EX7 ミゼリア・ウォーレット(3)中編
ミゼリア
ダメだ、全然出来ない…。
「なんだい、1つの魔法すら制御出来ないのかい?」
ロメット女史からダメ出しをされ悔しい気持ちはあるがそれで上手く出来るようなるなら苦労はしない。
…そもそも本当に出来るのか? いや、今も目の前で実演されているのだから出来るのは確実な事なのだ。
つまり出来ない私の実力不足ってわけよね…。
先ほどから何度も挑戦しているのだが1度も成功していないそれ。
私がやろうとしている事、そしてロメット女史が実演してくれている事は単純だ…見た目だけは。
指先から放った魔法をその指の周りでクルクルと回す、それだけの事なのだから。
いや、それだけの事などと言ったが私の知る魔法にそんな事が出来るものはなかった。
一度放ってしまった魔法に対し術者が出来る事は無く、事前に曲がるようにイメージしておかないと真っ直ぐ飛ばしたり真っ直ぐ降らせたり等しか出来ないはずなのだ。
試しに何度かクルクルと回るイメージを作り放ってみたが、すぐに明後日の方向に飛んで行き魔力を失った魔法は消滅してしまう。
ロメット女史が実演してくれているような綺麗な回転を描くことはないし、手を動かしてもそれに連動して動くような魔法は私には出せなかった。
「んー…ダメそうだね」
「そんな…まだ、まだ出来ます!」
放った魔法を再度明後日の方向に飛ばした私にロメット女史の若干落胆したような声が掛かる。
それに対しまだ諦めるつもりはないと言葉を返すのだが…正直かなり落ち込んでいた。
魔法の才能だけはあると言われている私にとってその実力を否定される事は存在を否定される事と同義だ。
もちろんまだまだ実力不足である事は分かっているが、それでも弟子入りの試験くらいならこなせる実力はあると思っていた。
しかし結果は…私の才能はやはり搾りかすでしかなかったのか?
「……はぁ、落ち込む事はないよ。
すまないね、貴族相手って事でつい意地の悪い事を言っちまったが本来出来ないのが普通なんだよ」
「えっ?」
だが、そう落ち込む私にロメット女史が続けた言葉は私を否定するものではなかった。
「最初に言っておこう、放った魔法に干渉出来ないというのはただ思い込みだよ。
慣れればこんな事も出来るからね」
そしてロメット女史は先ほどから見せてくれている魔法、それをさらに発展させたものを披露してくれた。
それは3つの属性『火』『光』『闇』を同時に操るというもので、先ほどから出していた火の魔法に隣接する形で輝く光と暗い闇を生み出していた。
「すごい…」
「…別に大層なものじゃないよ。
私の娘ならこの倍は…まああれは例外だろうね」
想像もつかない話だ。
そもそも二つの魔法を同時に放つのだってイメージが混同してしまう為かなり難易度が高い。
3つ以上となるとイメージが破綻して暴発する事がほとんどで、そんな危険な真似をしようなどと普通の魔導士であればまず考えないだろう。
確かにロメット女史程の高名な魔導士なら3属性の同時行使も納得出来る。
だがその倍? 6つ? どんな思考をしていればそんな事が可能なのだろうか?
「私にも…出来るのでしょうか?」
「ふむ…そうだね、お前さん『浄化』は使えるかい?」
奇術のような魔法に驚いた私がおずおずと切り出すとロメット女史はそのように返してきた。
「『浄化』ですか? それくらいであれば使えますが…」
『浄化』は適性があったというのもあるのだがなにより利便性が高い事もあって真っ先に習得した魔法だ。
火、水、土のレベル3と条件は少々きびしいが日常生活から有事の飲料水の確保等使える場面が多く、魔力の消費も少ないものなので条件を満たしている者であれば真っ先に習得する魔法だろう。
「じゃあ1つ質問だ。
なぜ『浄化』と呼ばれているか、理由を知っているかい?」
「え? 理由…ですか?」
理由なんて考えた事は無かった。
物を綺麗にしたり汚れた水でも飲めるようにしたり…前に粗相をした時にも使ったものだ。
だからそういうものなのだ、という認識くらいはあるが…考えてみれば普段私が扱っている魔法には名前なんて無いのになぜ『浄化』にはそれが付いているのだろうか?
「…魔法にイメージが大事だって事は理解しているようだね。
簡単に言えば魔法のイメージを固めやすくする為さ」
イメージを固める…『浄化』…あっ!
「もし『浄化』という名前がなかったら1からイメージを固める必要があるからね。
衣類についている汚れを1つ1つ取り除くイメージ、汚れた水に入っている不純物を取り除いていくイメージ、魔力の消費もそうだけれど並の魔導士だったら確実の破綻するよ。
だから『浄化』という単語で強固なイメージを作ってしまうのさ。
それさえ出来れば後は魔力を通してやるだけ、複合魔法なのに比較的容易に扱えるのはそういう理由もあっての事なのさ」
なるほど、そういう理由があったのか。
確かに『浄化』を使おう! なんて思った時点で対象に対してやりたい事のイメージなんて完全に固まってしまう。
人によって、種族によって多少のずれはあるかもしれないがそれほど大きな違いはないはずだ。
…しかしわざわざ『浄化』の解説をしてくれたという事は…固有名を持つ魔法が名前でイメージを固めるいう事は名前を持たない普通の魔法はそれとは逆…という事か?
