第39話 過ち
「ララ! 待たせたわね!」
思案に暮れていた僕を呼び戻した声は帰りを待っていたルプラさんのものに間違いは無かった。
…だが、そこに居たルプラさんは先ほどまでと同じ人物だと思えない雰囲気と、そして魔力を纏っていた。
「ルプラ…あんた…それは一体…?」
ロメットさんが震えるように問いかける。
無理も無いだろう。
ロメットさんが言うそれとは現在ルプラさんの周囲を漂っている水の精霊魔法の事なのかがだがその数が5体、しかも先ほどシアさんが見せてくれた完全な形で顕現したものであった。
あれは…まさか…。
そして一番問題だったのがルプラさん自身だ。
ロメットさんやカレンさんには見えていないだろうが僕にとっては忘れる事の出来ないものだ。
間違いない、あれはミルス村で見た魔核の宿っていた魔力と同じものだ!
ルプラさんから溢れている魔力はミルス村に居た時に嫌になるほど見た物なので間違いなかった。
見ているだけで不快になってくるその魔力を纏ったルプラさんに僕と、それにシアさんも強い警戒を抱いているようだったが当の本人は何事も無いかのように僕の傍まで近づいて来た。
「お待たせ! ほら見てよ、すごいでしょ私の精霊魔法。
これならシアにだって負けてないよ!」
そんな僕達の警戒にも気付かずルプラさんは先ほどまでと同じように話し掛けて来た。
精霊の方はともかく魔力が見えていなければルプラさん自身は変わっていないようにも見える。
見た目も、話し方も、子供らしい所までいつも通りだ。
「ルプラさん、その魔法は、それにその魔力はどうして…」
「え?…もしかしてララにも見えてるの?
…そっか、やっぱりララはすごいよ、そんな事まで出来るなんて。
でも私だって負けてないよ! ほら見て、私の精霊魔法!」
ルプラさんの指示によって5体の精霊が様々な姿に変わりながら一糸乱れぬ動きで宙を舞う。
その姿は確かに美しかったし高度な精霊魔法である事は疑いようもなかった。
しかし…
なんだか苦しそうだ。
シアさんの精霊からは何の感情も感じられなかったはずなのに、今目の前を舞っている精霊は苦しそうな表情をしているように見えた。
もしかしたら魔核の黒い魔力が混ざる事によってそれが毒のように精霊を蝕んでいるのかもしれない。
「ルプラさん…それは…」
「ララ?…なんで? ねえなんで? なんでそんなに悲しそうな顔をするの!?
私ちゃんとやってるよ?それにララも私の魔法が見たいって言ってたじゃん!」
これは…どういう状態なんだ?
見た感じだと精霊と魔力以外には特に変わった所は無いように見える。
もしかして魔核の魔力が憑りついて操られているのではと思ったのだが、ルプラさんを見る限りではそんな様子はないし少しばかり感情的になっているだけにも見えた。
だがどちらしろこのままで良いなんて事はないはずだ! なんとかしてあの魔力をルプラさんから離さないと!
