第52話 捜査
レオンリバーにこんな場所があったのか…。
薄暗く狭い道を進む僕たちに対し粘つくような視線が無数に向けられている。
ここまで露骨でなければ僕には分からなかったと思うが警戒しつつも好奇が勝っているようでかなり無遠慮なものだ。
女性陣、特にノアさんに向けられているのは下卑たものも多くひどく不快な様子で顔をしかめており、すぐそばで周囲に警戒をはらいながら進むゆきのさんもやはり落ち着かない様子だった。
「調査の為とはいえ長居はしたくないわ、早くすませちゃいましょ」
「そうだね、私もここは…ちょっと怖いな」
僕たちが今いるのはレオンリバー内南東部、その中でも…いわゆるスラムと呼ばれる場所であり、主に犯罪者等がたむろしている街の中で最も危険だと言われている場所…らしい。
僕のお店があるのも同じ南東部ではあるのだがこの街にこんな場所がある事は知らなかった。
町の中を流れるレオンリバーの南端付近で、しかも川を挟んだ対岸にある場所のため特に近づく理由がなかったからかもしれない。
そんな場所になぜ僕たちがいるのかだが…それにはちょっとした理由があった。
それは前日の話…
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「調査に協力して欲しい、ですか?」
昨日ゆきのさんから勇者の話を聞いた直後の事で、ノアさんが「いい雰囲気の所悪いけれどそろそろ本題に入りましょうか」と切り出してきた。
そう告げるノアさんにはもう先までのふざけた雰囲気は無く力強さと頼もしさを感じる瞳をしている。
ゆきのさんもその言葉を聞いて恥ずかしそうにはしていたがその本題については事前に知っていたのだろう、すぐに落ち着きを取り戻し真面目な表情になった。
「ええ、あなたも感じているでしょうけれどこの街はどこか様子がおかしいわ」
様子がおかしい…か。
確かにノアさんの言う通り僕もそれは感じている。
小さな事件や事故程度であれば気に留めなかっただろうが、僕がこの街に来た時にあった浄化装置の件、そして軍であったという行方不明事件と大々的な捜索活動、さらに昨日の件にしたって不可解な部分があるのだ。
「思い当たる事が多いでしょ? 私が調べた感じだとどうも一連の事件には関連がありそうな気がしてね」
「何か根拠でもあるのですか?」
えらく自身満々なノアさんだが僕にはその繋がりが見えてこなかった。
共通項がまったく無いとまでは言わないがそれぞれの事件を結びつける理由としては弱すぎるように思えたのだ…が。
「勘よ」
「勘…ですか?」
「あら、勘は大事よ? それだけで良いとは言わないけれど情報のみに頼るとそれがないと動けなくなるし行動自体も遅くなるわ。
…まあそうね、勘という言い方で納得出来ないのなら経験でも良いわ。
私の今までの経験からして今回の出来事を別々の案件と捉える方が逆に無理があるわね」
そう…なのか? まあ僕の知らない情報を持っている可能性もあるし繋がりが無いと言い切れるような理由もないしな…それにこの話の問題点はそこではないな。
第1になぜノアさんが今回の件を調査するのかだ。
今までの発言や行動からしてどこか…王都の貴族という可能性が高いとは思っているが、だとしても他所の街での問題である。
普通であればレオンリバーの軍や自警団で解決すべき問題なのでノアさんがわざわざ出しゃばって来る理由が無いように思えるのだ。
正義感から! と言われたら理由としては一応通るだろうが、個人的な意見としてはあまり感心できるものではない。
それともう1つ、どうしてその調査に僕を連れて行こうとしているのかだ。
僕には戦う力は無いし冒険者の役割で言う所のレンジャーのような捜索能力があるわけでもない。
拠点でのバックアップくらいであればともかく実際に捜索をするとなると明らかに足手まといな僕をなぜ連れて行こうとするのか。
「うーん…」
「…納得していないって顔ね」
それはそうだ。
今回の一連の出来事の関連があろうとなかろうと、どちらにしても危険に首を突っ込む事になるだろう。
ゆきのさん程の強さがあればノアさんを守りながらでも戦えるだろうが、それでも知り合いの女の子2人が危険な場所に行くと知ってはいそうですかとはさすがに言えない。
「…でも、それでもあなたに来てもらう必要があるわ。
あなた、この街に来たばかりの頃に河の浄化装置を修理したそうね」
「えっ! ど、どこでそれを…?」
僕がノアさんの依頼にはっきりとした答えを返せないでいると、その彼女から少々驚く発言が飛び出して来た。
河の浄化に関しては一応他言無用と言う事にされている。
もちろん当時はそんな事を気にしていなかったので目撃をした人間はいるだろうが、そんな仕事に来ただけの他人の事をいちいち観察して覚えているような人は少ないだろう。
河の浄化の後はベネギアさんが情報規制をかけていたし当事者だった少数の人しかこの事は知らないはずなのだが…。
「それは秘密。……ごめんなさいね、助力を頼んでおきながら詳しい事を話せないなんて。
でも今回の件、あなたの力がきっと必要になるわ。
あなたの魔工技師としての力が、だから…」
そしてノアさんは僕に対して深々と頭を下げた。
「お願い! 明後日には私も帰る事になるわ。
だから明日1日だけで良いの、協力して頂戴!」
その姿からただの正義感や興味本位と言った中途半端な姿勢を感じなかったというのもあるかもしれない。
でも僕がこの件を引き受けようと思ったのはきっと、彼女の一生懸命な姿に心を打たれたからなのだと思う。
