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第35話 ルプラの過去

「あの子の事…ね、それを聞いてどうするんだい?」



 先の出来事の後、泣き疲れて寝てしまったルプラさんを部屋に送ってからロメットさんの所までやってきた。


 ルプラさんの泣き声を聞いても様子を見に来なかったという事は、もしかしたらある程度はこの結果を予想していたのだろうか?

 …いや、いくらなんでもそれはないか。



「いえ、別にどうこうするという訳ではありません。

 ただ…もしかしてルプラさんはご両親がおられないのでは、と思いまして」



 そう、どう考えても独り立ちする年齢ではないルプラさんがなぜロメットさんの所に身を寄せているのか?

 理由についてはいくつか予想出来るのだが、少なくとも両親が健在であればそばを離れるような事はしていないだろう。



「お前さんは妙に鋭い所があるね…。

 まあ良いだろう、別に秘密にしているわけでもないしね」



 ロメットさんは呆れたように僕を見たあとルプラさんがここを訪れた時の事を語ってくれた。



「あれはたしか10年くらいの前の事だったね…」




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ロメット




「この子を弟子にとってくれないか?」



 家を訪ねて来るなりそう言いだしたのはエルフの女性だった。


 冬の寒さが去り、ようやく過ごしやすくなってきた頃にやって来たのはめったに現れない客人、それも人間ではなくエルフの二人組だった。

 こんな森にやってくるだけでも珍しいのにその客人がエルフとあっては当然警戒せざる負えない。


 どうしてエルフがこんな何もない所に…。

 ……しっかし二人ともえらく綺麗だね、若いころの私だったら嫉妬していたかもしれないねこれは。


 エルフという一族が整った外見をしている事は知っていたが目の前にいる二人はそれとは一線を画していると言える程に別格な美しさがあった。


 ただ、前に立っている女性に比べ、後ろに隠れるようにしている女性…女の子?は酷く怯えているように見えた。

 しきりに周囲に視線を送っており木々のざわめきにすら反応するしまつだ。


 何か訳ありっぽいね…早く帰ってもらいたいし話を聞くしかなさそうだね。



「そんな事をいきなり言われても分からないよ。

 中に入りな、人にものを頼むんだったらするべき説明をきっちりしてから頼むんだね」


「…まあ、それもそうだな。

 80年待ったんだしその位は良いだろう」



 目の前の女性はさもめんどくさそうにしながらも事情を語ってくれた。



 まず二人はただのエルフではなくハイエルフだという話だ。

 名前はフィール、後ろに居るのがルプラ。


 存在自体は知っていたがハイエルフはかなり珍しい種族であり人数も極々少数だと聞いている。

 人間と同じ方法で繁殖をするようだがそのサイクルは数千年から数万年単位との事なので少数なのは当然だろう。


 寿命が無い(寿命で死亡したハイエルフが居ない為そう思われている)種族のため時間を掛ければ増えていくのではとも思われるが、不老ではあっても不死ではないため戦争に巻き込まれたり、魔獣や害獣に襲われたり、危険な場所で事故にあったりと言った理由で命を落とすそうだ。



 そして後ろに居るルプラの両親は80年前に魔物に襲われて亡くなっているとの事だ。



「魔物…ね、親を失った子供って訳かい」


「ああ、だが本題はこれからだ」



 寿命が無い事を羨む人は多いのだが、安全な場所でそんな生活を続けていれば心の方が先に病んでしまう。

 そのためハイエルフの大半は常に旅をしておりフィールも同様であるとの事。


 だが、両親を亡くし一人で生きていく事が難しいだろうルプラを、ハイエルフの代表役を務めるフィールが引き取る事になったため旅を続ける事が難しくなった。

 子供が一人立ちするまでは両親が面倒を見るのが普通だがその役目を押し付けられた形だったと言う。


 フィールも一応80年程は面倒を見てきたが、大して面識も無い他人の子共の面倒を見るのはこれ以上無理だという事だ。

 他のハイエルフに頼めれば良いのだが同じように旅を続ける面々ばかりなのでそれも出来なかった。



「それで私の所に来たって訳かい?

