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第51話 勇者

 ゆきのさんとデートをした日の翌日。



「あ、ラ、ララさん…、お、おはようござい…ます。

 昨日は! …その…えっと、色々…あの…ありがとう、ございました…」



 今日もいつも通りの時間にお店を開けさあ今日も一日頑張ろうか! と気持ちを入れていた時、昨晩約束を交わしておいたゆきのさんとノアさんがやってきた。

 …のだが、僕が「おはようございます」と挨拶をしたところ返って来たのが今のだったのだ。


 話し方もそうなのだが、目線が大分泳いでおり目も合わせてくれない。

 縮こまっていることで普段よりもさらに小さく見え、今すぐにでも逃げ出しそうなくらいだった。




「あの、ゆきのさんどうかされたんですか?」



 傍にいるノアさんはそんなゆきのさんを見ても動揺した素振りを見せず、事情を知っているのではと思い聞いてみたのだが、



「あなたのせいでしょ」



 と、にべも無く返されてしまった。




 ―――――――――――――――――――――――




「ごめんなさい、その…ララさんの声を聞いたら昨日の事を思い出しちゃって…」



 しばらく待っていると徐々にゆきのさんは冷静さを取り戻し、平静とは言えないまでも普通に会話が出来るくらいには落ち着いて来た。

 しかし恥ずかしそうな仕草だけは収まる事はなく、僕が顔を向けるとそわそわとした様子で動揺している事が伝わって来る。


 まあ…正直言えば僕も少し恥ずかしいんだけどね。


 昨晩はゆきのさんにあの言葉を伝えなきゃという一心でかなり恥ずかしいセリフを連発していたと思う。

 後から思い返して見れば口説き文句にしか聞こえないし、ゆきのさんの手を取った行動にしてもやり過ぎだったんじゃないか? と感じていた。



「私もユキノから事情を聞いたけれど…正直聞いてるこっちの方が恥ずかしかったわ」



 ノアさんもそんなゆきのさんの仕草を見て少し頬を赤らめて顔を逸らす。








「それで、私はいつまでこれを見てれば良いの?」



 気まずい、と言うのとは少し違うが、なんとも微妙な空気に何も言えなくなっていたところ、その静寂をやぶったのは詳しい事情を知らないリリナだった。

 いつもならまだ起きていなかったり、仮にお店に出ていたとしても自分のスペースに籠っているリリナがここに居るのは少し頼みたいことがあり話を聞いてもらうためだ。



「ああすまん。

 すみませんゆきのさん、昨日やつはお持ちいただけましたか?」


「あ、はい、一応持っては来ましたけど…」



 ゆきのさんは僕に促されて荷物の中から包みを取り出す。

 そして包みを開け中身を取り出すのだが…



「かなりひどいね…」



 リリナがそれ、昨日ゆきのさんが着ていた洋服の上下を見て呟く。


 洋服は上下とも返り血で全体が染められており、戦闘中に着いたであろう砂や土の汚れもあって洗っただけでは元に戻せそうもない状態になっている。

 幸いな事に千切れたり破れたりと言った破損はないものの、普通であれば諦めて廃棄するか、ばらばらにして布だけをリサイクルするか等を考えるレベルだった。



「いけそうか?」



 僕がリリナに頼もうと思っているのはこの服を綺麗にして貰う事だ。


 洗剤の類も二人でいくつか作ってきたが、ここまでの汚れを想定したものではないので手持ちの物では難しそうだった。

 だけどリリナなら『浄化』も使えるし、上手い方法を見つけてくれるのではと思い頼んでみる事にしたのだ。



「うーん…やってみないと分からないなー…。

 『浄化』と錬金薬の組み合わせでいけるかな…? まあやるだけやってみるよ。

 これ預かって良いんだよね?」


「ああ、頼む」


「ん、りょーかい」



 僕の頼みを引き受けたリリナは、ゆきのさんから服を預かり自室へと戻って行った。

 出来るか分からないなんて言っているがリリナならきっと上手くやってくれるだろう。




 ―――――――――――――――――――――――




「それじゃあ次はユキノの話ね」



 リリナが部屋へ戻り、店内に3人だけになった所でノアさんがそう切り出して来た。



「ゆきのさんの話…ですか?」


「そ、あなたには話しておいた方が良いと思ってね、ユキノも知っておいて欲しいみたいだし」



 急に何の話だろうかと聞いてみるのだがどうにも要領を得ない回答だ。

 ゆきのさんの話だと言うし本人に聞くべきかもしれない。



 すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、



 しかし当のゆきのさんはなぜか緊張している様子で深呼吸をしており、



「最初に言っておくけど…、この話は他言無用よ。

 あまり大っぴらにすると利用しようとする輩が必ず現れるから」

 


 さらにノアさんは釘を刺してくる。


 一体何を聞かされるんだ…?



