第54話 兵器
「何も聞かないのね…」
ノアさんから変装用魔道具を借りさっそく状態の確認を始めたのだが、少し経ったあたりで彼女がおずおずと話しかけてくる。
作業をしながらなので声だけしか分からないが、その口調から普段の彼女よりも少しだけ弱々しいものを感じた。
「ええ、正直言えば最初に会った時から変装している事には気づいていましたので」
「……そう」
作業の邪魔になると思ったのかノアさんはそれ以上の事を聞いてこなかった。
僕としては少しくらいなら話しながらでも構わないのたが作業に集中させてくれるというのならその方が助かる。
変装系、偽装系の魔法はあまり一般的ではないが使っている人はそれなりにいる。
主に冒険者なんかがそうなのだが敵に見つからないよう接近するのに使ったりするのだ。
例外はあるが基本的に変装系は光、偽装系は闇属性の魔法が使用される。
どちらも目を騙すと言う点では同じなので光属性だけでも可能だが、隠したい物がある偽装系は闇属性とも相性が良いというのが理由だ。
それを前提にして今回の魔道具の構造を確認してみたのだが…。
…構造はそんなに複雑じゃないな。
使われているのは光と闇、両方の属性。
構造は予め設定しておいた外見を魔力を流す事で再現するというもので、光属性によって外見を変更し闇属性で細かい部分の修正を行うといった使われ方をしている。
1属性のみの物に比べれば回路は複雑になるが効果範囲は装着者に限った狭い物だし外見を変えるだけなら上等なくらいだ。
僕は光属性の適性を持っていないので少々やりにくい部分はあるが修理程度であれば問題はない。
故障の原因はやはり先ほど受けた爆風のようだ。
大きな破損はしていないが回路が数箇所焼け焦げており、その部分の魔力が通らなくなった事で結果として魔法が発動しなくなっていた。
これだと迂回路って訳には行かないが…あれが良いかもしれないな。
こういった場合の対処として最初に考えられるのは迂回路を作るか破損部分を交換するかだ。
迂回路を作るのは応急的な側面もあるがその場ですぐに出来るというメリットがあり、小型の魔道具であれば大体この方法が用いられる。
逆に交換の方は根本的な修繕となるので、再発を起こしにくいというメリットはあるが部分交換の難しい小型の魔道具には向かないと言う欠点があった。
今回の場合は腕輪という小型の魔道具なので交換は難しい。
浄化装置みたいな大きなものなら良いがこの腕輪の回路の一部分だけを切り出すと言うのはなかなかに骨が折れる作業だ。
それに交換する部品も用意しないといけないので今回この方法は使えない。
なら迂回路を作れるかという話になるのだがこれもやはり難しかった。
少しくらいなら問題ないのだが、焦げ付くほどの熱にさらされた事で迂回路を作れるスペースがなかったのだ。
なので今回はさらに別の方法を取る事にした。
工具箱の中から小瓶に収められた赤い液体を取り出し、小筆を使って焦げ付いた回路の部分に薄めたものを塗布していく。
この液体は以前保冷庫の改良に使ったレイカ草を混ぜた塗料であり、あの時は出力アップのために使ったのだが今回の用途はそれとは少し違うものだ。
魔力の通りを良くするためではあるのだがこの手の魔道具で出力を上げても無駄に魔力を消費するだけなので意味がない。
なので薄めたものを使用する事によって破損前と同等の魔力が通るようにするのだ。
回路の幅を見れば元々の魔力量は推測出来るし僕の目があればどの程度の魔力が流れているかの確認も可能。
後は回路に見合った魔力が流れるようになるまでこの塗料を重ねてやれば…。
うん、やっぱりそんなに難しくはないな、多分これで良いはずだ。
「出来ました、どうぞ」
「……ありがとう」
修理が終わった腕輪をノアさんへ差し出すと、言葉少なに受け取った彼女はすぐに腕輪を起動しその姿を見慣れたものへと変えた。
よしっ! 上手くいったみたいだな。
「まさか本当に直しちゃうなんてね…あの話は本当だったって事か…」
「浄化装置の話ですか?」
「…気にしないでいいわ。
それよりもよ、先に言っておくけれど私の正体については他言無用よ」
変装しノアさんの姿に戻った彼女はしばらく自分の体の様子を確認していたが、どこにも問題がない事を確認すると今度は僕の方に詰め寄って来た。
他言無用…って何をだ? 正体? ノアさんの?
変装している事はもちろん言いふらすつもりはないがその事を言っているのかな?
「はあ…分かりました?」
「何よその気の抜けた返事は!
