第50話 雪乃
ユキノさんの正面にしゃがんだ僕は塞ぎ込んでいる顔を少々強引に持ち上げた。
「えっ…」
僕の唐突な行動にユキノさんは戸惑いを感じているようで驚いた声を上げ目を見開いている。
彼女の頬にはいくつもの涙の跡と、…先ほどで騒ぎで付いてしまった返り血が未だに残っていた。
さて…言うべきことは色々とあるがまずは…。
僕は懐からハンカチを取り出しユキノさんの顔についている返り血を拭う。
「すみません、僕がどんくさいせいで汚しちゃいましたね。
…それと、ありがとうございます、まさか2度も助けてもらう事になるとは思いませんでしたよ」
そして、冗談っぽい明るい口調で先の出来事のお礼を告げた。
「ララさん…違いますよ。
あれは…私が…私のせいでララさんを巻き込んで、あんな怪我まで…」
…しかしユキノさんは暗い表情をして自分に非があるのだと否定する。
やはり…。
ユキノさんの性格だとそんな風に思いこんでいるのではと思ったが…。
先の出来事は当然ながらユキノさんには何の非も無い。
暴漢達からすれば3ヵ月前の出来事に対する復讐なのかもしれないが、あの時の事も、そして今回の結果にしても、どちらも自業自得でしかないのだ。
それに僕に対してあれほどの仕打ちをしてくるあたり狙われたのがユキノさんだけと言うのも考えにくい。
ユキノさんは暴漢達の復讐に僕を巻き込んでしまったと思っているのだろうが今回も前回の時と同じ、暴漢に襲われている僕をユキノさんが助けてくれたというだけの話なのだ。
ユキノさんの勘違いを解くのは難しい事ではない、犯人は全員捕まっているのだから今回の計画や動機を調べれば自ずと答えは出て来るだろう。
しかし…先ほど聞いたノアさんの話を思い出す。
…ユキノさんにとって一番の問題は別にあるのだ。
「それに…ララさんも聞いたでしょ、…化物…なんだよ、私は…」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「化物…ね、それでか」
「どういう事ですか?」
偶然出会ったノアさんに事情を話し、ユキノさんの行先について心当たりがないか聞こうしていた。だがその話の途中、野次馬から「化物」という声があがった途端豹変したという話をした所で、ノアさんが困ったように額を押さえながら悲しそうな顔をする。
「そうね、あなたには話しておいたほうが良いかしら。時間が無いから詳細は省くけれど…」
ノアさんの話では、二人が出会って間もない頃にも似たような出来事があったらしい。
レオンリバーとは別の街での出来事らしいのだが、ちょっとした揉め事から暴力沙汰になってしまい、しかもその相手が暴漢ではなく貴族の私兵だったとの事。
そんな相手に対し今回と同じように過剰な力で怪我をさせてしまったユキノさん、しかし事情をしらない民衆達はどちらに非があるのかも分からず返り血に塗れたユキノさんを見て口々にこう言ったそうだ。
化物だ…と。
ノアさんを守るため戦ったユキノさんに向けられたのは、「化物」という陰口と恐怖に怯える視線だけだったのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
…それ以来ユキノさんは「化物」という言葉にトラウマを持ってしまい、衆目を集める事を過剰に恐れ、人と戦う時に備え手加減の訓練を欠かさず行うようになったらしい。
だが見ず知らずの相手であっても助けずにはいられないユキノさんはその事件以降も何度か…場合によっては助けた相手からも恐怖に怯えた人間じゃないモノを見るような目で見られてきたという話だ。
…だから、僕からしっかりと伝えないといけないんだ。
「…ユキノさんは化物じゃありませんよ」
冷静に、真実をありのまま話すように告げる。
「えっ…」
僕の冷静な、聞きようによっては冷徹にすらも聞こえたかもしれない言葉にユキノさんは一瞬驚いた声をあげる。だが…
「何を…ララさんも見たでしょ、あんなのまともな人間がやる…出来ることじゃないですよ」
それでもユキノさんは僕の言葉を否定する。
…もっとはっきり言わないとダメかな。
ユキノさん、あなたがどれだけ自分を否定しても僕の意思は変わりませんよ。
「ユキノさんは普通の女の子ですよ」
「…やめて下さい、そんな事を言われても私は…」
「何度でも言いますよ、ユキノさんはどこにでも居る普通の女の子です」
何故なら…。
「どこが普通なんですか! あんな! あんな! …簡単に手足を吹き飛ばすような、下手をすれば命を奪いかねない事をする人間のどこが! …やっぱり化物なんですよ、私は…」
…僕はユキノさんの両頬に手を添え、真正面から彼女の目を見て話す。
「…貴方は、普通の女の子です」
「っ! いい加減にしてください!! あなたに何が分かるんですか!!」
ユキノさんは頬に添えられた手もそのままに僕を睨みつけて来る。
だけど僕はそれに怯んだりはしない。
なぜなら僕は、もうその事を知っているのだから。
「今日のユキノさんは、一番魅力的で可愛い女の子でしたよ」
今日のデートで見せてくれたユキノさんの姿は誰よりも女の子らしいものだった。
もしかしたらあの過剰なまでのふるまいはユキノさんの望んでいる姿が強く出てしまったが故かもしれない。
でも…それでも、あの最初に寄った洋品店で見せてくれたのはまごう事なきユキノさんの本当の姿だろう。
「わっ…私は…私は化け………。
「ただの化物にあんな魅力的な笑顔は出来ません」
嬉しければ笑い、失礼な事を言った僕に対しては怒り、そして…悲しい事があれば泣いてしまう…普通の女の子だ。
「…でも、でもっ! ララさんも見たでしょ、…怖くないんですか…?」
ユキノさんは僕の言葉で少しだけ落ち着いて来た様子だ。
しかし、まだその顔には不安が残っており、僕の言葉を完全には信じ切れていないようだった。
怖くないのか? …か、ここで嘘は言えないな。…でも、
「…確かに先ほどの怒りに我を忘れた姿を見た時は少しだけ怖いと感じました」
「そう…ですよね。やっぱり「でも、」
僕の回答に再び消沈しそうになるユキノさんの言葉を強引に断ち切り言葉を繋げる。
「僕がユキノさんを普通の女の子だと思っている事は証明出来ます」
そして伝える。
驚いているユキノさんの正面に座り直し、何をされるのかと戸惑っているユキノさんの左手を右手でとり、
「ユキノさん、今日のデートは楽しかったですか?」
と、一度答えを聞いた質問を改めてする。
「…」
ユキノさんは無言ではあったが、僕の問いかけにゆっくりと頷いてくれた。
「良かった、…では、また僕とデートしていただけますか?」
ユキノさんの左手を両手で包むようにしながら問う。
こちらの問いも暴漢に襲われる前に約束したばかりの内容だった。
…でも、この答えは今のユキノさんに聞かなければ意味がないのだ。
ユキノさん! お願いします!
