第34話 幼き心
ルプラ
「それではララ先生、午後から授業をお願いしますね」
私の発言で場の空気が一気に固まったのが分かった。
お昼になってまた全員揃って食事をとろうという話になったので、ララに勉強を教わるという話をついでに伝えておこうと思ったのだ。
でも普通に伝えるだけではつまらないので、思い付いたちょっとしたイタズラを仕掛けたのだ。
ふふっ、驚いてる驚いてる。
もちろん私がこんな事を言えば皆が驚くだろう事は想定済みであり、昨晩の出来事に対するちょっとした意趣返しだ。
ララと護衛の二人は目を見開いており、ロメットも表情は変えていないが食事の手が止まっていた。
「あら、ロメットも勉強を見て貰えって言ってたじゃない?
私が教わるって言うのがそんなにおかしいかしら?」
私の言葉を受けて皆の視線が泳ぐ中、ララがロメットに対して良いんですか?みたいな視線を送っていた。
「…ま、良いんじゃないかい、本人にやる気があるって言うなら歓迎するしあんたが引き受けてくれるのならお願いしようかね」
「はぁ、そうですか…」
どうやら判断はララに委ねられたようだ。
だがこいつは断らないだろう。
典型的な頼まれると断れないタイプだし、何よりハイエルフの中でも特に容姿に優れていると言われている私が教わると言っているのだ。
男だったらこの申し出を断ることなど出来ないはずだ。だが…
「そう…ですね。
空いた時間で良ければ構いませんよ」
二つ返事で受けるであろうと思ったララの反応はなんとも煮え切らないものだった。
なによ!私が教わるって言っているのに何が不満なのよ!
その後の予定の確認でも最優先は凍結草の抽出、次いで錬金具の製作、さらに余った時間があれば勉強を見るという優先度の低いものにされた。
さすがに凍結草の処理よりも優先しろとは言わないが、突発の依頼である錬金具の製作よりは優先してくれるものと思っていた。
納得は出来ないがここで下手な文句を言えばロメットも怒るだろうし最悪授業自体が取りやめになるかもしれない。
内心のイライラを我慢しつつララが調理をしたと言っていた昼食を食べてしまう事にした。
覚えてなさいよ!あとで吠え面かかせてやるん……あら?美味しいわねこれ。
勉強よりも料理を教えてもらったほうが良いかしら?
―――――――――――――――――――――――
食事が終わってすぐ、さっそくだが授業を受ける事になった。
急な話という事もあり授業内容は特に決まっていなかったのだが、どうせなので先ほど見た錬金具の扱いを含めた錬金術の授業をして貰うように頼んだ。
これだけでも覚えれば役立たずなんて言われなくて済むし、一応は世話になっているロメットの手伝いも出来るようになるだろう。
「なるほど、ロメットさんの役に立てるようにですか…そうですね、良いと思いますよ」
ララが私の意見を聞いて優しそうな顔に……いやいや、どうせ馬鹿にしてるに決まっている。
きっと私みたいなのが誰かの役に立つために勉強しようだなんて、と内心嘲笑っているのだろう。
「私の事は良いから!それで?やってもらえるの?」
ララに詰め寄って睨みつける。
まったくもって可愛くないやつだ、年下なんだしもうちょっと敬ってくれて……む?
なんだかララの様子が…顔を赤くして私から顔を逸らし…ああ、なるほど。
おそらく私の顔を間近で見た事で照れてしまったのだろう。
なんだ、一応可愛い所もあるんじゃないか。
「わ、分かりました。
やらせてもらいますので少し離れて…」
「ふんっ最初からそう言えば良いのよ。
それじゃお願いしますね、ララせんせっ!」
―――――――――――――――――――――――
ララ
うーん…どうしてこんな事になってしまったのだろうか…?