もし誰かに話そうものならあなたが相手であってもタダで済ます気はないわよ! 分かってるの!?」
そう言われても…話してはならない正体と言うのが分からない事には話しようも無いからな…。
うーん…分かった振りをしても多分バレるだろうしちゃんと聞いてみるか。
「すみません、その…話してはならない正体と言うのは何の事なのでしょうか?」
「……なんですって?」
僕がノアさんの正体について尋ねると、彼女は何か信じられないものでも見るかのような目でこちらを見て少々間の抜けた声で問いを返してきた。
「いえ、先ほど見た…あれがおそらくノアさんの本来の姿だと思うのですが。
すごく綺麗でしたけれど、えっと…すみません、ちょっと見覚えが無いものでして…」
あれだけの容姿なら一度見たら忘れるという事はまずないので初めてだと思うが…。
「…えっ…あっ……そ、そうなの?…ま、まあそれならそれで…。
…ちょっと納得いかないけれど…まあ良いわ」
ノアさんは僕の返答を聞いて少々憮然とした様子ではあったがどうにか矛を収めてくれた。
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「それじゃあ調査を再開しましょうか」
ノアさんの事情は分からないが僕たちは今調査に来ているんだ。
先の爆発からはまだ10分も経っていないので先ほど見た犯人らしき集団がまだこの近辺にいるかもしれない。
2度目の爆発があったと言う事は次があってもおかしくないしさらなる被害が出る前になんとか捕捉したいところだ。
だがそうは言ってもどこを調べたら良いのか…あてがある訳ではないしな…
「…橋、じゃないかしら?」
「えっ?」
「だから、次に狙われるのは中央へ続く橋の可能性が高いって言ってるのよ」
僕が次に行く場所に迷っているとノアさんからそんな提案があった。
橋…か、なるほどたしかにあり得るな。
現在確認出来ている爆発は2箇所だけだが、片方は普通の民家、もう片方は先ほど見た倉庫のような建物の前だった。
この2箇所になんらかの繋がりがあるという可能性も無くはないがおそらく無関係だろう。
つまり今回の爆発騒ぎは特にどこが狙われているという訳ではなく無差別な…先の黒い化物の事を考えると陽動という線もあるがとにかく騒ぎを起こすのが目的だと思われる。
ならば次はどこを狙うかなのだが、2箇所で爆発が起こったことで近隣の住民はとにかく避難しようとするだろう。
じゃあどこに逃げるか? 近場で2回も爆発が起こったのだから当然この近辺から離れようとするだろう。
…つまり橋を渡って中央へ向かうという訳だ。
犯人の立場だったら次は橋を爆破してより多くの人を殺そうとするだろうし可能性は高そうだ。
共通の見解を得た僕とノアさんはすぐに橋へと向かう事にした。
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「何よ…これ…」
ノアさんの口から洩れ出た言葉はそのまま僕の気持ちをも代弁していた。
現場の橋はそれなりに広いものだ。
横並びでも馬車3台くらいなら余裕で通れそうな幅があり、長さも河の幅で一般的な家屋3,4軒分くらいはある。
中央へ続くメインとなる交通路という事もありこれだけの大きさが求められたのだろう。
…だが、今その橋は通る事が出来なくなっている。
「う、うごけねえ…」
「何! なんなのよ! 誰か助けてよ!」
「くそっ! 何なんだよこれは!?」
橋の上には大勢の、おそらくこの騒ぎで避難しようとした人達が居るのだが、その誰もが橋の上で足を止め何かに抵抗するかのように藻掻いているのだ。
何人かは疲れたようにぐったりしているのだが、その体は倒れる事もなく糸の切れた操り人形の様に奇妙な体制になっている。
一体何に捕まっているんだ…?
ぱっと見ただけでは何かがあるようには見えない。
何もない所で一人で暴れているようにしか見えず、動きを止めている人は何もない所に縫い留められているようにしか見えなかった。
でもそんなはずはないよな、何かが絶対…ん?
暴れている一人の男性の姿を見ているとキラッと光る何かが見えた気がした。
最初は目の錯覚かとも思ったがこれまでの出来事からこれも魔法を使った何かだろうと思いすぐに魔力へ視点を合わせて確認する。
「…そうか、これに捕まっているのか」
「何か分かるの?」
「はい」
魔力に視点を合わせると皆が動けないでいる理由がすぐに分かった。
橋の上には張り巡らされた粘性の高い糸、簡単に言えば蜘蛛の巣のようなものが存在しておりそれが橋を渡ろうした人達を捕らえているのだ。
見た事がないタイプだがこれも魔法で作った物のようで、肉眼では視認性の悪い糸も魔力に視点を合わせると張ってある場所がはっきりと見て取れた。
「ただ問題なのはむしろあれの方ですね」
「あれって…あそこにあるやつ?」
さらに問題なのは橋の中央に設置されている物だ。
目の前の異様な光景で最初は見逃していたが、魔力に視点を合わせた事で否応なく目に入ったそれは…。
「おそらくあれが爆発物です」
「……まじ?」
先程集団が仕掛けていたと思われる爆発物をふた回りくらい大きくしたような代物が橋の中央に置かれており、しかもご丁寧に動かせないよう固定されているのだ。
「…ねえ、あの数字なんだと思う?」
「数字……って、なんかあんな感じのやつどこかで…」
その物体の中央には何故か徐々に減り続ける数字が表示されており…。
絶対0になったら爆発するやつだあれ。
物語なんかでなら見た事があるけれど実物を見ることになるとはな…っと、そんな呑気な事考えている場合じゃないな。
「とりあえず捕まっている人たちを助けましょう」
「ええ、そうね」
時間は残り1500カウントくらいか、急がないとな。
会話文がおかしかったのを少し修正




