第57話 研究馬鹿に求められる事
「なるほど、あの黒い奴は捕まえられなかったのですね」
あの魔道具の対処をした翌日、前日と同じく朝からノアさんとゆきのさんがお店まで来ていた。
しかし今日は別に調査に出ようという訳ではない。
二人はこの後レオンリバーを発つようなので、その前に挨拶がてら昨日の件について話しておきたいという事であった。
「ごめんなさい…」
「あっ、いえ、別に責めている訳ではありませんよ」
最初の話は暴漢達の拠点で遭遇した黒い人型存在の事。
ノアさんは昨晩のうちに聞いていたようだがゆきのさんはあの黒い奴を捕まえる事が出来なかったとの事だ。
なんでもあれから1時間近く追い続けていたようだが、南端まで追いつめたところで突如としてその姿が掻き消えてしまったと言うのだ。
「こらっ、女の子にはもっと優しくなさい、デリカシーのない男は嫌われるわよ」
「うっ…すみません、ゆきのさん」
意図していた訳ではないが若干責めるような言葉になった事をノアさんに窘められる。
「や! だっ、大丈夫ですよ! ララさんは…その、そんな事は絶対に言わないって分かっていますし。
……それに、私にも少し油断があったと思います」
ゆきのさんは僕の謝罪を聞き少し慌てていたが、後半は少し険しい表情で自責の念にかられていた。
「そのうち追いつくだろう、追いついてしまえば捕まえられるだろう。
自惚れているつもりはなかったけれど…気付かないうちに勇者としての力を過信していたのかもしれません」
「ゆきのさん…」
こういう時に上手く声をかけられたら良いのだが僕では当たり障りのない言葉しか浮かんでこない。
だから…ではないかもしれないが、やはり二人は親友なんだなと改めて感じる事になる。
「はぁ…いつも言ってるでしょ、ユキノは深く考えすぎなのよ。
昨日の件にしたって目的だった魔導兵器を1つ回収出来たんだし成果としては上々なのよ」
「でも…」
「でもじゃないの。
確かにあの黒い奴を捕まえられるならそれに越したことはないけれど、でも別に良いのよ。
全部が全部上手くいくなんて最初から思っていないしこういう先の見えない事柄は一手ずつ進めていくしかないの。
ユキノが居なかったらあの黒い奴の対処も出来なかったし魔導兵器の対処にも向かえなかったのよ?」
「…うん」
付き合いが長い二人だからというのもあるだろうが、ノアさんの言葉を聞いたゆきのさんは多少ぎこちなさを残していたが笑みを取り戻す。
「…それに、私はユキノがそんな顔をしている方が悲しいわ?」
「え…ちょ、ちょっと待ってよエル! ララさんの前でこういうのは…」
しかし続くノアさんの行動は…ゆきのさんの消沈を紛らわせる目的なのかもしれないが少々過激なものだった。
…えーっと? 親…友、だよね?
ノアさんはゆきのさんの頰に手を当てたまま紅潮した顔を隠しもせずに見つめており、ゆきのさんも慌ててはいるが驚いている様子がない事から同じような事が何度かあったのかもしれない。
もしかしてノアさんもカレンさんみたいな趣味が…? そういえばピッセルさんを紹介した時もなんだか反応が…でもリリナには興味を示さなかったというか若干引いてたよな?
ゆきのさんとピッセルさんの共通点は…小柄で…そういえば公園に行った時も小さい女の子をたくさん…。
もしかしてロリコ「何か失礼な事を考えてない?」
少々行き過ぎな妄想に入ってしまった僕にどうしてバレたのか本人からツッコミが入る。
「…いえ、あの黒い奴の正体を考えていただけですよ」
「そう?」
後ろからしょうがないなーといった様子のゆきのさんがこちらを見ているのだが、特に困っているという風ではないのでちょっとした冗談なのだろう。
「…そういえばあの子もかなり可愛かったわね…ミゼリアちゃん、彼女の妹とは思えないわね」
……冗談…なのだと思う、きっと…多分…。
「もしかしたらまたあなたに協力を依頼する事があるかもしれないわね」
「…出来れば荒事以外でお願いしたいですね」
黒い奴の事もそうなのだが今回の事件は完全に解決したとは言えないようで、全てではないかもしれないがそのあたりの事情をノアさんが話してくれる。
発端が何であったのかは分からないがやはり軍の方で起こった失踪事件が関係しているとの事。
それと同時に軍の倉庫から盗まれた物、あの爆発物は軍用の魔導兵器であり昨日回収した物がその内の1つだったらしい。
さらにあの魔道具以外にも危険な物がいくつかあり行方不明者と合わせそれらの捜索は今後も継続して行われるとの事だ。
ノアさん達はこれからレオンリバーを発つので直接対処をする事は出来なくなるが、全てを発見するまでこの事態が収束する事はないだろうという話だった。
「ララさん、気を付けてくださいね。
あの黒い奴もそうですけれど小型の魔導兵器を使っていた集団も気になります。
…私としては出来れば危ない事はしないで欲しいのですが…」
「…」
それは僕だってそう思う。
出来れば危険な事には近づきたくないし死ぬのだって怖い。
…だけど事情を知ってしまった以上無関心でいられるかというと…。
直接命の危険がある場所にわざわざ赴こうとは思わないが昨日のような状況になったらどうだろう?