今回の依頼内容は元々凍結草の抽出だけだったはずなのに、気が付いたら錬金具の製作に…そしてこの授業と、関連がありそうで無い仕事までする羽目になってしまった。
なら断れば良いんじゃないか?と言われればその通りなのだが…。
頼まれたら断りにくいというのもあるのだが、ルプラさんの我儘を見ていると性格は違えどリリナと印象が被る部分があるためなんとなく放っておけない心情になってしまうのだ。
それにロメットさんの為に錬金術を覚えようとしている事に協力してあげたいというのもあった。
これだけ口が悪くても芯の部分では相手を思いやっている事を知ってしまうと協力してあげたいという気持ちにもなる。
まあ依頼が終わるまでの短期間だけだ、出来る限り協力してあげるのも悪くないだろう。
「それじゃあ基本的な部分から行きましょうか」
それにしてもさっきのは驚いた。
ルプラさんが近づいてきたため間近でその顔を見る事になってしまった事だ。
出会った時にも思ったが、ハイエルフという種族だからなのかルプラさんは異常な程、と言えるくらいに綺麗な顔立ちをしている。
普通に話をするだけであれば意識する事も無いのだが、あそこまで近くで見てしまうと問答無用で魅了されてしまうだけの美貌の持ち主だった。
そんな僕の反応を楽しんでいるようでもあったがさすがに心臓に悪いのでやめて欲しいものだ。
授業の方は思ったよりも順調に進んだ。
この手の技術において必要な魔力の操作は魔法における魔力操作とは少し違うのだが、ルプラさんは最初からそれを上手く扱っていた。
それに錬金術の基本的な仕組みや名称の知識だけは持っていたので座学で教える内容がほとんど無かったのもある。
「さすがですね、これだけ出来るのであれば錬金術くらいならすぐに習得出来ますよ」
「…ふん、当たり前じゃない…」
ぶっきらぼうな言い方だが褒められて少しだけ嬉しそうにしているルプラさんを見ると教え甲斐もある。
依頼期間だけの短期授業なのでどこまで出来るのかが不安だったが、これなら基本的な抽出くらいならすぐに覚えられるだろう。
昨日作った錬金具はいつもの下準備をほとんど自動で行えるようにしたうえ、先に調整をしておけば段階抽出までも魔力を流し続けるだけで行えるようになっている。
これを使用した錬金であれば今日にでも覚えられると思うのでそれを中心に授業を進めていった。
最初の態度はちょっと困ったものだったが授業を受ける姿はいたって真面目だ。
反発するところもあるのだが基本的には頑張り屋なようで、教えた内容を一生懸命に覚えようとしているのが伝わってきた。
これはあれだな、反抗期の子供みたいな感じなんだ。
周りに自分を認めてもらいたいという欲求が強くて注意や忠告を素直に受け入れる事が出来ないのだ。
もう少し大人になれば落ち着くのかもしれないが、それはおそらく僕が生きている間には難しい事なのだろう。
年下の僕が言うのも変な話だが、今は一人の大人としてルプラさんが間違った成長をしないように見守ってあげるのが良いのではないだろうか?
「ねえ、…ねえ!ちょっと聞いてるの?」
「あ、すみません、なんでしょうか?」
おっといけない、ルプラさんが真面目に取り組んでいるというのに僕がこれでは失礼だ。
ルプラさんを見ながら長々と物思いにふけていたため話し掛けられている事に気付けなかった。
「まったく、何ぼーっとしてるのよ?
