第49話 ユキノ
僕が意識を取り戻したのは辺りがすっかり暗くなった頃の事だった。
周囲は未だに騒然としており、怪我人の治療やユキノさんの魔法の余波で破損した街路や露店の片付けが進められていた。
「もう大丈夫なのですか?」
周囲の状態を確認していた僕に声を掛けて来たのはレノンさん、そして後ろに居るシアさんもうんうんと首を振っているので同じく気になっている様子だった。
「ええ、おかげ様でもうどこにも傷はありません、ありがとうございます」
先ほどまで全身を苛んでいた打撲や刺し傷はすでに傷跡すら残さず治療されている。
話を聞いたところシアさんが専用の魔法薬を用いた複合治療をしてくれたらしい。
複合治療とは魔法薬と治癒の精霊魔法を用いた治療の事で、それ専用に作られた魔法薬を使う事になる。
需要が少ないため若干割高な魔法薬と使い手の少ない精霊魔法使いという条件を満たさないといけないが、その治療は各々で行使する場合に比べ劇的に効果が向上する。
僕は意識が無かったためその治療の光景を見る事は出来なかったが、全身の打撲や傷が塗り替えられるかのように消えていく様はある意味奇異なものだったそうだ。
だが、シアさんの行使する神々しいまでの精霊を目にした人たちはまるで神の奇跡でも目の当たりにしたかのように称賛し、中には祈りを捧げる人までいたという話だった。
「彼らもどうやら大丈夫そうですね」
僕たちを襲って来た暴漢達も同じく治療されている。
シアさんの魔力が持たないので同じ治療を施した訳ではないが、魔法薬による治療だけでも救命措置として見れば十分過ぎるものだ。
ナイフ男を含む暴漢達に死者が出なかったのはユキノさんが加減をしていたからなのは間違いないだろう。
当たり所が悪ければ、例えばあの風魔法で首でも切られようものならまず助からなかっただろうし、人体を破裂させるような打撃を頭部や腹部に受けても同様だ。
…だが、それでもいささか過剰な攻撃だったと言わざるを得ない。
生きているとは言ってもそれは致命傷になっていないと言うだけで適切な治療を施さなければまず助からないような怪我だった。
怒りに我を忘れていたのかもしれないが、人の命を奪いかねない力を振るってしまっていたのだ。
…助けられるだけの僕にこんな事を言う資格はないんだろうけど…それでも…。
「ユキノさんをこんな血生臭い事に関わらせたくはなかったな」
―――――――――――――――――――――――
「はっ、はっ、…ここもダメか!」
息を切らしながら公園内を見回してみたが、目的の人物、ユキノさんの姿はどこにもなかった。
先の出来事から目覚めてすでに2時間は経過しただろう。
辺りは街灯を除けば真っ暗と言える程に暗く人を探すのはかなり難しかったが、ユキノさんを探すのであれば魔力に視点を合わせる事であの強力な魔力を目印に見つけられるのではと考え、心当たりのある場所を回っているのだ。
先日回った所は一通り見たし宿にも戻っていなかった。
宿で確認した時にたまたまノアさんが戻って来たので事情を話す事は出来たが、ユキノさんの行方については思い付く場所はないとの事だ。
もちろん僕だけでなく自警団や軍の人も捜索をしてくれている。
過剰な力を振るってしまったとは言え周囲の野次馬達の言から僕たちが被害者であるという事は伝わっており、被害者の保護と同時に当事者から話を聞くと言う目的のため捜索しているのだ。
だが人数が多くても暗い時間なうえ対象がユキノさんなのだ。
もし本気で逃げるつもりで動かれたら仮に見つけることが出来ても捕まえることはまず出来ないだろう。
でも…そんな事は関係ない、今のユキノさんを放っておくわけにはいかないのだ。
先ほど見た僕の方に手を伸ばしている弱々しい姿、逃げ出す直前に見せたあの怯えを含んだ表情…そして、先ほど聞いたノアさんの話。
…放っておくなどという選択が出来るはずはなかった。
くそっ! 何かないのか? ユキノさんはこの街に住んでいる訳じゃないんだ! 向かいそうな場所なんてそれ程多くはないはずだ!
先日回った所には居なかった、お店にも宿にも居なかった、なら後はどこだ!
…やはり僕では、出会って間もない僕では見つける事すら出来ないのか?
…出会って……出会…って…? …いや、まさかな、居るはずがないよな…?
