第45話 心の棘
二人とも今頃何をしているんだろうな…。
観光に出かけた日の三日後、いつも通りお店を開けようとしていたのだが、自分の机に置かれた工具を見てふとあの日の事を思い出していた。
先日の観光の最後に翌日以降はどうするつもりなのかと聞いてみたのだが、何やら用事が出来たとかで数日はそちらに掛かると言う話を聞かされた。
それ自体は別に構わないしこちらも連日相手が出来る訳ではないのだが、急な予定の変更、そしてあの時に言っていた言葉が引っかかり、どうにもすっきりとしない気持ちになっていた。
あの言葉…貴族、と言うよりはむしろ為政者みたいな考え方だよな。
探ろうとまでは思わないが、最初に気付いた時よりもノアさんの正体が気になっていた。
もしかしたらもう会う事はないかもしれないし気にしてもしょうがない事なのだが、つまらなそうにしていたノアさんの横顔を思い出すともう1日くらいは付き合っても良かったかもな、なんて考えも浮かんでくるのだった。
「師匠?」
「ん? ああ、すみませんピッセル」
ぼーっとしている僕に声を掛けて来たのはお店を手伝ってくれているピッセルさんだ。
獣人である彼女は僕よりも力持ちであり、僕が1つ持ち上げるのにも苦労する物であっても2つ同時に運ぶことが出来る。
お店の準備や片付けは彼女が居るだけであっという間に終わるので、その分の時間を彼女の指導に充てる事で働きに報いるようにはしていた。
いけないいけない、ピッセルさんだけを働かせて僕がこんなんじゃダメだな。
技術者界隈において弟子が師匠の仕事を手伝うのは当たり前らしいのでやってもらっているが、僕はどうにもこの慣習に馴染むことが出来ないでいた。
と言うのも最近では取り締まりが厳しくなった事で減ったらしいが、以前は弟子を奴隷のごとく扱う人が結構な数居たという話だからだ。
雑用はもちろん自分でやるべき仕事ですら押し付けて、それをさも自分がやりましたよという体で扱い弟子には何の見返りも与えない人。
弟子として長く扱き使うためにわざと技術を教えなかったり嘘を教えたりする人。
そして聞いた中で一番酷かったのは気に入った異性の弟子に対して男女の関係を強要する人まで居たという事なのだ。
さすがにそれが横行し過ぎたせいで取り締まられるようになったのだが、表に出ていないというだけでそれに近い事が行われている所はまだ残っているらしい。
そんな気は無くても気付かないうちに仕事を頼みすぎてたりするかもしれない、気を付けないといけないな。
「いえ、もしかしてお疲れなんじゃないですか? お店の準備なら私に任せてもらっても大丈夫ですよ」
「特にそういう訳ではないので大丈夫ですよ。 …あれ?ピッセルそれは?」
表の掃除をしていたピッセルさんは掃除道具一式を持っているのだが、その手にはもう一つ見慣れない物を持っていた。
「これですか? 宛名がないのですが…手紙か何かでしょうか?」
ピッセルさんから手渡されたそれは手紙にしか見えない物だった。
だが言う通り宛名が無く、封もされていないそれはかなり汚れていた。
掃除に出た時にお店の前に落ちていたとの事なのでうちに宛てた手紙かどうかは分からず、宛名が無いので持ち主を探す事も難しい。
僕に相談をして不用であれば処分しようと思っていたとの事だが…。
「…一応預かっておきますよ」
「分かりました。
では、私は買い出しがあるので行ってきますね」
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1人になった僕は手紙をどうするかと考えていた。
封がされていた形跡は無いので正規の配送物ではなく直接投函するつもりで書かれた物だろう。
ちょっとした挨拶文程度であればこのまま処分してしまってもそれ程問題にはならないだろうしわざわざ届けてあげるだけの義理も無い。
だが重要な用件、例えば誰かの訃報だったり、もしくは仕事の手伝いや病気の人の支援を求めるようなものであればさすがにこのまま処分するのはためらわれた。
封もしていないし一応確認だけはしとくか。
自分宛で無い可能性の高い手紙を見ることにためらいはあったが、やはり見なかった事にするには気になり過ぎる物なので開けて見る事にした。
これで請求書か何かだったらお笑いだな…。
と、馬鹿げた事を考えながら手紙を広げたのだが、そこに書かれていたのは……。
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もうすぐ殺せる。
あと少しで準備が終わる。
楽しみに待っていろ。
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あまりにも直接的な殺意の表明だった。
なんだ…これ? 冗談にしてはたちが悪すぎる。
この手紙がどのような意図で送られたのかは不明だがあまりにも気味が悪かった。
殺す相手は? うちの前に落ちていたという事は僕なのか? それともただの偶然で間違えて落としただけ? いや、そもそもイタズラじゃないのかこれは?