いや…あの時決断した通りだな、全てを見捨て1人逃げ出すような格好悪い人間にはなりたくない。
英雄なんかになれるとは思わないが僕に求められている事くらいは責任を持って果たしたいと思う。
「あら? 昨日も言わなかったかしら? 断ってもやってもらうって♪
あなたの実力を知った以上余計手放すわけにはいかなくなったわよ?」
「ははっ、ノアさんは手厳しいですね」
それにきっとこの人の言う事には逆らえないような気がする。
昨日の一件にしてもしっかりと報酬を払ってくれているし、常に堂々とした姿には畏敬の念すら感じていた。
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「あら? これって…?」
「ああ、昨日届いていたみたいですね、後で手が空いた時に貼るつもりです」
話すべきことは話したのでもう一時したら二人は発つ事になるはずだ。
現在ゆきのさんはリリナと一緒に甘いやつを飲みながら話をしている。
そこそこ打ち解けているようで…リリナもゆきのさん相手なら大丈夫なようだ。
そしてノアさんは熱く入れたコーヒーを1人で飲んでいたのだが、カウンターに置いてあったチラシの束を見て何故か興味を惹かれた様子だった。
「ふーん…これ、あなたはもう見たの?」
「いえ、まだ内容は見ていませんが…」
ピッセルさんが言うには昨日職人ギルドの人が置いていった物で、どこでも良いので見える位置に貼って置いて欲しいという事らしい。
これまでにも同じような事はあったので特に気にしていなかったのだが…。
「何か気になる事でもありましたか? ……ノアさん?」
ノアさんはそのチラシの束を裏返し、残っていたコーヒーを一息に飲んで立ち上がる。
「ユキノ、そろそろ行くわよ」
「え? う、うん?」
急にどうしたのかとあっけに取られている僕を置いてノアさんはゆきのさんと出立の準備に入る。
まあ準備と言っても荷物は既にまとめられているので小物を入れる程度ではあったが…。
「それでは…また、ですね。 ララさん…。」
「はい、また遊びに来てください」
「もちろんです! 約束…しましたから」
ゆきのさんは名残惜しいといった様子で分かれの挨拶を口にする。
僕もゆきのさんと会えなくなるのは寂しいが、連絡をとろうと思えばとれない事もないし二度と会えなくなる訳でもない。
デートの約束だってあるんだし僕の方から王都に会いに行っても良いのだ。
「じゃあね、また会いましょ♪」
「はい、ノアさんもお元気で」
そして同様にノアさんにも挨拶をしたのだが…、
「…エルで良いわよ、親しい人は皆そう呼ぶわ」
と、告げられた。
「…良いのですか?」
「良いわよ、どうせもうバレてるんだし」
「え? そうなのエル?」
確かに変装している事は知っているしゆきのさんも何回かその名をこぼしてしまっていた。
…当のゆきのさんが気付いていないというのもなんだが。
「ま、別にバレたからってだけじゃないけどね。
ユキノの想い人だってのもあるけれど…これでもあなたの事を友人として認めているのよ?」
「うー…エルー…恥ずかしいからそういうのは…」
友人…か、確かに最初の頃に比べ口調も大分砕けているしな。
僕も彼女の人間性は好ましく思っているし、…ちょっと怖い所はあるけれど格好良い人だなと思う。
友人だと思ってくれる事も嬉しく思うし、僕も同じように彼女に対して友情のようなものを感じていた。
「では…またお会いしましょう、エルさん」
「はぁ…友人だって宣言してるのに、最後の最後まで堅苦しい話し方なのね貴方。
まあいいわ、その辺りは次に会った時にしっかり矯正してあげるから。
楽しみにしていなさいね、ララ♪」
こうして二人の友人はレオンリバーを発った。
次に会えるのはいつになるかは分からないようだ。
だが連絡先は聞いているので手紙を出してみても良いし直接向かう事も出来る。
次に会える日を楽しみに僕は僕に出来る事、目指すもの、成すべき事に向け努力していかないとな。
そういえばさっきのあれ…なんだったんだろ?
ついでに貼ってしまおうかと先ほどエルさんが裏返していたチラシの束を手に取りその1枚目の内容を確認してみた。
そこに描かれていたのは…
なるほどそういう事か。
そういえばハンスが前に来た時にも言っていたな…。
チラシの内容はデートの時に見かけた劇場で開かれるコンサートのもので、昨日に見たエルさんの絵姿が大きく描かれている…そして大きな文字でこのように書かれていた。
≪ ヴェルガンド王国の至宝 歌姫エレノア来演!! ≫ …と。
…だからあの時知らなかった事を呆れられたんだな。
次に会える機会が楽しみな事は間違いないのだが、その時に何を言ったら良いのだろうか? 何を言われるのだろうか?
小さな小さな課題を残す、そんな顛末であった。
4章本編終了




