EX5 ファム(2)
ファム
「ありがとうございます!」
店内に響くいつもと変わらない、しかしいつもより多く響いて来る声を、私は店舗の2階部分に設えた私室で聞いていた。
声につられて店内の様子を見てみると魔法薬を販売するスペースには冒険者だろうと思われる多少厳つい装いをした人間が並んでおり、我先にと魔法薬を注文している姿が確認出来た。
…予想はしていたけれどやはり大盛況ね。
今あの場所に集まっている客の大半が求めている物はオリボ草を素材とした魔法薬だ。
その価格は銀貨1枚。
プリム草で作られた魔法薬、その最低価格のさらに半額の値段だ。
もちろん効能についてはプリム草の魔法薬に若干劣る。
だが極々少数しかいない上級の冒険者を除けばいつもの半額以下で手に入るこの魔法薬を購入しないという選択は出来るはずもなく、そのおかげもあってこの魔法薬の販売を開始してから日が浅い現在においてもすでに一財産と呼べるほどの収益を上げているのだった。
それほどの人気商品なら別の店でも販売されるのでは? と思われるだろうが、現在この魔法薬の作成方法はうちの店、『プリン・ファム』だけで秘匿されている。
いずれは広まるか誰かが発見したりするのは間違いないが、それまでの独占販売でもかなりの収益を上げる事が出来ると見込んでいる …しかし。
屈辱だわ…。
あの魔法薬が売れれば売れるほどにあの男との差を見せつけられているようで胸の内に黒い感情が湧いて来るのを止められなかった。
…そう、この魔法薬の作成方法は先日訪ねたララとか言う新人…だと思っていた錬金術師がやっていたもの…要するにその技術をパクったものだからだ。
そもそもこのオリボ草、高い薬効があると期待されていたのだがその薬効の抽出が極端に難しいものだと言われていた。
私も試しにやってみたことがあるのだが長い時間を掛けても極々少量の抽出しか出来ず、店に勤める他の錬金術師に至ってはそもそも抽出自体が出来なかったのだ。
新しい可能性を前に諦めるのは惜しかったが、あまりにも手間が掛かり過ぎ商品にならなかったため諦める事にした物だった。
なのでララにこれの抽出をやれと言ったのも失敗させるのが目的だった。
これで失敗したとしても諦めずに自分なりに努力するようなやつであれば良いし、諦めて別の道を行くというのならばそれでも構わない。
だが、これで簡単に心が折れて腐るような奴だったら許す気はなかった。
同じ錬金術師を名乗る事はもちろんこの街に住む事すら出来なくしてやるつもりだった。
そう、あれはあの男を試すテストだったのだ。
私が出した問にどのような回答を出すか、それで見極めてやるつもりだったのだ。
……だが結果はご覧の有様だ。
初めて見たはずのオリボ草の抽出を普通にこなされた上、さらには今回パクった効率的な抽出法まで見せつけられてしまった。
後で思い出した事なのだが最初にあの薬を見た時点で気付ければ良かったのだと思う。
精力剤、あれは昔父が作成していたプリム草の2番抽出液を素材とした錬金薬だ。
あれを作れるという事はつまるところ段階抽出が出来る、…私がようやく切っ掛けを掴んだばかりの技術を当たり前のように行っているという事だ。
納得いかない! あんなどこにでもいそうな優男がどうしてあれだけの技術をもっているのよ!
