでのはずだ。
なのになぜこんな事が出来るんだ?
以前魔法のレベルを聞いた事があるのだが属性の幅は広いものの軒並みレベル2しかなく、特別魔法の訓練をしているという話では無かったはずなのだが…。
複数の魔法を同時に操るのは今の私にはまだ難しかった
イメージの並行処理、魔力の配分、才能や向き不向きはあるかもしれないが訓練なしで出来るようなものではないはずなのに…。
だからこの男がさも当たり前のようにそれをこなしているのも気に入らなかった。
最初から常識が通じない奴だったけれどますます分からなくなったわね。
「それで、試作品の改良が出来たって聞いたけれど?」
出だしで躓いてしまったが今日ララの店に訪れたのは改良の済んだ試作魔導武具を受け取るためだ。
…決して新しく覚えた魔法を披露したかったからではない。
ここ最近はロメット女史の指導の元ずっとこの魔法を練習しており、ようやくコツを掴めた事もあってララの魔導武具を用いた魔法を試したかったのだ。
「はい、こちらが試作品の改良型です」
そう言ってララがトレイに乗せた魔導武具を出してくれた。
へー、見た目も前のと少し変わってるのね。
改良型魔導武具は基本的な部分に変更はないのだが細部にいくつか変化が見られた。
装身具のような美しさはそのままなのだが、手の甲にあたる部分になんらかの意味があるのだろうラインが増えており長さも手のひらサイズだったものが手首の部分まで伸びていた。
「基本的な機能は同じですが前に指摘を受けていた部分を直しました。
まずは出力ですが、リミッターと調節機能を付けたので前回のような出力は基本的に出ないようになっています。
一応解除する事は出来ますが…そこは必要になったらお伝えしますね」
そう言ってララは手首の外側についているラインを軽くなぞる。
そこには赤い色のラインが描かれているのだがララの指の動きに連動して長さが変化していた。
おそらくあれで出力の調節をするのだろう。
「そして次は周囲から魔力を吸収する機能ですがこちらも同様に調節が出来るようにしてあります」
続いて先ほどと同様、今度は手首の内側にある青い色のラインでその説明をしてくれる。
しかし…
なるほど、簡単に言ってくれるがこの男、自分がどれだけやばい物を作ったのか分かっていないようね。
出力と吸収の調節が自由に出来るという事はつまり、望む威力の魔法を無尽蔵に撃てるのと同義、はっきり言って反則だ。
古代の魔導武具でもここまでの品があっただろうか? 確かに威力だけならこれに勝る物もあるがそれは1回きりの使い捨てのような物だ。
こんな魔導士が持ったら無制限に魔法を撃ちまくれるような品…値段を付けようと思っても一体いくらになるか見当もつかない。
それに…もし魔導士の部隊にこんな品が配備されでもしたら…ヴェルガンド王国が世界を統一するのも容易でしょうね。
危険過ぎる代物だ。
まだ試していないので確証とまではいかないが説明通りの品であったら正直私の手には余る。
父に相談して然るべき対処を…。
…でもこれがあれば私はさらに強くなれる。
並の魔導士どころか王都の宮廷魔導士にだって引けを取らない。
それに姉にだって…勝てる。
もちろん剣を交えた近接戦となれば別だが魔法だけであれば圧倒する事も可能だろう。
大丈夫、ちゃんと加減をして使用すれば周囲に悟られるような事もないはずだ。
「…ちゃんと要望通りにはなっているようね。
じゃあこれはまた貰っていくわよ、試してみるから結果が出たらまた来るわ。
…ああ、後このダサ…試作品は返しておくわね」
「はい、よろしくお願いします」
結局私はその事に触れず、改良品を受け取り仮で預かっていた試作品を返し店を後にした。
…正直これを素直に受け取るべきか少し迷った。
魔導士になりたての人であっても強力な魔法を放つことが可能であろう魔導武具。
まだまだ発展途上の私にとって過ぎた代物であるのは間違いない。
でも…それでも私は力が欲しかった。
これがあれば皆に認められる、姉に負けない強さだって手に入る。
そうして皆に必要とされる存在になれればきっと…。
大丈夫よ、絶対…絶対に上手くやるんだから。