「…どうやら理屈は理解出来たみたいだね」
「はい、つまり通常の魔法は決まった形を持たないものであると…」
自由な魔法、ロメット女史が先ほどから披露している魔法は私が使っているものと同じという事になる。
違うのはそこに込められたイメージだけ。
…だがどうすれば良い? クルクルと回るイメージでなら先ほどもやってみた。
後は…最初にと言っていたあれか?
「じゃあ最後に実践と行こうか。
もう1度あの的に魔法を撃ってみな…ただし、私の言う通りにやるんだよ」
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的に向けてイメージを固める。
最初と同じ燃える炎のイメージ、そして真っ直ぐに飛ぶ矢のイメージ、それらを合わせた真っ直ぐに飛ぶ火炎のイメージだ。
…だが今回はさらに付け加えるものがある。
それは自分の手と矢柄を繋ぐ紐だ。
ロメット女史は私が火矢をイメージしている事を見抜いておりそれならばと指示してきた事柄だ。
魔法を放つ時にもその紐のイメージを強く持っておけ、と言う事なので矢のイメージは薄くなってもとにかく紐の部分を強くイメージしておいた。
「では行きます」
「ああ、紐のイメージを切るんじゃないよ」
私は的に向けて狙いを定め…魔法を放つ。
その瞬間、手と矢柄を繋いでいる紐のイメージが切れそうになった。
魔力が抜けていく感覚と魔法を放ったという感覚で自分との繋がりが絶たれたという認識に支配されそうになったのだ。
でもぎりぎりで持ちこたえた。
紐の部分を特に意識していた事もあってか「繋がっている」という認識で上書きすることが出来たのだ。
しかし見た目は私が先ほど放った魔法と同じだった。
むしろ紐に意識の大半を裂いたせいで最初に放ったものより小さく速度も半分くらいしか出ていない。
このまま的に命中しても普通に燃えるだけなのではと思ったのだが…。
「上へ!」
そんな風に考えていたタイミングで唐突にロメット女史が大きな声を上げた。
えっ?
急に何事かと思った。
指示なのかもしれないがあまりにも唐突過ぎた為その意味を瞬時に理解する事が出来なかった。
しかし…唐突だったからこそ余計に強く感じたのだろう。
一瞬だが「上」という言葉が私の頭の中に大きく響いたのだ。
その瞬間、ヒュンッ! という擬音でも響きそうな風情で、真っ直ぐ的に向かっていたはずの私の魔法が直角の軌道を描き真上に昇って行ったのだ。
上昇した魔法は魔力を失った所で消滅し繋がりは絶えたが、消えた後にもその衝撃的な映像が目に焼き付いていた。
「…出来るじゃないか」
「今のは…何をされたんですか?」
「何言ってんだい、自分で曲げたんだろう?」
そうだ、確かに曲がった…真っ直ぐに飛んでいたはずの魔法を真上に…。
それに自分の中にも曲げたという強い感覚が残っている。
「最初に言った通りさ、放った魔法に干渉出来ないというのはただの思い込みだよ。
魔力を放つ感覚のせいで自ら繋がりを断ってしまっているのさ」
そう…だ、今の感覚、ようやく分かった気がする。
これが本当の意味で魔法を操るという事なのか!
たった1度の魔法行使でしかないのだがそれでも十分だった。
魔法を繋ぎとめた時の感覚、魔法の軌道を曲げた時のイメージ、それは鮮明に私の記憶に焼き付いたのだから…。
「…よし!」
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ロメット
目の前で喜びを露にする少女を見つめながらも内心ではかなり驚いていた。
この技法、教えられたからと言って簡単に出来るものではないはずなのだ。
私が今まで指導してきた魔導士達はこれが出来るようになるのに1年近く掛かったし、とりわけ才能の塊であったルプラでさえもひと月近く掛かったのだ。
それをまさか1回で成功させるとはね…。
正直貴族に対してはあまり良い印象を持っていない。
私が王都を離れる切っ掛けになった事件、母にも落ち度はあったと思うが元凶は間違いなく貴族たちだった。
あの事件さえなければ母も…きっと宮廷魔導士としての名を残すことが出来ただろうから…。
今更だね…でも、
ルプラとはまた違う才能を見せた少女、シアと言う名の高位の精霊魔法を操る少女、魔法の才能自体は低いが錬金術師、魔工技師として高度な技術を見せたララ、若い世代にも優秀な者が大勢生まれてきているのだ。
ならば老いぼれに出来る事はそんな若い世代を導いてやる事ではないだろうか?
まったく、若いってのは羨ましいもんだね。
昔の自分にそんな仲間たちがいたら、そんなもしもの話を考えると悔しい気持ちはある。
だが目の前の少女を見ていると若い世代がこれからどんな成長を遂げるのかと、それを楽しみに思う気持ちも自分の中にあるのだった。