だからお店に呼び出した。
あいつの技術の秘密を暴いて、そして今度こそ私のすごさを教えてやるために。
さあ準備はおっけーよ、いつでもいらっしゃ…………。
「……なんで来ないのよぉーーーー!!!」
季節は秋、初めてララのお店に行った日からそろそろ二ヶ月が経とうとしていた。
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ララ
「あの、そんな嫌そうな顔をしないで下さいよ…気持ちは分かりますけど」
今日は特に変わった事のない平和な1日だった…そう、お昼までは。
だが昼過ぎにやってきたこの男性、『プリン・ファム』の従業員だと名乗った人物の登場で僕のテンションはほぼ最底辺にまで落ちこんでしまったのだ。
男性はファムさんの使いで僕に手紙を持ってきたと言う事だが、お店への招待、しかもこれからすぐにという話を聞かされた事でその気持ちが露骨の表情に現れてしまったようだ。
「すみません、あの…これって断る事は…?」
「え、断るのですか…お伝えする事は出来ますが…その…やめておいた方が良いかと…」
「…ですよね」
何かが通じ合ったかのように名前も知らない目の前の男性と共に渇いた笑いを浮かべる。
ファムさんが来たあの日お店に来なさいと言われたが、一方的な約束の上特に日時の指定もなく、さらにあれ以降音沙汰もなかったので当然お店には行っていない。
自分のお店に集中したかったしミゼリアさんから依頼された仕事もあった、それに正直に言えば関わり合いになりたくないというのが本音だからだ。
簡単に言えば怖いから行きたくないなー、である。
だがこうして直接のお呼びが掛かってしまえば断るのは難しい。
無視するのはさすがに失礼だし、断ったとしても余計に面倒な事になるのは目に見えているのでここはもう諦めて呼び出しに応じるべきだろう。
呼び出しに応じる事が決まったので男性は僕に手紙を渡すと挨拶をして帰って行った。
そして…一応確認という事で手紙も開封したみたのだが、そこには見る者を圧迫するほどの力強い文字で一言だけ綴られていた。
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すぐに来い!
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だから怖いって。
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「来たわね」
『プリン・ファム』の到着するや否や、見張っていたのかと思う程のタイミングですぐにファムさんがやってきた。
お店に出る時はそうしているのかもしれないが、初めて会った時に着ていた魔導士風のローブを纏い、挑発的な表情をしながらこちらを睨みつけている。
「お招きいただきありがとうございます」
本音を言えば全然ありがたくないし、睨みつけて来るファムさんが怖いので今すぐにでも逃げ出したい気分だ。
だが一応は招いてくれたホストに対してそんな対応は出来ないし、下手な事をしたら取って食われそうな相手なので極力無難な対応を心掛けた。
「挨拶は良いわ、今日は前に言った通り本物のプロが扱う錬金術がどんな物か見せてあげる」
こちらの挨拶にも応じず、ファムさんはそれだけを言うと返事も聞かずに店の奥へと歩いて行く。
ついて来いという意味なのだろうが、そのあまりにも横柄な態度にしばし呆気に取られてしまった。
「何やってるの! 早く来なさい!」
「あ、はい…」
ファムさんの怒鳴り声を聞いてようやく足を動かす。
うう…何事も無く家に帰れますように…。
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ファム
さてと、どこから案内してやろうかしら?
目的はもちろんこの男に私のすごさを見せつけてやる事だ。
ただ、表の店舗部分はわざわざ案内するものでもないしそもそも以前にも見ていた。
なので、今から案内するとしたら裏手の作業場や研究室等になるのだがそれでもいくつか候補があるのだ。
こいつに私のすごさを見せつけるにはどこに連れて行けば良いか? 考えてはいるのだが…。
職員の研究室はダメ、技術は私より高いのだから下っ端の研究を見せても笑われるだけだ。
見せるべきはこいつ一人では太刀打ち出来ないようなもので無ければならない。
ならばそれはどこか?
とりあえずここからいきましょう。
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「ここは…製薬をする所ですね」
最初に向かったのは抽出した薬液から製薬を行う作業場。
ここには5名の従業員が詰めておりそれぞれが担当している作業を進めている。
「ええそうよ、それぞれが担当している行程の作業に集中する事で無駄の無い効率的な仕事が出来るわけ」
簡単に言えば流れ作業だ。
抽出した薬液を元に混ぜる素材の準備や調合、そして瓶詰めに箱詰めと製品として完成するまでの流れを一連の形で出来るようにしてあるのだ。
「すごいですね、このやり方なら一人でやるよりもずっと早い。
それに錬金術に流れ作業を取り込むという発想も面白いです」
そうでしょうそうでしょう、もっと褒めても良いのよ? …ん?
