第53話 騒動
それを見つけたのは単純に魔力を辿った結果だった。
テラスに出た状態で魔力に視点を合わせてみると、窓から出て来たその痕跡は下へは降りず上へと伸びていたのだ。
疑問に思った僕はテラスの端まで寄り、体を伸ばしながら屋根の上へと視線を向け…それと目があった。
「うわっ!」
僕は思わず悲鳴を上げて部屋の中へと転がりこんでしまった。
「きゃっ! な、なにっ! どうしたのよいきなり!?」
そんな僕の奇行にノアさんは小さく悲鳴をあげていたが、今の僕にはそれに対して謝罪を入れている余裕がなかった。
「うっ、上! 屋根の上に……何かがいます!」
そして僕は今見たものを二人に伝えようとするのだが…あれは本当に『何か』としか言いようがないものだ。
見えたのは一瞬だけだったがなんとなく人の様な形をしていたと思う。
だがその手足や顔は人間のものとも獣のものとも言えないのっぺりとした形状をしており、目が合ったとも思ったがそれが本当に目だったのかと問われると自信がなかった。
あえて説明するとしたら人間の様な頭部や四肢を持った真っ黒いスライムだろうか? それの目にあたる部分に吸い込まれそうな暗い空間がありそれと目が合ったような気がしたのだ。
「ユキノ!」
「うん!」
僕の言葉を聞いた直後ノアさんの指示でゆきのさんが屋根の上へと向けて飛び出す。
犯人かどうかまでは分からないがその可能性は高いし、仮に違っていたとしてもまったく無関係な存在という事はないはずだ。
相手がこちらの行動に対してどう反応するかは分からないがゆきのさんであれば後れを取るようなことはないだろう。
「ほらっ! ぼさっとしてないで私たちも行くわよ!」
「はっ、はい!」
そして僕達もそれに続き先ほどの何かを追いかけることになる。
ゆきのさんの足に追いつくのは無理でも彼女一人に任せる訳にはいかないし、逆に僕たちの方が誰かに襲われたりと危険な目に合うかもしれないのでただ待っているという訳にもいかない。
だが、僕とノアさんが建物を出た所でさらに事態が動いた。
ドォーーン!! という大きな爆発音が少し離れた位置から響いて来たのだ。
方角は先ほどゆきのさんが向かったと思われる方向とは逆の北方であり、建物の陰になって見えないがすぐに煙が昇り始めた事から火の手が上がっただろう事は分かった。
「ノアさん! これは!?」
「…無関係とは思えないわね………あっちはユキノに任せて私たちは火元に向かいましょう!」
突然の出来事に動きを止めてしまったがノアさんだがすぐに次の行動を決断する。
これは後から聞いた事なのだが、この辺りは南に行くほど危険なエリアなようでそちらに近づいて足手まといになるよりは比較的安全な北側に向かう方が良いだろうという判断だったようだ。
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雪乃
あれって一体何なんだろ?
私が今追いかけているのは人の形はしているけれど見た事のない生物…いや、そもそも生物なのかも疑わしいものだ。
全身が真っ黒で四肢はあっても凹凸のほとんどない体、表情…というよりは感情すらも存在していない顔、移動も重さを感じさせない軽やかなもので足を使ってはいるがむしろ飛行しているかのような動きだった。
私も勇者として召喚されてもう2年が経っている。
様々な害獣、魔獣、…魔物なんかとも戦った事があるし人間を相手にした事だって数えきれないくらいにあった。
だが今目の前を逃走しているのは私も見た事がないモノだ。
真っ黒い色は魔物っぽくはあるのだが以前私が倒した獣に触手が生えたような奴とは明らかに違うし、体の動かし方等はむしろ訓練された人間のそれに近いように見える。
とりあえず確保しないといけないんだけど…あっちは大丈夫かな?
先の建物にエルとララさんの二人を置いて来てしまったが、どうも二人はこちらではなく北の方に向かったようだ。
爆発音は聞こえたのでそちらに向かうべきかもと考えたが、ここでこの謎の相手を見逃すと手掛かりがほぼ無くなってしまうと思いあちらは二人に任せる事にした。
まあエルが保険を持ってるから命の危険にさらされるような事はないだろう。
……それにしても変な動きをする奴だ。
目の前の奴を捕まえるべく先ほどから本気で追跡をしているというのになかなか距離を詰められないでいた。
何もない空間であれば私の方が速いだろうが、相手が屋根に上ったり降りたりと完全にこちらを撒こうとする動きをしているのが理由だ。
視界が悪いというのもあるのだが、重さが存在しないように見えるこいつは着地をする時も衝撃を殺さず即座に次の行動に移れるのでそこで距離を離されてしまっていた。
うーん、すぐに追いつくのは難しそうだな…そもそもあれって物理的に触れられるのかな?
先日の暴漢相手の時に使ってしまった魔法、あれを使用すれば追いつくことは難しくないだろう。
だが先日も無断使用を咎められたというのにまたここで使おうものならなんらかのペナルティが課せられるのは間違いない。
エルにも多大な迷惑をかけてしまうだろうし、下手な事をすれば大切な二人と二度と会えなくなるかもしれない。
誰かの命が掛かっているような緊急事態ならばともかく、このタイミングで目の前の奴に追いつくために使うような事は出来なかった。
仕方ない、このまま相手が音を上げるまで追ってみよう。
消極的な案ではあるが目の前の存在を逃がさないためにはそれくらいしか手がない。
レオンリバーは王都みたいな広さはないし、相手だって無尽蔵に動き続けられるという事はないだろう。
今の私であれば…勇者の持つ無尽蔵と言える力があれば捕まえる事は出来るはずだ。
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ララ
人が多いな、しかもみんなパニックになっていてこれじゃあどこが現場なんだか…。
暴漢達の拠点を離れ火の手が上がっていた方向に進んできた僕とノアさんだが、近づくにつれ段々と人が多くなり道も狭く入り組んでいた事もあり迷路に迷い込んだような状況になっていた。
現場を聞こうにも皆が急な爆発と火災でパニックなってまともに取り合ってもらえず、上がっている煙から近くまで来ている事は分かるのになかなか火元までたどり着けないでいた。
「もう遅いかもしれないわね…」
ノアさんの言うとおり現場についても犯人はすでに逃げている可能性が高い。
もちろん怪我人の救護に逃げ遅れた人の救助、火災になっているのだから消火の手伝いとやれる事は多いだろうが、調査という目的で来た以上出来れば犯人の手がかりを逃したくなかった。
何か良い手は無いだろうか…ん? 何だあれは…?