さっそく始めるわよ、ちゃんと見てなさい!」
今から今日の授業の仕上げとして余っている凍結草を使った抽出をして貰う事にしたのだ。
初めての人にいきなりそれは厳しいのでは思わるかもしれないが僕は問題なくいけると思っている。
まずは素材の準備からだ。
僕の作った錬金具なのでいつもの機能、素材を入れて魔力を通すだけで裁断や磨り潰しは簡単に出来る。
そして媒体もいつも通りのレイカ草、別の物を使っても良いのだが初めてやるルプラさんには見やすい物の方が良いだろう。
そして素材の準備が終わればメインとなる抽出だ。
錬金具の中に凍結草の粉末、レイカ草、後は水を入れてから魔力を流すだけなので工程としては単純なものに見える。
だが錬金術において一番難しいのはこの部分なのだ。
魔力を適量でかつ安定して流し続けないといけないので、初心者の場合は大体ここで躓いてしまうのだが…。
うん、やはり問題なく出来ているな。
ルプラさんの魔力の扱いは大したものだった。
器具で多少のサポートは行うようになっているが、それが無くても問題無いだろうと思える程にルプラさんの操作は上手かった。
もちろん初めてという事もあり完全に安定した供給が出来ているとは言い難いが、僕が一年近くかけて習得したレベルの内容をものの数時間で会得してしまったようだ。
さすが長年魔法の練習をしていただけはあるな…。
初めての錬金でこれだけ出来るのは大したものだ。
僕がそんな風に感心していると間もなく抽出は終了した。
掛かった時間はそれなりに長かったが十分な結果だと言えるだろう。
「うん、完璧ですね。
これだけ出来るのであればロメットさんの手伝いは十分に出来ますよ」
「そ、そう?…やった…」
僕の言葉にルプラさんは小さくガッツポーズをして喜びを噛みしめているようだった。
……少し迷ったが僕はそんなルプラさんに近づき…頭を撫でてあげた。
「え…」
「よく頑張りましたね、これならロメットさんもきっと褒めてくれますよ」
年齢だけを見れば年上の相手だし失礼な態度と取られるかもしれない。
だがこれまでのルプラさんを見ていた事で、こうしてあげる事が必要だったのでは、と思ったのだ。
先ほども言った通りルプラさんはまだまだ子供なのだ。
ハイエルフにとっての一人前が1000歳という事は100歳くらいのルプラさんは人間に換算するとおそらく10歳にも満たない程度の子供だと思われる。
実際これまでのルプラさんを見るとミゼリアさんよりも小さな子供のような言動をとる事が多かった。
…ミゼリアさんは逆に子供っぽく無さすぎるのだが…まあそれは置いておこう。
そんなルプラさんが周囲に当たる行動に出てしまうのは、今まで頑張りを認めてくれる人が居なかったからなのではと思った。
大人になってもそういった欲求が完全になくなるとは言えないのに、子供であるルプラさんが毎日の頑張りを誰にも褒めて貰えない、認めて貰えない、そんな環境で成長してしまえば多少ヒネた性格になってしまうのは仕方のない事だったのでは、と思う。
「……ほんと?ねえ、ほんとに褒めてくれるの?
ロメットも…あなたも…私が頑張っているんだって……分かってくれるの?」
ルプラさんは涙を流していた。
女の子を泣かせてしまうのは忍びないがこれは悲しみの涙ではないと思う。
当人ですら気付かないうちに抑え込んでいた感情が開放されて、行き場を失った想いが涙と言う形になって溢れてしまったのだろう。
「私、今まで私頑張って来たんだよ!何年も…何十年も!
でも、誰も褒めてくれない!喜んでくれない!私の事を見てくれない!
私なんて居なくても誰も…誰も困らない!」
「そんな事はありませんよ。
会ったばかりの僕が言うのもなんですが、ルプラさんは頑張り屋だし他人を思いやれる優しい気持ちを持っている事を知りました。
それにロメットさんだってきちんとルプラさんの事を想ってくれていますよ」
そうじゃなければ僕にルプラさんの勉強を見ろだなんて言わなかっただろうしね。
「だから、ロメットさんともしっかり話をしてみましょう。
今日の事を、錬金術が出来るようになったよって、明日からはお仕事を手伝ってあげるよって伝えてみてください。
きっとルプラさんの事を褒めてくださいますから」
「うん…うん…
う、うあああーーーーん!わあああーーーーん!……
僕は堰を切ったように泣き始めたルプラさんの頭を撫で続けた。
…この子は今までどのような生活を送ってきたのだろうか? ここに来る前は故郷に住んでいたのだと思っていたが違うのか? 知っているかは分からないが一度ロメットさんに聞いてみようかな?
その後、泣き続けるルプラさんの声を聞いてカレンさんとシアさんが様子を見に来たのだが、ルプラさんの姿を見てもそれ程動じなかったカレンさんと違いシアさんの様子は大分おかしかった。
昨日の事が尾を引いているのか、睨むような目つきで僕とルプラさんを一瞥した後一言も発する事なく部屋を出て行ってしまったのだ。