自分を称賛する声にようやくこいつも私のすごさが分かったのかと溜飲を下げかけたのだが、視界に入ったララのその言葉とは釣り合わない微妙な表情が気になった。
何か気になる事でもあるのか考え事をしているような表情であり、その横顔は以前どこかで見た事があるような? そんな疑問を私に抱かせるものであった。
その次に案内をしたのは薬液の抽出を行う作業場だ。
こちらでも先と同じ流れ作業を行っており、個人では成しえないレベルの効率的な抽出が行われている。
…だが、ララの反応はやはりイマイチだった。
同じような作業なので目新しさが無いのは分かるのだが、こいつからパクったオリボ草の抽出を見せても反応が無かった事が特に気に入らない。
お前のやっていた技法を盗んだんだぞ! と言うつもりで見せつけているのに、特に気にした様子も無く先と同じ表情で何かを考えているだけだったのだ。
もう! 一体何を考えているのよ!
気にはなったがここで問いただしてしまうと今回の案内がここで終わってしまいそうだったので無理やりに飲み込む事にした。
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その後も2,3施設を案内したのだがやはり私の望んだ反応は返って来なかった。
あてが外れて良い気はしなかったしこいつがさっきから何を考えているのかも気になった…だが目的はもう一つあるのだ。
こいつの技術の秘密を探る、その為案内の最後に私が研究や実験に使用している工房へとやってきていた。
「それじゃあ始めてちょうだい」
オリボ草の抽出器材は事前に準備をしておいたので、後はこいつに実際やってもらうだけで良い。
「…え? 何をですか?」
「は? そんなの見れば分かるでしょ? オリボ草の抽出よ、良いからさっさと始めなさいよ」
「あ、はい、分かりました…」
なんだか困ったような顔をしているが私の言葉に渋々と作業に取り掛かる。…だが、
……まただ。
なにこれ? それにこの表情もどこかで見た事があるような…。
得体のしれない既視感のようなものにまたも囚われる。
ララはこちらを気にした様子もなく作業を始めているがその姿にも同じような感覚を覚えてしまい、秘密を探ろうとその一挙手一投足を観察していく度にどんどんとその感覚が強くなっていく。
その間にもララの作業は順調に進んで行き早くも薬液の抽出が始まっていた。
やはり見事なものね…。
今回は火石を使わせずに素の温度での抽出をやらせているのだが、それでも私たちが最近行っている抽出よりも早く、しかも多くの薬液を抽出する事が出来ている。
過程を見ていても別段変わった事をしている様子も無く、使用している器具だって普段から私が使っている物で一般的に出回っている物とほとんど大差ないはずだ。
分からない…どうしてここまで差が出るのよ…?
「…ちょっと変わりなさい」
「え、あっ!」
ララを押し退けてから抽出の続きを行う。
これで先までと同じように抽出が出来るのであればこれより前の過程に何らかの違いがあるという事になるはずだ。…しかし、
ダメだ…ほとんど出ない。
私が魔力を籠め始めた途端に先ほどまで順調に抽出されていた薬液がピタリと止まってしまった。
一応微量の抽出はなされているのだが、目を凝らせばなんとか確認出来ると言う程度でありとてもじゃないが実用レベルとは言えないものだ。
「ファムさん、それは…
「何よ! 何が違うって言うのよ!? 私はレベル7の錬金術師なのよ! その私が出来ない事をなんであんたみたいなやつが簡単にこなしてるのよ!?
