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第44話 観光(後編)

 午後

 軽めの昼食を終えた僕たちは特に何をするという事もなくのんびりとしていた。


 観光なのだから色々な場所を見て回るのが普通だと思うが、予定していたギルドや領主の館近辺の案内は不要だと言うし、それ以外となるとこれと言って思い当たる場所が無かった。

 さらに、ノアさんは「それならお昼からはここでのんびりしていましょう」と言うし、ユキノさんも異論はないという事だったので僕としても反対する理由がなかったのだ。



 ふぅ…風が気持ちいい、天気も良いし公園で過ごすには絶好の日和だな。

 …今度時間があればリリナを連れて来ても良いかもしれないな。


 少し離れた場所では近所の子供達であろう、男の子の集団に混じり駆けまわっているユキノさんの姿があった。


 楽しそうだ…うん、来てよかったな。



「…何たそがれてんのよ、さっきの事がそんなにショックだったの?」


「いえ、別にショックだった訳では…まあ少しは落ち込みましたけどね」



 横から声を掛けて来たノアさんの近くにも沢山の子共達が集まっている。

 こちらは女の子が中心で男の子は居ても5歳にも満たないであろうかなり小さい子だけだ。


 ちなみに僕の周りには誰も来ない。

 これは僕が面白くない相手だと言うのもあるのだろうが、ユキノさんとノアさんがそれぞれの得意分野で子供達の気を引いたというのが大きいと思う。


 ユキノさんは言わずもがなその類まれな身体能力だ。

 冒険者を目指す事が多い男の子にとってユキノさんの装備や身のこなしは憧れの的になるようで、師匠! なんて呼ばれて慕われていた。


 そしてノアさんの方、こちらは僕も初めて聞いたのだがとてもすごかった。

 かなり意外な特技ではあったが一体どこで練習したのだろうか?



「ま、しょうがないんじゃない? 私も少し同じことを思ってたしね♪」


「ノアさんまでそんな、うーん、そんな老け込んでる気はないんだけどな…」



 つい先ほどの事、公園を駆け回っているユキノさん達を眺めていると近くにいた子から、「うちのおじいちゃんみたいな顔してるー」と言わてしまったのだ。

 それを聞いたノアさんはしばらく笑いが止まらなくなってしまい、僕もなんと返したものかと考えつつもそんなに老けて見えるのか? と複雑な気持ちになっていた。


 まさか19でおじいちゃんみたいと言われるとは思わなかったな。




「ねえねえお姉ちゃん、またさっきのお歌うたってー」



 そんな理由で少しだけ落ち込んでいると、近くに居る5,6歳くらいの女の子がノアさんに向けてそんな事を言い出した。

 また、と言うのは先ほども一度披露していたからであり、その歌声はなんと言ったら良いのか…。



「あら、もう一度聞きたいの? 良いわよ、お姉ちゃんに任せておきなさい」



 そうしてノアさんは再度歌い始める。






 ………先も聞いたが…聴き惚れるって言うのはこういう事を言うんだろうな。


 ノアさんの歌は見事と言う言葉だけでは足りないものだ。

 伴奏も無いというのに涼やかな旋律が聴こえて来るかのようなその歌声は、聴く者すべてを虜にしてしまう圧倒的で華やかな存在感を放っていた。


 近くに居る子供達だけではない、たまたま通りがかったであろう街の住人やユキノさんと一緒に駆け回っていた子供達までも、全ての人間が足を止めこの歌声に聴き入っている。


 それはもちろん僕も同じだ。

 この歌を聴いていると人の抱える悩みなど全てが小さいものであるかのように思え、僕の悩みとも言えない感情など立ちどころに消え失せてしまった。





 パチパチパチ、と歌を終えたノアさんに聴き入っていた人たちから拍手が入る。

 ノアさんは一礼してから笑顔を見せてくれるのだがその姿はとても美しく、先ほどの歌で高揚した心が恋にも似た暖かな感情を生み出していた。



「お姉ちゃんすごーい!!」

「かっこいー!!」

「私も歌いたーい!」



 歌い終えたノアさんはすぐに子供達に囲まれてしまう。

 あれだけの歌を披露してくれたというのに疲れた様子は全く無く、声を掛けて来る子供一人一人にしっかりと言葉を返していた。



「まあね♪ これだけは誰にも負けないわよ」



 そう言って得意げに笑うノアさんの姿は子供達が言うようにとても格好良いものであった。




 ―――――――――――――――――――――――




 そろそろお店に戻った方が良いかな?


