第55話 正
「…あなた、あれを止める事は出来ないの?」
橋の上の人達を救助するためさっそく行動を開始したのだがほどなくしてノアさんがそんな事を言い出した。
…確かにその意見は理解出来る。
すでに捕まっている人を助けようと何人もが橋に入っているのだが糸の位置が見えていない彼らの救助活動は難航していた。
この糸、刃物を使っても切れないどころか逆にその得物を絡めとってしまい、力づくで引き離そうとしても4,5人がかりでようやくはがせるかという程の粘性を持っている。
下手をすると二次被害で捕まってしまう人の方が多いくらいで、とてもではないがまともに救助が出来ているとは言えない状況だった。
「いえ、それはさすがに…」
だがいくら状況が悪くても対処出来るかどうかは別の問題だ。
初めて見る物だし…魔道具の一種である事は間違いないが時間もすでに900カウントを切っているのだ。
下手にいじって爆発させでもしたら僕だけでなく周囲の人全てを巻き込むことになってしまうだろう。
「…出来ないの?」
「…」
出来ない…と言うのは簡単だが…いや…。
「…ふんっ、得意な分野だって言うから期待してたのに、所詮はその程度なのね」
…この言葉は明らかな挑発だ。
もしかすると本心から言っている部分もあるかもしれないが、この場面でここまであからさまな事を言われたらさすがの僕でも分かる。
…でも、そう言われてしまうとさすがに悔しいな。
ここで何も出来ないようだったら二人について来た意味が無いし本当にただの役立たずになってしまう気がする…。
橋の中央にある爆発物を睨みつける。
僕の目の前にあるそれは先ほど見た物よりかなり大きく、上下が広く張り出したまるで巨大な砂時計のような形状をしていた。
…本当に出来ないのか? どれだけサイズが大きかろうとあれだって魔道具の一種なんだ。
魔力があって回路があって核がある。
魔道具として作られその理論の沿って動いているのだからそれを停める方法は必ずあるのだ。
その方法を見つけるのだって僕が今まで得た知識や魔道具の理論を照らし合わせれば出来ないという事はないはず…。
…人間としては当たり前の感情なのだろうが、結局のところ自分の身可愛さに逃げようとしているだけなのだ。
もちろん怖いさ、親や友人を悲しませる事になるし…それに背負っている責任だってある。
ミゼリアさんから頼まれた仕事、ピッセルさんの師としての役割、ルプラさんを魔核から解放する事、…それにリリナもせめて成人までは見守ってやりたいしな…。
冷たいようだが捕まっているのは知り合いでもない赤の他人だ。
そんな人たちのを助けるために命を掛けて挑むような理由僕には…。
「大丈夫、あなたは絶対に死なないから」
僕が悔しさや恐怖、責任等を天秤にかけているとノアさんからそのように告げられた。
とても力強い言葉でかつ優しさにも溢れているそれは、葛藤に沈んでいる僕の心に火を付けてくれるものだ。
根拠となるものは何もないように思えるのだが、それでも信じられる何かを感じたのかもしれない。
「ノアさん…」
「やる前から何をぐじぐじ悩んでるのよ! そんなのは失敗してからすれば良い事よ!」
いや、失敗したら多分死んでるんだけどね…。
でも…そうだな、ここで逃げるくらいなら最初から調査に協力するなって話だ。
僕だって助けられるのなら助けたいしここで逃げるようなやつに責任が果たせるとも思えない。
…それに、
「分かりました、やります」
「そう、ようやく決心したのね。
…ま、断ったとしても無理にでもやらせるつもりだったけどね♪」
怖いなぁ…。
やはりノアさんには決して逆らえないオーラでもあるかのように感じられた。
対処すると決めからには時間もないしすぐに行動を開始する。
だがとりあえず近づかないと何も出来ないので糸の位置を確認しながら移動しようとしたのだが、
「あれ? ノアさんも一緒に来るのですか?」
「なによ、不満なの?」
「いえ、そう言うわけではないのですが…」
中央へ向かう僕の後ろをノアさんがついて来ていた。
「危険な事くらいは重々承知してるわよ。良いからあなたはあれに集中なさい」
不満と言うよりは一緒に行くとノアさんも危険じゃないかな? と思っただけなのだが…いや、彼女もきっと一人だけ逃げるなんて考えてもいないのだろう。
爆発物の元までは糸の位置が見えていればたどり着くのは難しくない。