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そんな理由で僕は調査に強力する事にしたのだが、このスラムにまでやってきたのは少し奇妙な情報が理由だ。
なんでも先日僕たちを襲った暴漢達が、揃って同じような事を口にしているというのだ。
「恨みがあったというのは間違いない…だが俺たちはなんであんな場所で襲ったんだ?」と。
記憶が無い訳でもないし自分達の意思で襲ったという自覚はあるのだが、なぜあんな…成功しても失敗しても捕縛されるのが分かっているような場所を選び、さらにそれに対して何故誰も疑問を抱かなかったのか? とほぼ全員が話していたらしい。
こんな話だけでは暴漢達が口裏を合わせていただけという可能性もあるが、そんな事をする意味を見出せないしノアさんの言う通りこの事件に繋がりがあるのならなにかしら情報が出る可能性はあった。
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「彼らの意思を操っていたとするとなんらかの魔法でしょうか?」
「どうかしら? どちらかというと催眠術みたいなものの方が近いんじゃない?
意思を操られていたと言うより正しい認識や判断が出来なくなっていただけみたいだし」
周囲に警戒を払いながら暴漢達が本拠地としていただろう場所までやってくる。
酒場兼食事処といった感じの2階建て木造の建物であり、それなりに頑強そうではあるのだがすでに営業していないだろう事が一目で分かるものだ。
長い事を手入れをされていなかったようで綻びが酷く、外壁にも蔦が張っていてまさに廃墟だった。
「さてと、ここで何かが出てくれれば良いのだけれど」
「うん、ここがハズレだともうレオンリバー全域を回るくらいしかなくなっちゃうしね…」
ゆきのさんを先頭にして僕たちはその家屋に入る。
もちろんだれも人はおらず、内装ももはや店舗として活用するのは不可能なくらいには荒れ果てていた。
しかし…
人が使っていた形跡があるな…ここが彼らの本拠地というのは間違いないのかも。
どれだけ廃墟同然の様相をしていようと人が住んでいる場所とそうでない場所では明らかな違いが出て来る。
無人の場合はホコリも溜まるしそれに伴いカビ臭くなるのが普通だが、ここにはそういったものを一切感じないのだ。
簡易的な寝床になる毛布があったり落ちている酒瓶の中身がわずかに残っていたりと生活感があるものまであるのでそれなりの人数が拠点として活用していたのだろう。
カビよりもむしろ酒の臭いの方が強いくらいだな…ん?
グループのメンバーは現在全員が捕縛された状態との事で無人の…無人であるはずの拠点の捜索を始めようとした僕たちなのだが建物に入って間もなくその異変に気が付いた。
この臭いは…。
僕には臭いの方角までは分からないがこの臭いは誰もが一度は嗅いだことがあるものだろう。
月並みな言い方をすれば錆びた鉄の様な臭い、つまりは…。
「2階?」
「うん、上の方から何か…」
それに気付いたノアさんとゆきのさんはさらに警戒を強めて表情を硬くする。
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「…二人はここで待ってて」
僕たちはゆきのさんを先頭にして出来るだけ離れないようにしながらその臭いの原因があるだろう上の階に向け階段を上った。
しかし、ゆきのさんが階段を上り切った所で小声で静止の言葉を掛けて来たのだ。
一番後ろの僕の位置からではまだ見えないが顔を青ざめされているゆきのさんの様子から何かを見つけてしまったのは明らかだった。
ノアさんがそれに対して無言で頷いたので僕もそれに倣って頷く。
逃げるように言わないという事は危険の可能性は低いのかもしれないが、仮に何かの罠があったりした場合ゆきのさん1人の方が対処しやすいという事のようだ。
…おそらく2,3分程度だろう、階段の途中で待っている僕たちの所にゆきのさんが帰って来た。
吐き気をこらえるかのように口元を押さえ、「私から出来るだけ離れないで、それと…あまり見ない方が良いよ…」と告げると僕たちを伴って2階へと上がる。
うわっ! …あれ…は…。
階段を上がった場所は2階の廊下でありそこから見えるのは3つの部屋だった。
おそらく食事や酒だけではなく宿としても利用出来る店だったのだろう、同じような個室が並んでおり暴漢達も利用していたと思われる。
しかし1つ目と2つ目の部屋は扉が閉まっていてどこもおかしい所はないのだが…3つ目の部屋の前にはむしろ異常しか感じられないというくらいの光景が広がっていた。
部屋の前には臭いの原因だと思われる大量の血液がぶちまけられている。
部屋の扉は開いているのだがその内側からまき散らしたかのように床や廊下の壁に付着しており、しかもその血液は乾いている様子がなく壁に付着したものについては未だに滴っているのだ。
「部屋の中に酷い状態の死体があった…多分殺されたのはついさっきくらいだと思う」
ゆきのさんがそう言ってその3つ目の部屋に入る。
正直怖くてたまらなかったが、ここでこうしているだけでは何も進展しないしゆきのさんから離れる方が逆に危険かもしれない。
ノアさんも平静とまでは言わないが比較的冷静な様子でゆきのさんの後をついて行くので僕も頑張ってそれに続いた。
部屋の中にはゆきのさんの言う通りのモノがあった。
だが、…残っているのは半分くらいだろうか?