 公園で過ごし始めてから2時間くらい経過しただろう。

 体力のある男の子やユキノさんは未だに辺りを駆け回っているが、ノアさんを中心とした子供たちの中には眠そうにしている子も何人か出始めていた。



「そろそろ帰りましょうか」



 周囲にいる子供達に視線を向けながらノアさんに話し掛ける。



「…そうね、遅くなると冷えてくるしここで寝られちゃうと困るものね」



 子供たちが眠そうにしながらもここに居るのはおそらくノアさんやユキノさんが居るからだろう。


 すっかり人気者になってしまった二人がここに居ると子供達もなかなか帰ろうとしないし、ここで寝ちゃう子が出てくると放っておくわけにもいかなくなるので早めに退散しようという訳だ。



「はい、それじゃあユキノさんにも伝えて…



 しかし、そこまで口にした時だった、



「わああああーーーん!! 僕の、僕のーー! 動かないよーーー!!」



 ユキノさんと一緒に遊んでいたであろう子供の1人が突如として泣き出したのだ。


 そちらの様子を見てみると、転んだのだろう10歳になるかならないか位の男の子が座り込んでおり、手に持っているプロペラが付いたおもちゃに対して必死に魔力を籠めている姿があった。


 ユキノさんも慌てて話し掛けてはいるのだが泣き止む様子がなく、どうしたものかとオロオロとしている。



「行くわよ」


「は、はい」



 ノアさんはすぐに駆けだし、僕もその言葉に引っ張られるかのように付いて行く。


 こうしてすぐに行動に移せる所は僕も見習わないといけないな。





 転んだケガ自体は大した事が無かった。

 これくらいの年齢の男の子であれば毎日どこかしらでしてしまうようなちょっとしたものであり、簡単な消毒だけでも問題なさそうなかすり傷だ。



「とりあえず手当しますね」



 傷口を洗い流してからリリナ製の塗り薬で簡単な治療を施していく。

 一応魔法薬も持ってはいるのだが今回は使うのをやめておいた。

 魔法薬を使うようなケガでは無いというのもあるのだが、飲むだけで簡単にケガが治るなんて認識を子供に持たせるのはあまり良い事ではないと思うからだ。



「へぇ、上手いものね」


「まあ以前に少し…っと、うん、これで大丈夫」



 治療を終えると男の子は一応の落ち着きを取り戻した。

 だが相変わらずプロペラのおもちゃを動かそうと魔力を籠めており、その願いが叶わない事に落胆している様子だ。


 けっこう傷が付いているし落とした拍子か何かで故障したのだと思う…ここは僕の出番だろう。



「少し見せてもらっていいかな?」


「え? …うん」



 泣きそうになりながらも素直にそのおもちゃを渡してくれる男の子。


 これはもう出来ませんでしたとは言えないな…。



「あなたそういった物に詳しいの?」


「ええまあ、趣味みたいなものですが得意な分野ではあります」


「ふーん…」

 