ノアさんを伴い歩を進め、目の前までやって来た僕は工具を並べさっそく準備を始めた。
残り時間は…700か、
上等だ、やってやろうじゃないか。
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ノア
まったく、ようやくやる気になったみたいね。
ララの後に続きながら小さなため息をつく。
しょうがない部分もあるのは分かっている。
相手はどこにでもいそうな…まあ変わり者ではあるけれど一応は普通の男だ。
そんな奴が命を賭けろなんて言われて簡単に了承出来るとは思わないし、むしろ躊躇しないで死に急ぐような奴でも問題がある。
…でも今回はやって貰うわよ。
私が何故この男に仕事を任せようとしているのかと言うと…ここの領主やギルド長から聞いた話、あれがどこまで本当の事なのかを見定める為だ。
浄化装置の修理というのがその最たるものではあるのだが、見せて貰ったあの冷たい風を生み出す…プラーナを使わないでも動く魔道具、娘さんが作って貰ったと言う異常な出力を生み出す魔導武具など無視出来ない逸話を聞かされていた。
職人ギルドで聞いた話、冒険者ギルドで噂になっている内容から妹の方にも同じものを感じているが、まずはこの兄の方だけでも調べておこうと思ったのだ。
もちろん捕まっている人はどうでも良いとまで言うつもりはないが、今回は私の目的を優先させてもらう事にする。
ユキノが居ない今、どちらにしても助ける手段はこの軍から盗まれたと思しき魔導兵器を止めるよりないのだから。
…あなたが死なないって言うのは本当よ。
でも、出来れば成功させて頂戴ね。
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ララ
さて、それじゃあ最初に基部を見つけないとな。
未知の物を停めるのだからまずはこの魔道具の頭脳、回路の中心がどこになるかを見つけないといけない。
通常の物であればカバー等で被ってメンテをする際に誰が見ても一目で分かる作りがなさせているが、この魔道具にはそれらしい箇所が見受けられないので見えない所に…用途を考えれば隠されていると考えるべきだろう。
まあその点は…作った人には申し訳ないけどこの目があれば……一番上の外円部か。
先ほどから頼りっぱなしになっているが魔力に視点を合わせる事でその場所は簡単に見つかった。
これだけ魔力が溢れかえっている魔道具だとそれに視界を塞がれ見えにくい部分もあるのだが、最下部付近に大量の魔力とおそらく核が入っているだろうスペースがあり、逆に一番上の外円部に複数の魔力の流れが確認出来た。
上部で制御を行い作動部…爆発するのがこの下部という造りなのだと思われる。
特に罠がある様子は無いな…開けてみるか。
急ぎつつも慎重に、見つけた基部と思われる部分に穴を開けていく。
この部分だけは特に慎重にやらないと下手に傷をつけたらその場で爆発しかねないので多少時間が掛かったとしても雑な作業はしない。
ただ今回はしっかり準備してきたというのもあるし、この手の精密な作業は錬金具の作成等で慣れているので問題なかった。
切り取った外殻部分が外れると中には複数の回路が並びひっきりなしに魔力を流しているのが確認出来る。
おー…これすごいな、火に水に…風、それに土か? 原理は分からないが4属性も使われているのか。
前に見た浄化装置も3属性を使用した…まああれは『浄化』を発動させるために条件ではあったが、珍しい魔道具だったのに、これはさらに上の4属性も核が使われているのだ。
一般的に使用されている魔道具は多くても2属性までしか核を使用しない。
回路が複雑になったりコストが高かったりというのが理由だが、そもそもそこまで複雑な事を魔道具にさせるという事をしないからだ。
僕の冷風機は趣味で作っただけの物だし、『浄化』にしたって大掛りな仕掛けを作るくらいなら誰かが直接魔法を行使する方が早い。
なので魔道具でここまでの仕掛けを作るくらいだったら2,3人の魔導士で破壊活動をする方がよほど効率的なのだ。
……ははっ、でも、だからこそ面白いんだよな。
無駄で良いじゃないか。
研究して、試行錯誤して、そして完成させる、そこに意味があろうとなかろうとそんなのは関係ない。
何が出来てどこまでの事が可能なのか。
それを調べ突き詰め限界まで挑戦することこそが魔工技師の本懐だろう?