なんでこんな所に魔核の魔力が? とかどうしてルプラさんに? など気になる事はたくさんあるがこの際それは気にしない事にする。
「ルプラさん、それは、その精霊魔法は本当にあなたの魔法なんですか?」
「そ、そんなの…だって…これは私の…私…が」
やはりルプラさんの本質は変わっていない。
嘘をつく事も出来ないくらいに良い子のままだし借り物の力で魔法を使う事に対する忌避感もあるようだ。
今回はたまたま暴走してしまったが話せばちゃんと分かってくれそうだった。
「僕が見たかったのはルプラさんの魔法です。
それは特別にすごいものである必要なんてありません、ただ、ルプラさんが今まで頑張ってきた魔法を見せてくれれば、それだけで良いんですよ」
「ララ……うん、ごめんなさい。この悪い魔力は消し…あっ…う、うあ、あ、あぁぁーーーー!!」
しかし、あと少しか、という所でルプラさんの様子が急変してしまった。
苦しげな叫び声をあげながら両腕で自らを抱きしめる姿は何かを抑えつけているかのように見え、それと同時に宙を舞っていた精霊も周囲の木々や地面にぶつかっては抉り取るかのように暴れ始めたのだ。
「ララさん下がって!」
「カレンさん!でも!」
さすがにこれは危険だという事でカレンさんから下がるように促された。
さらにカレンさんだけではなくてシアさんまでもが僕の前に立ち盾の様に守りについていた。
「ダメ、ララは私たちの護衛対象、ケガは……して欲しくない」
「そそ、ララさんにケガさせちゃったらリリナさんに合わせる顔がないから、ね」
「シアさん…カレンさん…」
そう言われてしまってはさすがに下がらざるをえない。
それに情けないとは思うが僕があの精霊の攻撃を受けてしまえばまず助からないだろうし魔法が苦手な僕ではあれを防ぐ術も抑える術も持ち合わせてはいなかった。
ルプラさんの方も僕が下がった後に叫び声をおさめている。
だがその表情は虚ろでこちらが見えているのかすら定かではなく、さらにその口から出て来る言葉は…
「ララ…ララ…なんで…ねえ?…なんで私の事を…………ダメ!!そんなのは許さない!!……そう…そうなの?…あの二人が邪魔…なの?…そう…なのかな?」
聞こえて来る声はルプラさん1人のものなのに、まるで見えない誰かと会話をしているかの様なものであった。
一体何と話しているんだ? いや、そんな事を考えている場合じゃないな。
あんな魔法を喰らったらカレンさん達でも無傷とはいかないはずだ。
レベル持ち冒険者の2人であれば僕よりは対抗する力を持ち合わせているのだろうがそもそも魔法攻撃を防ぐ術というのは少ない。
暴走する事で本来の性能を出せていないようだがそれでも普通の攻撃魔法は上回る威力があるだろうあの精霊魔法を喰らえばタダでは済まないだろう。
何かルプラさんを止める術はないのか…?
「ララ…ねえ、こっちに来てよ。
私と…一緒に……良いんだよ…独り占めしちゃっても…」
ルプラさんは虚ろな表情のままぶつぶつと独り言のようなものを呟きつつふらふらとこちらの近づいて来る。
その目は僕以外は何も移していないかのような澱んだものであり快活なルプラさんとは正反対なものだった。
「ロメットさん、少し乱暴な手段になるけれどルプラさんを気絶させれば止められないかな?」
「確かに魔力供給が止まれば精霊は消えるだろうが…出来るのかい?」
「近づければいけると思う、ルプラさん自身は特に魔法で防御している様子もないしね」
カレンさんとロメットさんは強行策を取るつもりのようだ。
確かに正気には見えないルプラさんに対していくら説得をしたところで効果は薄そうだし、多少危険は伴うだろうがあの精霊さえどうにか出来れば可能性もあるかもしれない。
「それじゃあ行くよ! ふぅ……、はぁぁー!!」
ロメットさんの力のこもった声と共に巻き起こった風の魔法がルプラさんとその周囲を暴れていた精霊に向かい、それと同時にカレンさんが走り出した。
作戦としてはロメットさんが魔法で牽制をしてカレンさんが接近して攻撃するというシンプルなものであり本能で動いているような今のルプラさんには有効であるように思えた。しかし、
「く、邪魔、〈邪魔をするでない!!〉」
「え、なっ!!-------ぐっ!!