 ノアさんの問いかけに答えながら状態の確認を始める。


 このおもちゃの構造はとても簡単な物だ。

 核が使われていないから魔道具とは呼ばないが、簡単な回路のような物がついており込められた魔力を開放するときのエネルギーを利用してプロペラを回している。

 短時間の浮遊をするだけの物であり魔力を留め置くような機能は無いので、魔力が籠められればすぐにプロペラが回り始めるはずなのだ。


 つまりはそこの部分に問題があるってことだな。


 回路があるだろう場所の蓋を外し中を確認すると、小さな木片で作られた回路と、落とした時にでも入ったのであろう小粒の砂や石が出て来た。


 …原因はこれだな。


 小石や砂程度であれば通常動作を妨げるような事はないのだが、今回はその入り込んだ小石が何かのはずみで回路に傷を付けてしまっていた。

 傷自体はかなり小さいものなのだが、回路も小さい物なうえ量産をする為であろういい加減な作りだったため少しの傷で動かなくなってしまったのだ。


 これくらいであれば直すのはさほど難しい事ではない…のだが。



「どう? 直せそう?」


「工具が…何か硬くて尖った物があれば出来そうですが…」



 さすがに街を案内するのに工具は持ち歩いていなかった。

 だが、回路自体は木製だし構造もいたって単純なので、代用できそうな物でもあればなんとかなりそうだった。



「硬くて尖った物ね…これなんてどうかしら?」



 そこに差し出されたのはノアさんが付けていた髪飾りだ。

 両端が尖っており金属製であるため硬さも十分、代用の品としては十分使えるものではあるのだが…。



「これはちょっと…僅かですが傷はつきますしこんな高そうな物は使えませんよ」



 それはどう見てもこんな簡単に差し出せるような代物とは思えなかった。


 細工も見事で美しいのだが、そもそも素材が…どう見ても金なのだ。

 磨き上げた金に小さな宝石が散りばめられており、一庶民が簡単に触れ、ましてや工具代わりに使って良いようなものでは絶対にないと言える。


 大銅貨くらいの値段だろうおもちゃに金貨100枚以上の価値はありそうな髪飾りを使えと言われても簡単にはいそうですか、とは返せなかった。



「別に良いわよ、ほとんど無理やり押し付けられたような物で大した思い入れも無いしね。

 贈られた物だから義理で付けてあげているけれど正直苦手なのよねあの人」



 だが、独り言のような愚痴をこぼすノアさんは本当にウンザリしているという感情が伝わって来るほどだ。


 うーん…他に良さそうな物は無いし本人が良いと言ってるんだから使うか?

 …後で請求されたりしないよな…。




 結局他に代用できそうな物が無かったので髪飾りを借りる事にした。


 出来るだけ傷が付かないように気を付けながら作業を始めるのだが、やはりうちの家計が一発で崩壊しそうな物を工具代わりにするのは精神的にきついものがある。


 しかし、修理自体は簡単だ。

 魔力が通らなくなっているのだから迂回路を作ってやれば良いだけであり、ブラックさんのテストの時とほとんど同じ…ラインが1つだけなのであれよりも見やすいくらいだ。

 作業時間はせいぜい2,3分程度で内部の簡単な掃除を含めても大した手間はかからなかったので、ついでに壊れにくくなる簡単な細工も施しておいた。



「こんな感じかな、はい、飛ばしてみるといいよ」


「う、うん」



 蓋を閉じたおもちゃを男の子に返す。

 男の子は最初おっかなびっくりといった様子で受け取ったが、おもちゃに魔力を籠め始めると途端にその顔は満面の笑みへと変わった。



「動いた! 動いたよ! ほら!」



 男の子が手を離すとそのおもちゃは空へと浮かび上がり、僕たちを見上げる中どんどん高度を上げていき高い木々や建造物を超える高さまで登っていく。


 うーん、ちょっと高く飛びすぎかな。



「え、あれって大丈夫なんです? あんな所から落ちたらまた壊れちゃうんじゃ…?」


「ああいえ、そこは大丈夫なようになっていますのでご心配なく」



 ユキノさんは心配そうに見ているがその点は大丈夫なようにしてある。


 ほどなくして魔力が切れたおもちゃは落ちて来るのだが、その速度は緩やかであり子供の足でも簡単に追いつける。

 下降中にも少しだけプロペラを回しいきなり落ちて来ないようにしたのだ。



「取った! 取ったよ兄ちゃん」



 落ちて来たおもちゃを地面に落とさずキャッチした男の子は、嬉しそうな表情でこちらに向けてぶんぶんと腕を振っていた。




 ―――――――――――――――――――――――




 最初は二人が帰ると言い出せばもう少し子供達がぐずるかなと思ったのだが、あのおもちゃに興味を惹かれた子供が意外と多く数人の女の子に見送られて公園を後にした。

 そして二人が宿をとっているというレオンリバー中央部付近まで来てそろそろ解散かなと思った所だった。



「ララさんあんな特技があったんですね」



 あれだけ走り回っていたと言うのにまったく疲れた様子も見せないユキノさんが嬉しそうに話し掛けてくる。



「ええ、魔導技術関連、後は錬金術なんかもリリナには負けますがそれなりには。

 まあ武術や魔法なんかはからっきしなのでこんな事くらいしか出来ませんよ」


「…それで良いじゃない」



 そして僕の返答に言葉を続けて来たのはノアさんだ。

 公園を出てからはどこかつまらなそう様子で、これから仕事だと言われた時のリリナのような顔をしていた。

 だがこの話題には何か思う所があったのかもしれない、さらにこう続けてくる。



「1つでも人より優れている所があればそれだけでその人間には価値が生まれるわ。

 …世の中にはいるのよ、何1つとして出来ないクセに口だけは達者な連中がね」



 そう吐き捨てるノアさんはさらにつまらさそうな顔をして大きなため息をついていた。

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