教えなさいよ! 何か秘密があるんでしょ? 簡単に抽出が出来るような特別な技術や方法が!」
思わずララに掴みかかってしまった。
自分でも無茶を言っている事は分かっていたのだが、抽出が上手くいかない事や先ほどから感じている妙な既視感のせいでイライラを我慢出来なくなってしまったのだ。
だが…ここまでの差を見せられたのだ。
特別な技術以前に錬金術師としての腕前に大きな差がある事は疑いようがないし、こんな事を言った所でなんの意味も無い事は私だって理解していた。
…でも…認めたくなかった。
私は誓ったのだ、誰よりも優秀な錬金術師になって、…だから…。
「そう…ですね、秘密ではないのですがアドバイスの様なもので良ければ一つ」
「え…?」
返答を期待していた訳ではなかった。
だが、ララはそう言ってから部屋の角にある本棚の中身を少しだけ検める、そして…。
「あ、やっぱりあった」
「それは…」
ララが本棚から取り出したのは錬金術師を目指す者であれば誰もが最初に読むだろう職人ギルドが発行している教本だ。
私もその本は何度も読んだ、ギルドが発行している物だけあって錬金の基礎を分かりやすく説明してくれているので最初の頃は手放せないくらいの物だった。
だが基本的な抽出や製薬を覚えてからは読むことがなくなったためずっと本棚にしまわれていた物だ。
「…あっここです、はい、どうぞ」
ララが開いたのは教本の本当に最初の部分、錬金術とはどういうものなのか、錬金術師とは何をするものなのか等今の自分にとっては当たり前な事しか書かれていない。
「何よ、これが何だって言うの?」
「えーっと…この部分です。
先ほど見せていただいたお店の方の作業でも気になっていたのですが…。
だが、
「良いですかファムさん、錬金術にとって最も大切な事は素材に合わせた処理を行う事なんです。
これが出来ていないとどれだけ………
あっ………
『良いかいファム、錬金術にとって最も大切な事は素材に合わせた処理をする事なんだよ』
それは私が忘れかけていた大事な記憶を呼び覚ましてくれるものであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「どういう事?」
「そうだね、錬金で扱う素材は同じ種類であっても完全に同じな物は無いって事は分かるかな?」
「うーん…?」
当時の私はこの言葉の意味を理解出来ていなかったがそれでも…。
「はは、まだちょっと難しかったかな? でもファムが本気で錬金術師を目指したいのなら大事な事だからちゃんと覚えておくんだよ」
「うん!」
幸せだった、毎日がとても楽しかった。
これは最も幸せだった頃の記憶。
今はもう、思い出す事しか出来ないもの。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「パパ…」
「ファムさん? ファムさん? 大丈夫ですか?」
気が付くと私に何度も呼び掛けているララの姿が目の前にあった。
反応をしない私を心配したのか、焦ったような、困ったような表情で私の名を呼んでいる。
だが今の私には、
「あ…えっと…」
「ファムさん?」
『ファム?』
やめて!
「大丈夫ですかファムさん? なんだかぼーっとしていましたけど?」
『大丈夫かいファム? なんだかぼーっとしていたけど?』
やめて!やめて!
「もしかしてお疲れなんじゃないですか? ファムさんは毎日お忙しいでしょうし」
『疲れちゃったかな? ファムは毎日頑張ってるからね』
やめろ!! パパとの思い出に勝手に入ってくるな!!
その言動全てに父の姿が重なって見えていた。
ララが言葉を発する度に父の声が重なり、それ程似ているという訳でもないのにララの姿が父の姿と合わさったように見えてくる。
必死で否定しようとしても一度重なってしまったイメージが乖離する事は無く、父との大切な思い出を目の前の男に汚されているような感じがして自分でも良く分からない感情が溢れてきていた。
「…帰れ。 帰れ!帰れ! 早くここから出ていけ!!」
その後の事ははっきりと覚えていない。
必死になってララを追い出した事は覚えているのだが、自分がなんと言ったのかララがどんな反応をしたのかも覚えていなかった。
ただ一つだけ分かっている事がある。
ボロボロじゃない…私…。
大粒の涙が頬を伝う、いつの間にか泣いていたようだ。
溢れ続ける涙が床に零れ無数の跡を残していた。




