第56話 誤
「それで、どっちにするつもりなの?」
右か左か、命を賭けた選択を迫られていた。
正しい方の魔力を断てば止まるし間違えた方を断てば爆発する、実にシンプルだと思う。
あれこれ考えているうちに残りカウントはすでに180、切るだけなら数秒もかからないがどちらが正しいかを調べるには30分くらいは必要になるのでとてもではないが今からでは不可能だ。
まさかこんな絵物語でしか見ない事態に直面するとはね…。
本でなら読んだことはある。
最終的には残り数秒という所で切断、犯人からのヒントがあったり運に任せたりと様々な展開はあるが成功という結果だけはどれも変わらなかった。
まあそれはそうだよな…失敗したら話が終わっちゃうし。
「あなたに任せるわ。
間違えても別に責めたりしないから安心なさい」
「……責めようと思ってもどうやって責めるんでしょうね?」
選択の事を話すとノアさんは僕に任せると言ってくれる。
僕が最良だと思う方法でやれという事だ。
だが選択しろと言われてもどうする? 物語みたいにヒントが見つかるまで頑張るのか? それとも本当に運を天に任せて選ぶのか? …もったいない…こんな面白そうな物を前に死にたくないものだ。
…だが残りカウントはそろそろ120を切りそうになっている。
悠長にしていられる時間はもうない。
そうだな、結局どちらかを切れば止まる仕組みなのだから選ぶしかないんだ。
右で良いか? 切ってしまおうか? 止められさえすれば後は自由に…
…待て、なんで僕は製作者が想定したやり方で止めようとしているんだ?
残りカウントが120を切ったところだった。
そうだ、爆発を止められさえすれば良いんだよ。
僕の思考に今までとはまったく別の手法が浮かび上がった。
分かりやすい爆発物、タイマーに回路に2択と知っている要素が多かった事で、対処もその知っているものと同じようにやろうとしていたが別にそうする必要はどこにも無いのだ。
…そう、別にそんな手順に従う必要はない。
ようはこの魔道具が発動しないように、魔力が核に作用しないようにすれば良いんだろ?
「すみませんノアさん、ちょっと手伝って下さい!」
「は? え? 急になによ? 切るんじゃないの?」
なら方法はもっと単純だ。
魔力を抜いてしまうか核へのラインを直接断ってやれば良いんだ。
「はい、これを。
この辺りの外郭を全部壊しちゃってください」
「…何か意味があるのよね? 良いわ、やりましょう」
小型のハンマーをノアさんに渡し、僕も同じものを手に爆発物の下部外郭をガシャンガシャンと一気に破壊していく。
カウントが残り60を切った。
周囲で救助活動をしていた人達もついに逃げ始める。
僕と同じような読み物を見ていなくてもこのカウントが0になったら爆発する事は容易に想像出来るし、爆発の威力も分からないのでこれ以上の救助活動は無理だと判断したのだろう。
助けて貰えなかった人、救助に入って逆に捕まってしまった人、橋に残された人はまだ20人くらい居るがその誰もがこの絶望的な状況から逃れようとしていた。
必死の形相で藻掻いている人、体力の限界が来てほとんど動けないがそれでも足掻く人、ただただ泣き叫ぶだけの人もいるがその誰もが糸から逃れることは出来ないでいる。
このまま爆発してしまったら僕だけじゃない…ここに居る人全員が死ぬことになるだろう。
その光景を横目に外郭の破壊を進めた。
この辺りは回路もなく魔力を通す管が上部から来ているだけなので多少乱暴に扱っても問題がない。
破壊にかかる時間だけが問題だったが二人でやった事で残り40カウントを残して終えることが出来た。
よし、後は…
下部は思っていた以上に単純な作りだ。
起動の信号を送るためのラインが複数あり、後は魔力を溜めているタンクの様な物と核が収納されているケース。
いずれかの信号が送られたら魔力が核のケースに流れ爆発というシンプルなものだが信号のラインはかなり多いのでこちらを止めるのは難しい。
魔力を抜けないか? とも少し思ったが貯蔵されている量が多いので流石に間に合いそうになかった。
残りカウント30
大丈夫だ、後は魔力タンクから核ケースへのラインを確認すれば…2本か。
魔力が抜けないのであれば後はここの流れを断つしかない。
いかな仕掛けを施しても可動部に魔力が流れなければどんな魔道具も作動しないのだから。
わざわざ2本用意したって事は…罠…もう確認の時間は無いな。
残りカウント20
「ノアさん、これをこの箇所に突き刺して下さい! 僕がタインミングを指示しますので同時にお願いします」
「…もう詳しくは聞かないわ、それで終わるのよね?」
「はい!」
僕は工具箱から小ぶりなナイフ、魔力抵抗素材で作られた実験等でたまに使うそれをノアさんに渡し、同じ物を手に魔道具を挟んでノアさんの反対側に着く。
残りカウント10
「行きます!」
「ええ!」
一瞬カウントは5からが良いか3からが良いかそんなどうでも良い事が脳裏を過ったが、かぶりを振ってカウントを開始する。
「3…2…1…0!」
そして残りカウントが5と重なったタイミングでナイフを目の前のライン、魔力タンクから核へと繋がる道に突き立て、同時にノアさんが突き立てたであろう軽い衝撃が伝わってきた。
残りカウント5…4…3…2、カウントは止まらない。
大丈夫だ。
カウント1……0。
ピー、ピー、ピー、と耳障りな音が3度響く。
…だがそれだけだ、その音が消えても魔道具は爆発の兆候を見せず核の方も反応している様子はなかった。
成功…だな。
確信があった訳ではない。
魔力の通路が別に隠されていたら、通路を塞いだ事で別の罠が発動したらなど確実に成功するという見込みがあった訳ではないが、50%の博打をするよりはましだろうと思ったのだ。
…ついでにどっちかを切っても良かったかもな…まあいいか、成功したんだし。
「上手くいった…のかしら?」
「はい、まだ完全に大丈夫とは言えませんが後は軍の方たちに任せた方が良いでしょう」
僕とノアさんは魔道具から少し離れた位置に腰を下ろす。
周りにはまだ捕まっている人がいるのに何を悠長にと怒られそうだが、肉体的にはまだしも精神的な疲労が酷く立ち上がる気力も沸いてこなかった。
上手くいったら詳しく調べたいと思っていた魔道具を前にしながらも動く気になれないのだから結構な重症かもしれない。
「…ふふっ」
僕と一緒に魔道具を見ていたノアさんが不意に笑った。
「何か面白いものでもありましたか?」
「んー…別に大した事じゃないんだけど、ほらあれ」
ノアさんの視線の先、指をさしているのは魔道具…に刺さっている2本のナイフだ。
あれがどうしたんだろう?