焦りで空回りしている思考だったが、最後に一つだけ候補となる場所を思い付いてくれた。
そこは冷静に考えて見ても可能性は低いだろうと思える場所だ。
無駄足になるだけだ! もっと他に探すべき場所があるだろう! といくつもの否定的な思考が浮かんでくるのだが、それでも、どうしても完全に否定する事が出来なかったのだ。
もしかしたらという一縷の望みに掛けているだけなのかもしれないが、僕の足は自然とその場所へと向けて駆けだしていた。
―――――――――――――――――――――――
ユキノ
あの時と何も変わっていないじゃないか…。
人気の無い裏通りを行く宛もなく彷徨い歩く。
返り血にまみれた今の格好を知らない人が見たら間違いなく殺人鬼か何かだと思われるだろうが、今の私はそんな事すらどうでも良いと思うようになっていた。
慣れない戦闘訓練をこなした。
魔法という初めて目にしたものも扱えるように勉強した。
知らない人、大人だらけの中でも嫌われないように、打ち解けられるように努力もした。…でも
あの時と同じ、どれだけ頑張ってもここでは…この世界では…。
「エル…」
こちらで唯一友人…親友と呼べる友の名を呟く。
彼女はこちらでは異質なものとして扱われる自分にとって唯一心安らげる存在だ。
…ただ彼女の立場では完全な私の味方であり続ける事は難しかった。
本心がどうであれ公正である事が求められるというのもあるし、私との関係も険悪であってもいけないし親し過ぎても問題があるという微妙な立場だ。
そう、あの時も………。
「…化物…か、ララさんにも迷惑かけちゃったな」
過去の事を思い出した事で先ほど言われた言葉が脳裏をよぎった。
やっぱり私は化物なのかな…ララさんにもあんな大ケガさせて…もう嫌われちゃったよね。
知人らしき人に起こされていたので治療はして貰えているだろうが、もう私にはララさんの前に立つ勇気がない。
私の事を普通の女の子として扱ってくれた彼にまで「化物」と言われるのが恐ろしくてたまらなかった。
…もう嫌だ! 帰りたい! 帰って、帰って……会いたいよ…お母さん…お父さん…。
なんで、なんで私がこんな目に! こんな思いをしなきゃならないの!!
私は…普通の…普通の女の子なんだよ…。
叫び出したい程の感情が渦巻いている。
それでも言葉にせず自分の中に溜め込んでしまっているのは、生来の気質か、それとも生まれ育った環境ゆえか…。
だがどちらにしても、一人ぼっちである今の私にはその感情を受け止めてくれる相手が存在しなかった。
「…あれ…ここは…?」
そして最後にたどり着いた場所は…。
ああ…あの時は…嬉しかったな…。
―――――――――――――――――――――――
ララ
居た!
街灯の灯りが届きにくい裏通りのそこは、民家から漏れる灯りによってわずかに視界がきくという程度の明るさしかない。
そんなところ…以前お店を改装する時に来た資材店、彼女と初めて出会った場所にもたれかかり座り込んでいるユキノさんを発見した。
周囲に人の気配はなく暗闇に近い状態であったため、ユキノさんを探すという目的が無ければ間違いなく見逃していただろう。
ユキノさんはこちらの存在に気付いているのかは分からないが、僕が近づいても身じろぎする様子もなく微動だにしない。
もしかして疲れて眠ってしまったのだろうか? と思ったが、さらに近づくことでそれがあまりにも愚かな考えである事に気付かされた。
「ユキノさん…」
ユキノさんは涙を流していた。
わずかな光を反射しながら流れるそれは見る者によっては美しいと表現したかもしれない。
だが、僕はその存在を許すわけにはいかない、悲しみに暮れるユキノさんの流す涙など。
「!? ララ…さん…? どうして…ここに?」
ユキノさんは少し驚いたような反応を見せる。
急に声を掛けられたからか、それともここに僕が来た事なのかは分からないが、いきなり逃げ出すような行動に出られたらどうしようもない所だった。
だが…
「いえ、もしかしたらここに居るんじゃないかと思いまし「見ないで!! …見ないで、見ないで…下さい…」
最初に激しく、そして徐々に消え入るように、「見ないで」と繰り返し声をあげ、顔を伏せて耳を塞ぎ完全にこちらからの接触を拒絶してしまったのだ。
ユキノさん…でも、それでも僕はあなたに言わないといけない言葉があるんです。
僕は塞ぎ込んでいるしまっているユキノさんの正面まで近づき、そして…少しだけ強引な方法を取らせてもらった。