様々な事を考えるがどれもこの手紙からだけでは読み取る事が出来ない。
差出人や宛名の確認をしたいのだが、こちらにも名前は無くそのどちらも分からなかった。
…まあ分かった所でどうすれば良いんだって話ではあるが…。
結局手紙はそのまま保管する事にした。
自警団に届けるか処分してしまったほうが良いんじゃないかとも思ったが、なんとなくそれは憚られたのでもう少し何かが分かるまでは表に出さないでおく事にした。
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これもダメか…ここまで反応が無いと逆に困るな。
お昼になる少し前の時間、僕は以前に手に入れていたある物の研究をしていた。
この時間帯は魔法薬の注文が無ければ特に忙しい事もなく、ピッセルさんもお店に出てくれているので持て余した時間を使い研究を進めているのだ。
直接魔法をぶつけてもダメとなると魔力系は全部同じかなー…。
対象は魔核の対処をした際に残っていた謎の小石だ。
この小石、現時点で分かっている事だけでもそうとうに特殊な性質を持っている。
もっとも大きな点は魔法を含む魔力を持つものに触れるとその魔力を吸収してしまうというもの。
直接触るだけは吸収されないのだが、どうも魔力や魔法として放出されたものだけを吸収するようだ。
最初は魔力を蓄えているのかと思ったのだが、吸収された魔力は取り出すどころか存在自体が感じられなくなってしまうのだ。
魔力の流れから見て吸収されているのは間違いないのだが、結果だけを見れば吸収と言うよりは消失させていると言う方が正しいのかもしれない。
…魔力系での干渉は出来ない可能性が高いので後は物理的な手段に頼るしかないのだが…。
替えがきかないしな…ハンマーで叩いて粉々になっても困るし…。
そんな感じでこの小石の研究の進捗はあまり良くなかった。
この小石の研究は暇を見つけてはちょくちょく行っていたのだが、最近は特に力を入れて進めるようにしている。
それは、この小石が魔核に関するものであり…ルプラさんを元に戻す手段となり得るのではと考えているからだ。
実際この性質を上手く扱えればルプラさんに付いている魔核の魔力を消す事も出来るかもしれないし、危険な魔法を放たれた場合にも対処が出来る可能性が高い。
まあ、その為にも研究を進めないといけないんだけど…何か良い手段はないかなー…。
「こんにちはー、ララさんいらっしゃいますかー?」
「あ、いらっしゃいませー」
思案に暮れている僕の耳に聞き覚えのある声が届く。
ピッセルさんがすぐに対応をしてくれているのだが入口の方へ視線を向けるとそこにいたのはユキノさんだった。
「ユキノさん?」
「あ、ララさんこんにちは」
「はい、こんにちは。
まだレオンリバーに滞在されてたんですね、もしかしたもう王都に帰られたのかと思っていましたよ」
あれから二人の姿を見ていなかったので急な予定変更の影響で帰る事になったのかもしれない、そう思っていたのだがどうやらそんな事はなかったようだ。
「いえ、エル…あ! ノ、ノアの用事が思ったよりも長引いてしまって。
…先日は急にすみません、ノアがご迷惑を掛けちゃって…」
エル…? もしかしてとは思っていたがノアというのは偽名なのかな? …これは突っ込まない方が良いだろうな。
「大丈夫ですよ。
ユキノさんにはご恩もありますしあれぐらいの事であればいつでも…は難しいかもしれませんが、出来る限りの事はお受けしますよ。
…それで、ノアさんは今日もその用事で?」
「はい、いつもなら私も付いて行くのですが…今日は大丈夫な場所だからって事で…」
そう言うユキノさんは寂しそうな作り笑いを見せる。
詳しくは教えて貰えなかったがここ数日の間でレオンリバー内の色々な場所に赴いていたようで、ユキノさんもずっとそれに付いて回っていたらしい。