そんな風に手をこまねいている僕の目に気になる光景が飛び込んできた。
現場とは少し離れているが今いる通りの先に数人の男性の姿があり、そこにある建物の前でこそこそと何かをしているのだ。
ただ僕が気になったのはその男性達の行動ではなくそこから溢れている魔力の方だった。
僕の魔力を視認する目は意識すれば見ないようにも出来るのだが、それは魔力操作によって調整してやっているというだけなのだ。
なので極端に魔力濃度の高い場所や発動された魔法そのものを見てしまうとその調整を超えて見えてしまう事がある。
あんな所で何でそんな大量の魔力を…? あっ、行っちゃった。
僕が見ていると男たちはすぐにその場を離れ通りの向こうへと消えていったのだ…が、建物の前には酒瓶程の大きさの何かが残されており、そこからは赤い燃えるような魔力が微かに漏れ出ていた。
……あれやばくないか…?
「どうしたのよ? 早く火元に「ノアさんすみません!!」な、何よ! きゃっ!!」
僕はとっさにノアさんを体に抱きつくようにして近くの建物の影に飛び込んだ。
その瞬間
ズガァァァーーーン!!!!
先にも同じような音を聞いたが、ドォーーン!!という響いて来るような音ではなく間近で何かが爆発した事が分かる音だ。
しかも今回は音だけではなくビリビリとした衝撃や熱風までもが肌に伝わって来る。
爆発した何かとは先ほど見た魔力が漏れ出ていたものだと思うが、少しでも遅ければもろに爆風を受けていたかもしれない。
熱っつ! くそっ、最近こんな荒事ばかりだな。
爆発の余波で辺りは未だに熱気を孕んでおりちりちりとした熱を肌に感じているが、大きな怪我や火傷はしていないようで体を動かすのに支障はなさそうだ。
建物の影に隠れたのはとっさの行動でしかなかったがあれが功を奏したのかもしれない。
あっ、そうだ! ノアさんは大丈夫かな?
先ほど一緒に建物の影に飛び込んだので爆風に晒されてはないはずだが、僕ではしっかりと庇って飛び込むなんて器用な真似は出来ないので同じようにそばで倒れているはずだが…。
…………だれだこの人?
「痛ったいわね…庇ってくれたのは分かるけどもうちょっとスマートに出来なかったの?」
僕のそばで体を起こし愚痴をこぼしている女性は見たことの無い人物だった。
服装は先までと一緒だし話す声も同じなのだが、髪の色から顔に体つきまでと完全に別人になっていたのだ。
その女性、こんな場には不釣合いな見るものを惹きつけてやまない美しさを持つ人物はその眉根を寄せこちらを睨んでいた。
えっ? あれっ? 確かノアさんと一緒にここに…あっもしかして!
「えっと…ノアさんですよね?」
「はっ? 急に何を……!? あっ! う、腕輪!」
その女性は僕の言葉で急にあわてだし周囲を見回す。
「腕輪? あっ、あれじゃないですか?」
僕はつい先ほどまで居た辺りに落ちている少々古めかしい印象を受ける腕輪を拾い女性に差し出す。
腕輪は先ほどの爆風を受け所々黒くなっていたが大丈夫だろうか?
「そうっ! それっ! 返して! ………………なんでっ? 起動しない?」
女性は僕からひったくる様に腕輪を受け取り左手首に装着、そのまま魔力を籠め始めるのだが…どうも上手く行っていないようだった。
状況から察するにあれが変装用の魔道具っぽいな。
初対面の時にも左手首を中心とした魔法を感じたので間違いないはずだ。
つまりはこの姿がノアさんの…名前もおそらくエルさんなのかな? まあ本当の姿という事なのだろう。
…確かに自分で容姿に自身があると言えるだけの事はあるな。
茶色だった髪は薄桃色のふんわりとした艶やかなものになっており、目も鮮やかな緑、エメラルドグリーンというやつだろう、吸い込まれそうな美しさを持っている。
スタイルも変装前ですら多くの女性が羨む程であったのにさらに洗練された女性らしさを感じさせていた。
初対面の時には印象に残らないという感想を持ったが今は逆だ。
年齢相応の可憐さを残しつつも特徴的で美しい目鼻立ちは一度見たら二度と忘れる事はないだろうと言う程に印象的なものであった。
っと、見とれてる場合じゃないな。
周囲の状況も放ってはおけないが先のノアさんの方をどうにかしないと。
「ノアさん、それを貸してもらっても良いですか?」
「えっ?」
「ほら、前に言ったじゃないですか、これが僕の得意分野なんですよ」
やや強引にノアさんから腕輪を外して修理に入る。
今日は色々な事態に対応するため…魔工技師としての力が必要になると言われたのでちゃんと工具を持ってきている。
変装の魔道具というのは初めて見るがここが腕の見せ所というやつだろう。