……ユキノさんは…そっと、左手を包む僕の手にその右手を重ねてくれる。
「…は…いっ、ごっ、こ、ごぢら、こそ……」
そして、大粒の涙をボロボロとこぼしながら、声も涙声になっており、それでも、
「…よろじぐ…お願いします!」
はっきりと答えを返してくれた。
―――――――――――――――――――――――
ユキノさんを連れて中央広場まで返って来るとすぐに自警団と軍の人達に捕まり色々と事情を聞かれる事になったが、周囲の野次馬達から聞いた情報と僕達の話に違いが無い事が確認出来るとちょっとした注意を聞かされただけですぐに解放してもらえる事になる。
そして事情聴取から解放された僕たちは、お互い疲れもあってあまり長々と話をする事もなくユキノさん達の宿の前までやってきた。
「ユキノ!?」
宿の中から外の様子を見ていたらしいノアさんはすぐにこちらに気付き、駆け寄ってきた勢いそのままにユキノさんに抱きつく。
返り血や土で汚れている事も気にせずユキノさんの無事を喜ぶ姿は、ユキノさんが唯一友人と言える存在だ、と言うだけの愛情に満ちたものだった。
その後は軽い挨拶と約束をして別れる事となった。
互いに聞きたい事や話したい事が色々とあったが、時間もかなり遅くなっており肉体的にも精神的にも疲れが溜まっているので明日にしようという話でまとまったのだ。
「それじゃあおやすみなさい、ユキノさん、ノアさん」
「ユキノを見つけてくれて感謝するわ、今日はゆっくりと休みなさい」
だが、僕が二人に挨拶をしその場を去ろうとしたのだが、
「ララさん!」
少し歩き一つ目の角を曲ろうかという辺りまで来た時、後ろから先ほどまで聞いていた彼女の声が聞こえたのだ。
「ユキノ…さん?」
振り返るとユキノさんが1人慌てたような様子で駆けて来ていた。
後ろにはノアさんの姿も見えたが、ユキノさんの唐突な行動の意図が分からないようでこちらの様子を窺っている。
「…どうかされましたかユキノさん?」
「…」
僕が声を掛けるとユキノさんは少し悩む素振りを見せた。
しかしすぐに両手をぐっと握ると顔を上げ僕の目をみて話し始める。
「ララさんに、お願いしたい事があります」
「お願い…?」
なんだろう? こんな改まって言わないといけない事なのだろうか?
「なんでしょう? 僕に出来ることであれば良いのですが」
ユキノさんのお願いであれば可能な限り答えてあげたいし、それで何度も助けてもらったお礼になれば幸いだとも思う。
…ただ、そのお願いは予想外というか…その意図を明確に掴むことが出来ないものであった。
「…ララさん…私の名前を呼んでもらえますか?」
名前…?
「えっと…ユキノさん?」
要望通りに名前を呼んだと思う…が、ユキノさんはふるふると首を左右に振り…こう続けた。
「私の名前を………雪乃って、呼んでください」
その響きは特別なものでは無かったと思う。
だけど僕が今まで呼んでいたユキノという響きとは、発音自体も少し違っているのだが…なんだろう? ニュアンスとでも呼ぶものに大きな差異があるように感じられた。
なんだろう…? 分からないが今のが正しい発音なのかな?
「ユキノ…ユキの? ゆキノ…ゆ、ゆー、ゆき………ゆきの…さん?」
「………しょうがない…かな、今は…まだ」
僕は何度もつっかえ徐々に響きを直しながら彼女の名を呼んだ。
…ゆきのさんの期待に応えられたかは分からない。
けれどこれはきっと、ゆきのさんにとってとても大事なお願い事だったのだろう。
ゆきのさんが嬉しそうに微笑む姿で、それだけは間違いないだろうと確信出来た。
「ありがとうございます、ララさん」