しかし今日行く場所は一人でも大丈夫という事で、ユキノさんは急に暇になってしまったとの事だった。
ユキノさんはそれでも一緒に行きたかったんだろうな。
寂しそうな彼女の表情を見ればそれはすぐに分かった。
だが、その事を指摘しても彼女を困らせるだけだろうし、それよりは楽しい話をした方が良いだろう。
「そういえばノアさんとはどのようにお知り合いになったのですか? 僕の見た限りではどこかの貴族様かなと思っているのですが、ユキノさんは冒険者…で合ってますよね?」
「え? あー、まあ冒険者…みたいなものです」
ユキノさんは最初詰まったように話し始めたが、ノアさんとの出会いを語ってくれた。
「ノアと知り合ったのはこちらに来てすぐの事でした。
ただ、最初は…そうですね、いつも自信満々な彼女に戸惑う事が多かった気がします。
ほら、ノアってすごく美人で格好いいじゃないですか」
過去を思い出すように、時折楽しそうな表情を浮かべながら話を続ける。
「でも、引っ込み思案な私と華やかな彼女は意外なくらいに相性が良くて…えっと、ちょっとしか切っ掛けもあって一緒に行動するようになりました」
話の内容が若干不明瞭なのはやはりノアさんに秘密があるからだろう。
だが、それでもユキノさんがノアさんを慕っている事だけは伝わって来る。
「彼女は多くの人に慕われる人気者で…私にとってはこちらで唯一友達と呼べる存在なんです」
…しかし、それでもユキノさんの寂しそうな表情は消えなかった。
こちらでの唯一の友達という言い回しも気になったのだが、僕は話の内容から思い違いをしている点がある事に気付いた。
「こちらに来て出会った、という事はユキノさんは王都の出身ではないのですか?」
王都から来たと言う話だったのでてっきり出身も王都だと思っていたのだが、今の話ではどこか別の場所から来て出会ったという事になる。
となると出身地は別にあるという事になるが…。
「…ええ、私の故郷はララさんの知らない…いえ、誰も知る事の出来ない場所です」
知る事の出来ない…?
ユキノさんはそれ以上語らなかったが今までで一番辛そうな表情をしていた。
話題の選択を間違えたか、と思ったが、逆にこれこそがユキノさんが寂しそうにしている原因なのかもしれない。
「…故郷に、帰りたいですか?」
「そう…ですね。
ノアは大事な友達ですが、お別れする事になっても帰れるのなら…帰りたいです」
やはり何らかの事情があるっぽいな…。
帰りたくても帰れない、行程に問題があるのか、それとも…その故郷というのがすでに滅びてしまっているのか、予想は出来るのだが…いや、今僕がするべきはこんな事ではないか。
僕が今しなくてはならないのは目の前の寂しそうにしている恩人、彼女に少しでも良いから笑顔になって貰う事だ。
そのために僕が出来る事は…。
「ユキノさん、これから少しお時間良いでしょうか?」
「え? それはまあ…大丈夫ですが」
ユキノさんは唐突な僕の問いかけに戸惑っていたが構わず続ける。
「よろしければこれから二人で街を回りませんか? 丁度お昼にもなりますしまずは昼食からでも」
「え? あ、あれ? 一緒に遊びに行こうって事…ですよね? それって…」
ユキノさんはさらに戸惑っているがそれにも構わずさらに続ける。
「ええ、はっきりと申し上げればユキノさんをデートに誘っています」
「で、デート、ですか?」
「はい、僕とデートしていただけませんか?」
事情を聞くことが出来ない僕に出来るのはきっとこの程度の事だろう。
一時的なものでしかないかもしれない、それでも少しでも良いからユキノさんに楽しい時間をすごしてもらえれば、そんな思いでの行動だった。
さて、ユキノさんは受けてくれるだろうか?
店内では思考中なのかパニックになっているのか分からない固まった状態のユキノさん。
それと「ひゃー」と言いながらもこちらから視線を外さないピッセルさんが居た。