 僕がそんな二人の様子に身構えていると、ほどなくしてゆきのさんの気持ちが決まったのかこちらに向き直り話し始めた。



「…ララさん、ララさんは私の強さについて疑問に思ったことはありませんか?」


「強さについて…です?」



 それが関係する話なのか? うーん…まあ疑問に思ったことは確かにある。


 クリフ達が戦っている所を見た事はあるが、レベル持ちと呼ばれる人はこれ程の強さなのかと驚いたものだ…あの時は。

 だがゆきのさんの強さはそんなレベルではないように思えるのだ。

 人間ではまず捉える事が出来ないスピードで動き、自分よりも大きい相手を数人まとめて吹き飛ばすパワーもある。

 昨日も元レベル5と言われていた戦士をあっさりと倒していたし、…あれも恐らく本気を出していなかったのだろう。

 高レベルの冒険者なのかとも思ったが、この年齢で、しかもあまり好戦的とは言えない性格のゆきのさんがこれだけの強さを持っている事の異常性は確かに感じていた。



「…高レベルの冒険者なのかなと思っていましたが…違うようですね」


「はい、…これを」



 ゆきのさんは懐から1つの冊子を差し出してくる。

 それは僕が持っている職人ギルドの登録証や、前にクリフに見せて貰った冒険者ギルドの登録証に似ていた。

 しかし似てはいても別物で、豪華な装飾が施され金属で出来た丈夫な物であり、表には何も書かれていない黒一色で少し威圧感があった。


 差し出されたという事は見ても良いのだろうと思い、冊子を受け取った僕は開いて中を見てみる。


 そこには…


 ―――――――――――――――――――――――

 閲覧不可  レベル:23

 ―――――――――――――――――――――――

 戦闘技能

 閲覧不可      **

 閲覧不可      **

 閲覧不可      **

 閲覧不可      **

 ―――――――――――――――――――――――

 魔法技能

 火         13

 水          1

 風         14

 氷          1

 雷         **

 閲覧不可      **

 魔力操作      14

 ―――――――――――――――――――――――



 あまりにも不可解な内容が書かれていた。



 なんだこれ? 突っ込みどころが多すぎて何から聞けば良いのかすら分からない。

 一番上は…多分名前が入る欄だよねここ? 閲覧不可? それにレベル23って…。


 これまでの話の流れからユキノさんにもなんらかの秘密があるだろう事は察していたが、さすがにこんな物が出て来るとは思っていなかった。

 閲覧不可という普段は目にする事のない、しかも証明書にもなる物にそんな単語が記載されている事も異常だし、そうでない部分…レベルが確認出来る項目についても普通ではない。


 23って………レベルって2桁とかあるんだ…?


 魔法や魔力操作の数字もそうなのだがこのレベルが2桁で表示されている事が一番おかしいかもしれない。

 技能レベルや冒険者軍人共通の強さを示すレベルは才能を持つ者であっても7が限界だろうと言われており、それより上のレベルについては噂でしか聞くことがないものだ。


 もしかしたら一部の人間は秘匿しているだけという可能性はあるが、そうだとしても8…か存在しても9くらいまでではないだろうか?



「あの…? これは一体…?」


「それは勇者専用の証明書よ」



 僕の質問に答えてくれたのはノアさんだったが、その返答はえらく淡泊なものだった。


 事実だけを伝えそれ以上は何も言わない。

 おそらく僕がこの事柄についてどういう反応を見せるかを確認したいのだろう。


 …勇者という存在は噂でしか聞いた事が無かった。

 以前シアさんの治療をした時にも話題に上ったが、なんでも例外なく雷属性を持っている常軌を逸した戦闘能力を持つ人物だと言う事だ。

 それ以上の話は全く聞かないが、大半の民衆にとっては大して意味のない情報だし僕自身も気に留めた事はなかった。


 でも、これを持っているのがゆきのさんという事は…。



 ゆきのさんの方を見ると、彼女もそれを予想していたのか胸に手を当ててこう告げ…



「はい、私の名前はユキノ、今代のゆ………ゆ、ゆう……………」




 られなかった。



 ゆきのさんはなんだかとても恥ずかしそうにしており手で顔を覆ってしまう。


 どうしたんだろ? 話の流れからしてゆきのさんは勇者だと名乗るつもりだったんだろうけど…。



「ま、そうなるわよね…」


「あの? ゆきのさんどうされたんでしょうか?

 おそらく勇者と名乗ろうとしたのだと思いますが…」



 ノアさんがえらく納得した様子で同情しているような視線をゆきのさんに向けている。



「だって恥ずかしいじゃない? 私が勇者です、なんて名乗るの。

 やれって言われたら絶対お断りするわよ」


「そうですか?」



 そうかな? 例えば僕がゆきのさんの立場だとしたら…こうなるのか?