 …分からないね、こんな老い先短い婆さんの所じゃなくて人間の街にでも連れて行けば良いじゃないか。

 もしくはハイエルフ…無ければエルフの集落でも良いだろうに」


「こんな子供をかい?

 人間の街に連れて行っても行き倒れるか奴隷にされるのが目に見えている。

 ハイエルフの集落はあるにはあるが基本的に人は居ないしエルフの集落はもっと駄目だ。

 あいつらはハイエルフに対して劣等感を持っている者が多くてとてもじゃないが近づけない」



 へぇ…エルフとハイエルフってのはそんな関係なのかい。

 あまり人間とは関わらないって話だし学者なんかからすると貴重な情報だねこれは。



「それに、…()()()の娘であるあなたならこの子の師匠にも適任だと思っての事さ」


「…あんた、それをどこから?」


「別に大した事ではない、あの時に私もあの場所に居たというだけの話さ。

 …それで、どうだい?この子を弟子に取ってもらえるのかい?」



 …ふぅ、さてどうしたもんかね。


 私の過去を知っているというのは気に入らないがそれは今回の件とは関係が無いだろう。

 だが、聞くところによるとルプラの年齢は90歳、あまりにも幼過ぎる。

 私が弟子入りを引き受けたとしてもせいぜい2,30年くらいしか面倒は見れないしその後はどうするつもりなのだろうか?



「ちなみに断ったらどうするんだい?それに私が死んだ後この子は引き取ってもらえるのかい?」


「さあね、正直そこまで面倒を見切れないというのが本音だ。

 人間からすると薄情だと思うだろうが私たちはそういう種族なのだと思ってくれ」


 

 なるほどね…つまり断ればこの子の命運は尽きると言う事だ。

 よほど運が良ければ生き延びる事は出来るかもしれないが真っ当な生き方は出来ない可能性が高い。



 …断っても良い。

 私からすればまったく無関係な存在だし面倒を見る義理も理由も無い。だが…


 10歳…ハイエルフで言えば赤子と変わらない年齢の時に両親を亡くしているという事は、この子は親の愛情をほとんど知らずにいると言う事だ。

 このフィールとかいうハイエルフはどう考えても愛情を注いでいるようには見えないし最低限生きていくための術や糧を与えていた程度だろう。

 そんな子供が誰からも愛されることなくこの先も生きていく? それではまるで…



「良いだろう、引き受けようじゃないか」


「そうか、助かるよ。

 白々しく聞こえるかもしれないが、見捨てるのを多少は忍びなく思っていたからね」


「ふんっほんとそうだよ」



 そうしてルプラは私と一緒に暮らす事となった。

 弟子になんて言い方だったが、実質養子として面倒を見るようなものだしこれから先色々な事を教えてやる必要があるだろう。


 自分の寿命は長くても後30年も無いだろう。

 ハイエルフの性質上精神的な面での成長はほとんど見込めないが、せめて一人で生きていけるだけの術は教えてやりたいと思う。

 そして、出来れば私が死んだ後にこの子を託せる相手が見つかれば…。



 やれやれ、まさかこの歳になってから子育てをする羽目になるなんてね。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ララ