「あれみたいじゃない? 二人の初めての共同作業ってやつ」
……ああ、結婚の式でやるあれか? まあ似てなくも…でもあれって一つのナイフでやるんじゃないのかな?
…まあいいや、どちらにしてもこんな物騒なケーキ入刀は二度とごめんだね。
「とりあえず解決…と言ったところかしら?」
休憩をとっているとしばらくして軍の兵士が大勢やってきた。
簡単な事情は聞かれたが救助の方を優先すべきだろうという結論になり今は救助活動の真っただ中。
最初は住民達と同じように糸に捕まってしまう人もいたのだが、魔法で出した火で暫く炙れば脆くなる事を見つけてからは順調に救助が進んで行った。
「そうですね、この魔道具の撤去もあるでしょうけれど後は任せても大丈夫だと思います」
ようやく落ち着いてきた僕は改めて魔道具を調べさせて貰っている。
危険な物だし許可が下りるとは思わなかったのだが、ノアさんが責任者っぽい人と少し話しただけで何故か簡単に許してもらえた。
あー…正解は左側だったか。
そのついでに先ほどの2択の正解を確認してみたのだが、左が正解で右のラインを切ったら爆発するようになっていた。
意地の悪い製作者だったらどちらを切っても爆発するなんて仕掛けをしていたかもしれないが、これに関しては当たりを引けばきちんと止まる仕組みになっていた。
まあ右を選びかけてたからどちらにしても危なかったけどね…。
思い返してみるとかなり危ない橋を渡ったと思う。
最初に裏側の回路に気付かなければアウト、2択で右側を選んでいてもアウト、それに最後の手段だって成功の可能性は良いとこ7割くらいかなと思っていた。
「言ったでしょ、あなたは死なないって」
「それは…まあ…」
先の事を思い出したことで恐怖が顔に出ていたのかもしれない。
ノアさんがそんな事を言い出したのだが僕は素直にそれを受け入れられなかった。
…結果的にはそうだけど失敗する可能性だってそれなりにあったはずだ。
仮に失敗しても生き残る術でも有ったのだろうか? …まあ聞いたところでどうせ答えてはくれまい。
それを話せるくらいだったら今日の調査を始める時に教えてくれていただろうし。
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「それじゃあそろそろ戻りましょうか? ゆきのさんの方も気になりますし」
魔道具を調べ終わった事で本日の調査は終了となるようだった。
ゆきのさんとは僕の店で合流するようになっているらしく、あの黒い奴が何だったのか? 次はそれを確認しようという事だ。
…だが、この後に起こったハプニングによってその話は翌日に持ち越される事となった。
「そうね。
…あら? このナイフはこのままで良いの?」
「ええ、それを抜いてしまうとまだ爆発の危険がありますので……ってノアさん! 後ろ!!」
僕の目に映ったのは、ノアさんの後でひび割れていく魔力タンクだ。
今にも破裂しそうなタンクを見て急ぎ声をかけたのだがそれは少しだけ遅かった。
パンッという軽い音と共にタンクに穴が開きその中身が飛び出して来たのだ。
「きゃっ! な、何!?」
飛び出して来たのは魔力を溜めるため使用されたと思われるプラーナだった。
おそらく通り道を塞いだ事で行き場を失った魔力がプラーナを媒介にしてタンクの外壁を破ってしまったのだろう。
魔力を貯めておけるという特性を除けば基本的に水とほぼ同じ性質なのだがそれを間近で浴びてしまっていた。
「あー…大丈夫ですかノアさん?」
見たところ怪我をした様子はなかった。
だがほぼ全身を水浸しにされた状態はこの季節では寒いだろうし早く着替えないと風邪をひいてしまうかもしれない。
…あれ、幻影なのにちゃんと濡れた状態まで再現するんだ。
思ってた以上に高度な魔道具なんだな。
「…まあ、怪我は無いわよ」
「そうですか、良かったです」
「良くないわよ! 寒いし肌に張り付いて気持ち悪いし…後! こっちを見るんじゃない!」
ノアさんの服は濡れた事で薄っすらと透けており…。
「あっ、はい、すみません」
どうやら幻影の姿でも恥ずかしいものは恥ずかしいようだ。