「ちょっと、あなたなんでそんなに楽しそうなのよ? さっきはあれだけ物怖じしてたのに…気持ち悪いわよ」
「そうですか?」
どうやら例の悪い癖が出てしまったようだ。
でもしょうがないよねこれは。
僕の目の前には初めて見る4属性回路が並んでおり、それが今まさに作動しようとしているのだ。
こんなの物を目にしてしまったら興味を惹かれずにはいられないし調べたくてたまらなくなってしまう。
最初からやるって言っておけば良かったな。
そうすればもっとゆっくりと見ていられたのに。
だがカウントが残り500を切りそうになっているのでさすがに止める事を優先するしかない。
その事を残念に思うが命を捨ててまで趣味を優先するほど生き急いではいないので早いところ終わらせてしまおうと思う。
…止めた後なら調べても良いよね? と少々魔が差して来るが目の前の爆発物に集中する事にした。
「どう? 止められそう?」
「…おそらく、ここの流れを切れば止まると思います」
回路の流れを下部まで追ったところでノアさんが確認をしてくる。
残り時間も短くなってきたことで彼女にも焦りがあるのだろう、落ち着いているようでも少し口調が早くなっており冷静とはいかないようだ。
見た感じここ以外無さそうだな。
回路の流れを確認しつつ順路通り追っていくと、タイマー→回路→下部と続くラインが確認出来た。
残りは300カウントくらいなので結構余裕をもって見つけることが出来たと思う。
「そう、じゃあ早いところ終わらせて頂戴」
「はい、すぐに」
僕は工具を手に回路へと向き直った。
回路から下部へと続くこの魔力の流れを断てば魔道具は停止するはずだ。
複雑な回路をしてる割に簡単だったな…? という感想を抱いたが、工具に魔力を通しそのまま魔力の流れを断ち切っ………
いや…いくらなんでも簡単すぎじゃないか?
魔力を断ち切る寸前、ふとそんな疑問が脳裏を過ぎった。
冷静に考えて見るとこの部分だけやけに回路が単調になっているのだ。
他の部分は追うのが難しいほど複雑な構成をしているのに、ここだけはまるで魔工技師の勉強を始めたばかりの初心者が作ったのではと思うような出来なのだ。
「…」
「ち、ちょっと、何をしてるのよ!?」
工具を置きその部分の回路を剥がそうとしている僕にノアさんが慌てた様子で声を掛けて来る。
だが時間もないので今は答えていられない。
僕はノアさんの言葉を無視し、魔力の流れを切らないよう気を付けながら強引に回路を引きはがした。
…ここまでお約束通りの展開だともう何も言えないな。
引き剥がした回路に裏から出て来たのはこれまた単純なラインの回路だ。
だが…こちらには2本のラインがあり、その両方共が下部に向けて繋がっている。
どちらも下部に向けて微量の魔力を流しているが、おそらく間違った方を切ってしまったらすぐに爆発するように仕掛けられているのだろう。
この魔道具を作った人絶対物語とかの影響を受けてるよな…。
そんな場違いな感想を抱いてしまったがそれでもやらなければならない。
残りカウントは200か…流れを追う時間はもうないし決めないといけないな…。
右か、左か、そのどちらかの魔力を断てば全てが終わる。
決断までの時間が刻一刻と迫っていた。