部屋の中に転がっていたのは男性だと思われる死体なのだが、その上半身、腹部の途中から上の部分が存在しなかったのだ。
なんらかの強烈な…おそらく魔法だろう攻撃手段で殺されたのだと思うが、その時に部屋の外にまで血液が飛散したのだろう。
「ちっ! 遅かったか、…服装からして行方不明になってた軍の兵士の1人ね」
ノアさんの言葉を聞いて改めて死体を確認すると確かに見覚えのある服を…下だけだが着ていた。
見回りをしている軍の兵士たちと同じものなので彼女の言う通り軍の兵士である可能性が高いだろう。
「ここで何があったのでしょうか…」
「……そうね、現状を嘆いていてもしょうがないし調べてみましょう。
あなたも出来る範囲で良いからお願い」
そう言ってノアさんは部屋の中を調べ始める。
置いてある家具は少ないが暴漢達の物だろう荷物が散乱していたので調べられる場所はけっこう多そうだ。
ゆきのさんもノアさんと同じように調べ始めるが、どちらかと言うと周囲の警戒に力を入れており護衛の方を優先しているようであった。
僕も調べてみるかな。
まだまだ明るい時間帯ではあるが部屋の中は薄暗く、兵士の遺体が床に転がっているこの空間は平凡な生活を送っているだけの僕にはあまりにも恐ろしいものだ。
だが調査に協力すると言った以上何もしないわけにはいかないし、女の子二人が頑張っている横で見ているだけという訳にもいくまい。
んー…この男性、周囲の状況から見てついさっきまで生きていたって事だよね…?
ノアさんとゆきのさんは遺体についてはあまり触れず主に家具や荷物関係を調べている。
長々と見ていたいものではないし情報が出て来る可能性も低いからなのかもしれないが、僕はどうにもこの遺体が気になって仕方がなかった。
二人も気付いてはいるだろうけど殺されて間もないし犯人はまだ近くに居るって事だよね? しかも魔法を使ったと言う事はだ…もしかしたら。
魔力に視点を合わせて遺体を確認する。
普通ならばこんな事をしても何の意味もないだろう。
魔法に使用された魔力は周囲のものとすぐに混ざってしまうので調べた所でなんの情報も出てこない。
だが今回の場合はまだ使用された直後、今すぐであれば犯人の逃げた方角程度あれば絞れるのでは? と思いやってみる事にしたのだ。
…しかし、そこからは思いがけないモノまでもが一緒に出てしまった。
あれ?これってもしかして…魔核の魔力と同じものじゃないか?
遺体の周囲から感じ取れたのはここ最近ではもうすっかり見慣れてしまっているあの力だった。
これが感じ取れると言う事は犯人は魔核や魔物関係、考えたくはないがルプラさんがやったという可能性まで出てくる。
どう言う事だ? もっと他に何か…ん? これ、何だか窓の方に続いているな…。
魔核の魔力は主に遺体の所に残っているのだが、そこからかすかな魔力のラインが窓の方へと伸びている。
もしかして犯人はここから逃げたのだろうかと窓を開けてみるのだが、狭いスペースながらテラスになっているだけで特に気になる物はなかった。
やっぱりもう遅かったか?
テラスに出て見える範囲の通路を確認してみたがやはり誰かが居る様子はない。
…だが、念の為にともう一度魔力の痕跡を追おうと視点を合わせた所でそれを見つけたのだった。