思っていた以上に強力なロメットさんの魔法によって精霊への牽制は上手く出来ていた。
さらにはカレンさんも接近して正面から組み付く事には成功したのだが、その直後に二人分の重なったような声と共にルプラさんから衝撃波の様な力が溢れてカレンさんを吹き飛ばしてしまったのだ。
「カレンさん!」
「いったたっ、だ、大丈夫!ダメージはそんなに……えっ、何…これ?体が…」
地面に投げ出されたカレンさんはすぐに立ち上がろうとしていたが上手く動けないようだった。
魔法の中には相手の動きを封じるものがいくつかあるのでその一種かもしれない。
「〈お前は邪魔じゃ!消えろ!〉勝手な事しないで!」
「させない!」
ルプラさんはそんなカレンさんに追撃を加えようとしたがそこに3つの声が重なる。
1つはルプラさんの声に重なる奇妙な声、2つ目はそれを制止するルプアさんの声、そして最後はその追撃を防ごうとするシアさんの声だ。
その直後、パンッ!!という乾いた音が響いた。
カレンさんの向かった5体の精霊による攻撃だったが、それに対してシアさんが至近距離で放った精霊とがぶつかり合い双方が弾け飛んだのだ。
「シアさん!!」
至近距離での相殺であったためかその余波で吹き飛んで来たシアさんを抱きとめる。
もっとも僕の力では完全に受け止める事は出来ずに、抱きとめながら一緒に倒れ込むような形になってしまったが何もしないよりはましだろう。
「シアさん!大丈夫ですか!?」
「う…くっ…だ、だいじょ、ゴホッ、ゴホッ…ゲホッ!」
意識はあるようだが口元に少量の血が滲んでおりダメージは決して低くなさそうだ。
くそっ! どうする?
僕とロメットさんでは力尽くで止めるなんて無理だし今は消えているがまた精霊魔法を出されたらもう対処のしようがない。
ルプラさんの状態がイマイチ分からないが僕に執着しているように見えるし囮になればこの場はなんとか…む?
「う…あっ…〈精霊が…くっさすがにもう限界じゃ、邪魔をしおってからに…次こそは……かな…らず…〉」
奇妙な声が薄れていくと同時にシアさんが纏っていた魔核の魔力が弱まる。
表情は相変わらず虚ろなままであったが先ほどまでのような脅威は大分薄れているように見えた。
「ラ…ラ、あ…れ? 私の…精霊は?…消えちゃった…? たくさん…居たのに…?」
どうやら自分の呼び出した精霊が全て消されてしまった事が信じられないようだ。
確かに先ほどの衝突は普通に考えればシアさんの精霊だけで防ぐ事は出来なかっただろう。
だが今回の場合、暴走状態であった上攻撃の瞬間に謎の声とルプラさんの相反する意思が影響した事で著しくその性能を落としていた。
その結果として1対5という戦力差にもかかわらず相殺という形になったのだ。
「私の…ララに…見て貰って…褒めて貰う………ララ……ラ…ラ…?」
ルプラさんは虚ろな表情のままの視線を彷徨わせていたが、僕を捉えた瞬間、胸が締め付けられるような悲愴な表情に変わった。さらに…
「なんで…なんで……なんでその子のそばに居るの…? なんで…私の所には来てくれないの…?」
先ほど弱まったと思った黒い魔力がルプラさんの周囲に溢れ始めてきた。
まずい、魔核の魔力が増え始めてる! このままじゃ!
「ルプラさん!そんな事はありません!僕は…」
シアさんをロメットさんに預けてから駆け出す。
僕が単身で突っ込むのは無謀が過ぎるだろうが今ここで止めなければまた先のような状態になるかもしれない、 …それに、これ以上ルプラさんを悲しませるも嫌だった。
しかし、そんな僕の想いを届かせる事は出来なかった。
僕が駆け出すと同時にルプラさんは風の精霊を呼び出し、先のシアさんと同様に僕の手が届かない上空まで浮かび上がってしまったのだ。
「ルプラさん!降りてきて下さい!」
「………そっか…そうだよね、なら…もっと頑張らなきゃ……そして…いつか…」
そして先ほどと同じように誰かと会話をしているかのような言葉を紡いでから、
「ルプラさん! 戻ってきてください!」
「ルプラ!どこに行くんだい! ルプラ、ルプラぁぁーーー!!」
森の反対側、街道の方へと消えていってしまった。