 ロメットさんの話は一部予想していた部分もあったが想像していたよりも過酷なものだった。

 そして、僕がルプラさんに取った行動は正しいものだったのか、と答えの出ない疑問が浮かんでしまった。


 ルプラさんが大人になるまで900年程。

 だが、その成長を見守ってあげる人が居ない可能性が高いルプラさんの場合は他のハイエルフよりも早く成長してもらう必要がある。

 それなのに僕が取った行動はルプラさんを大人ではなく子供として扱うものだった。

 あの行動はルプラさんの成長を促すうえではマイナスになってしまったのでは…と思ったのだ。



「ふんっ、そんな事気にするだけ無駄だよ。

 何が正しいのかなんて結果が出るまで分かりゃしないんだからね。

 あの子の場合その結果が出るまで早くて数百年だよ、人間が慮るには気の長すぎる話だよ」


「まあそれはそうなのですが…」



 ロメットさんの言い分は分かるがそう言われて簡単に割り切れるほど僕もまだまだ成熟しているとは言えなかった。



「お前さんはそのままで良いさ。

 誰に頼まれたわけでもないのにルプラの事を想ってくれているんだからね」



 …そうかもしれないな。

 そもそもルプラさんと出会ってからまだ1日しか経っておらず、依頼の期間も数日だけなのでそれが終わってしまえばルプラさんとはお別れだ。

 そんな僕がこれから先、いつ終わるとも知れない未来を歩んでいくルプラさんの人生について心配するのは不相応だと言われてしまう事だろう。

 僕に出来る事は、今のルプラさんにとって必要な手助けをする事くらいだった。





「そういえば、さっきの話を聞いていて少し気になった事があるのですが」


「ん?何かあったかい?」


「ええ、ルプラさんの昔の事なのですが…



 気になったのは話に出て来たルプラさんと今のルプラさんの性格が繋がらない事だ。

 臆病な部分は変わっていないのかもしれないが、ほとんど言葉を発していない様子だった昔のルプラさんが何故今のような…悪く言えば騒々しい子になってしまったのだろうか?



「…悪かったね」


「え?」


「だから悪かったって言ってるだろ!

 そうだよ、私が教育を間違えたからああなったんだよ!

 仕方ないだろう!私は今まで子供なんて育てた事無かったんだ、どう扱って良いか分からないまま育ててたらああなってしまったんだよ!」



 そ、そうか…あの性格はロメットさんの教育の結果だったのか…。

 結果として間違いではなかったのだがこれは完全に早とちりだったようだな。




 ―――――――――――――――――――――――




 その日の晩、ルプラさんはあのまま寝入ってしまったため彼女を除く4人での夕食となった。


 急な出来事でカレンさんとシアさんには迷惑を掛けてしまったし、まずは事情を説明し心配を掛けた事を謝る事にした。



「謝らなくても良いよ。

 ララさんは理由もなく女の子を泣かせる人じゃないって知ってるからさ」



 カレンさんの言葉はありがたいが僕としては理由があっても泣かせるのはちょっとな…と思ってしまう。

 特にルプラさんのような多感なタイプは受ける影響が大きい可能性が高いのだ。



「私は…分からない…」



 そしてシアさんも先の光景を見てからさらに様子が変わってしまった。


 昨日の時点では悩んでいる風だったのだが、今はその…なんと言ったら良いのだろうか?

 不機嫌というか若干怒っている様子で、こちらとほとんど目を合わせてくれなかった。



「それが普通なんだよ。

 私からしたらなんでこんなに勘が鋭いのか不思議でならないよ。

 なんせ出会って一日足らずであの子の本質に気付いたんだからね」


「まあ確かにそうですね。

 ララさんはなんでルプラちゃんの事が分かったの?」


「え、あー…それは…」



 なんとなく思い当たるというか…理由のようなものはあるんだけどシアさんも居るここだと言いにくいな。


 僕がルプラさんの本質に気付けたのは最近子供と接する機会が多かったのが理由の1つだと思う。

 リリナもそうだがシアさんとの出会いから始まってミゼリアさんにピッセルさん、成人はしているだろうけど子供っぽいファムさんなんかもそうだ。

 少しクセのある彼女たちとの交流からそのあたりの機微を感じ取りやすくなったのかもしれない。


 でもシアさんは子供扱いされる事を嫌っている節があるからな…。



「…まあ特に理由があるわけじゃありませんよ。

 ルプラさんの様子を見ていたことでなんとなくそうじゃないかなと思っただけです」



 この時の僕は一つ失念していた事があった。

 考え事をしながら答えたため、魔力を抑えることを忘れて嘘の返答をしてしまったのだ。


 この時シアさんの鋭い視線が僕に向いている事に気付ければ、これから起きる出来事を未然に防げていたかもしれないのに。

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