(「僕の名前はララ! 勇者です!」)

 うん、ありじゃないかな?多少気恥ずかしさは感じるけれど…



「カッコいいと思うけどなー…」


「えぇ…」



 なぜか思いっきり引かれてしまった。





 …でもそうだな、こうして考えて見れば確かにゆきのさんと勇者の特徴は合致している。

 昨日見た戦闘の中でも雷属性の魔法を使用していたし、その人物があれだけの強さともなればほぼ間違いないと言って良いはずだ。


 でも…



「ゆ、ゆう…ゆー…ゆうしゃ…うう…これ本当に言わなきゃダメなの…?」



 恥ずかしそうに名乗りを上げようとするゆきのさんの姿は、やはり勇者というよりは普通の女の子であった。




 ―――――――――――――――――――――――




「うう…ごめんなさい。

 公的な場でなら普通に名乗れるんだけど…」


「まあしょうがないわよ。

 知人や友人相手だって恥ずかしいでしょうし…ましてや今回は相手が…でしょ?」


「ちょっ、ちょっとエ、…ノア!」



 先ほどは少し緊張した様子を見せた二人だが、今はすっかり元に戻り楽しそうに話をしている。

 どうやら僕が勇者という言葉を聞いて敬遠しないか、怖がったりしないかという事を確かめたかったようだが、僕の反応を見てドン引きしたノアさんが大丈夫だと判断したようで、緊張を解いて色々な事を話してくれた。


 内容は、昨日ノアさんが話してくれた事件が、その街の領主に気に入られた彼女が半ば拉致に近い形で連れていかれそうになったのを阻止した結果だったこと。

 魔獣の脅威にさらされた村でその魔獣を退治したまでは良かったが、それを1人でやったと知れた途端に好奇や畏怖の感情を向けられたこと等。

 ゆきのさんにとっては辛い過去だと思われる内容が多かったのだが、その本人は少し苦笑する程度だったので少しは苦手意識を克服できたのかもしれない。

 





「で、どうだった? ユキノの勇者としての活動を聞いて」



 ノアさんは最初の頃に比べ口調も砕けてきており僕をからかってやろうとしているのだろう、とても楽しそうな様子で聞いてきた。



「そうですね、僕は戦ったりは出来ないのでそれだけの活躍が出来る事は羨ましく思いますよ。

 …ただ…一つだけ気になった事があるのですが」


「気になった事…です?」



 それに対して、今の話の中で気になった事があったのでそれを聞いてみる事にした。

 その言葉を聞いたゆきのさんは、左頬に人差し指を当てたなんとも可愛らしいポーズをとっていたが、続く僕の言葉でその表情を真面目なものへと変える。



「はい、…ゆきのさんが、なぜ勇者になったのか…という事です」



 ゆきのさんの反応を見る限り本人が望んでなったという事はまずないだろう。

 困っている人を助けようとしたりと正義感は強いみたいだが、戦う事、取り分け他人を傷つける事には苦手意識が強いようだし、なんらかのやむを得ない事情があって勇者になったのでは…と思ったのだ。



「…そう、ですね。

 詳しい事はお話できませんが…私に選択肢はありませんでした」



 ゆきのさんはそう言って一度言葉を切る。

 先の会話の時にもあえて話題に上げなかったようだが、どうもこのあたりの事情はノアさんにも関係する事らしく教えて貰えないようだ。



 やはりそうなのか…難しいなこれは。

 勇者をやめたいですか? なんて聞いても意味がないだろうし…。



「大丈夫ですよララさん。

 確かに私は勇者をやめたいと常々思っていました…でも、それは昨日までの私は、です」



 しかし、言葉を繋げるゆきのさんの表情はとても穏やかなものだった。



「確かに戦う事は今でも苦手ですし誰かを傷つける事も怖いです。

 …でも、私が勇者でなければ…戦う力がなければきっともっと辛いことになっていたと思います」



 そんなゆきのさんの姿にノアさんも少し驚いていたが、それ以上に嬉しそうな様子でもある。



「ふふっ、実は私勇者になる前から武術は学んでいたんですよ。

 空手…って言ってもララさんには分からないですよね、誰かと競い合う事自体は嫌いじゃないんです。

 …確かに勇者としての力は過剰なものですが、この力が無ければそもそも自分の身を守る事すら出来ません。

 ここで…この世界で生きて行くためには必要な力でした」



 この世界で…?



「それに、今の私なら悪い事をしちゃう人を止める事も出来ますし、困っている人達の力になる事も出来ます。

 それに…」



 ゆきのさんはそこで言葉を止めノアさんの手を取り、


「大切な人を守る事も………大切な()()を守る事も出来ますから」


 少し照れた顔をこちらに向けそう告げた。

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