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余談
「お父様に客人?」
「はい、先ほどからずっと、もうかなり長い事お話されていますよ」
朝食を終えてすぐの事、いつも通り仕事や訓練のため軍の施設へと向かおうとしていた時だ。
挨拶をしてから出ようと父の姿を探していた所そこに通りかかったアンナから今の話を聞かされたのだ。
別に客人が来ること自体は珍しくない。
むしろ領主なんて立場なのだから客人が来ない日の方が珍しいくらいだ。
…しかしこの度の来客には2点程気になる事があった。
1つは時間帯。
父は通常午前中は執務を行い午後から来客の対応をする。
これは前日に発生した案件を片付けてから次の仕事に入るという流れを作る為だ。
なので午前中に来客の対応をすることはめったにない…よほど大事な相手であれば別だが。
そしてもう1つの気になる点だが…。
「若い女性?」
「はい、おそらく私とほとんど変わらないくらいの年齢ですね。
とてもお綺麗な方でしたよ」
それはその客人が若い女性だと言う事だ。
…いや、別に父の浮気を疑っているという訳ではない。
父の母に対しする溺愛っぷりは見ているこちらが恥ずかしくなるくらいだしあれが演技だとはとても思えない。
だが父にその気が無くても相手がそうだとは限らないのだ。
領主なんて地位にいるとその権力に惹かれる輩は後を絶たない。
父がそんな浅はかな連中に騙されるとは思わないがそれでも心配にはなってしまうのだ。
どうしようかしら…様子だけでも少し…あっ。
「それじゃ、よろしく頼むわよ」
父の様子が気になり応接室の前で逡巡しているとガチャっと扉が開き件の女性だと思われる人物が現れた。
その姿を見て確かに綺麗な人だ、と思った。
ゆったりとした柔らかそうな髪、均整の取れた、だけど女性らしい丸みを帯びた体つき。
顔つきもこれぞ『美人』と言わんばかりの整ったもので大抵の男性なら簡単に魅了してしまえるだろう美しさを持っていた。
…でも、なんだろう? ぱっと見ただけなら美人だ、で終わるのだがよくよく観察するとどこかに違和感のようなものを受ける。
でもその違和感の正体は分からない、それがさらなる違和感を生むというおかしな感じなのだ。
「かしこまりました、ではそのように手配を、っと? ミゼリア? どうかしたのかい?」
続いて部屋から出て来た父がこちらに気付き声を掛けて来る。
どうやら違和感が気になり少し呆けていたようだ。
「いえ、大丈夫です。 仕事に出るので挨拶をと思いまして」
……いや、おかしい、なぜ父はこの女性に対してこんなにへり下っているのだ?
女性の尊大な態度に対してさも当たり前のように謙譲語で受け答えをしている。
…もしかして王都の大貴族の娘さんとかだろうか? いや、それだけで父がここまでへり下るというのも考えにくいが…。
少なくとも父を誑かしに来たという訳ではなさそうだ。
「あら? もしかしてあなたがミゼリアちゃん?」
ちゃん!?
「……はい、初めまして、ミゼリア・ウォーレットと申します。
私の事をご存じなのですか?」
いきなりちゃん付けで呼んできた事に対し思う所はあったがそこはぐっと堪えて挨拶を返す。
私の年齢ならまだ子供と見られるのは分かるし…相手の正体が分からない以上下手な事を言えないからだ。
「ええ、私はノア、あなたの事はアリシアから聞いているわよ…耳にたこが出来そうな程にね」
そう言って苦笑する女性に対し何と言ったら良いのか少し迷った。
姉は…少々変わり者だとも思うから。
「姉のお知り合いでしたか、姉がいつもお世話になっております」
「ミゼリアちゃん……すごく可愛いわねあなた♪」
ゾクっと、その言葉を聞いた瞬間怖気が走った。
「で、では私は仕事がありますので、お父様行ってまいります。
ノア様もどうぞごゆっくり」
そして私は挨拶の返事も聞かずにその場を離れた。
後ろから困惑したような父の声…それと、ノアと名乗った女性からの粘着くような視線を感じながら。
怖い怖い! 何なのよあの女!
…私がこの時感じた恐怖が貞操の危機だった事に気付いたのはこれから何年も後の話であった。




