第36話 素直な気持ち
その変化があったのは翌日の朝食の席だった。
なぜかシアさんの姿が無かったがたまには食欲が無いこともあるよね、と自分を納得させていた時だ。
「ララ、ララ!今日は何を教えてくれるの?魔法とかどうかな?魔法だったら私も結構出来るんだよ!
ほら、精霊魔法だって使えるし見せてあげようか?」
僕の隣の席に陣取ったルプラさんが今日の授業について元気よく捲し立ててきたのだ。
昨日までと打って変わったその行動に最初は驚いた。だが、
これが本来のルプラさんなんだろうな。
歳相応と言えば良いのか?…いや、昨日までのルプラさんだってある意味子供らしかったと言えるか。
だが子供であるルプラさんはこれくらい明るくて活発なくらいが丁度良いと思う。
ちょっと距離感が近すぎるのは困りものだがここで突き放す事はさすがに出来なかった。
「そうですね、魔法はあまり得意ではないので良ければ見せて頂けませんか?」
「うん!任せてよ!」
そう元気よく返事をするルプラさんの頭を撫でてあげると、くすぐったそうにしながらも子供らしい笑顔を見せてくれた。
「うーん…外見が近い年齢の二人が親子みたいなやり取りをしてるとなんか奇妙な感じだね」
カレンさんの言い分はもっともだがそれは僕達が人間だから思う事なのであって、エルフやハイエルフの親子は総じてこんな感じではないだろうか?
「ねえ、ロメット、今日の仕事は私も手伝って良い?」
ルプラさんは続けてロメットさんの所へ向かった。
ロメットさんにも昨日の授業内容を含めた事情は説明しているので、錬金の初歩が出来るようになったことは伝えてある。
「…大丈夫なのかい?いきなり出来るほど錬金術は簡単なものじゃないよ」
「大丈夫!ララに教えて貰ったから!これからはロメットの手伝いだって出来るよ。
…だから…さ、頼って欲しいんだ、私もロメットの役に立ちたいから…」
今までの関係がそうさせるのかルプラさんの言葉は尻すぼみになってしまった。しかし、
「…そう、かい。
じゃあ手伝ってもらおうかね、教えてやるからしっかりと覚えるんだよ」
ロメットさんがそんなルプラさんの言葉を受け止め、ポンポンっと優しく撫でるように頭に触れていた。
ロメットさんの言葉は不器用なものだったが、目尻浮かんだ涙からその内心を察することが出来た。
そしてルプラさんにもそんなロメットさんの気持ちが伝わったようで、今の二人の姿は仲の良い家族…親子そのものであった。
ルプラさんはもう大丈夫そうだな。
となると次に気になるのはやはり…
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シア
自分の心が分からない、私は一体何を求めているのだろう?
昨日の出来事が頭から離れてくれなかった。
ララから拒絶された事、ルプラが優しくされていた事、そして…夕食時に聞いたララの嘘。
おそらくあの時私が見たイメージはララが考えていた内容そのままなのだろう。
…正直思っていた以上に明確なイメージとして伝わってきた事に驚いた。
こんな事が出来るようになったのはミルス村での治療を受けてからだ。
昨日のララの様に魔力を抑え込まれてしまうと分からないが、この事を知らない相手であれば考えている事を全て読み取る事が出来る気がする。
頭の中を勝手に覗き見るようであまり良い気分にはならず、基本的には見ないようにしている。
だがあの時はララの考えている事が知りたくてつい魔が差して覗き込んでしまったのだ。
子供…か、分かってはいるし否定するつもりはないけど…。
パパ、それにクリフやカレンは私の事をちゃんと一人前の冒険者として扱ってくれている。
もちろん子供だと見ている部分が無い訳でもないがそれ自体は別に嫌では無かった。
時間が解決してくれる問題でもあるし実際に子供なのだからしょうがないだろう。
でも…なんでだろう…? ララから子供だと思われる事だけは…。
未知の感情に翻弄された思考はいつまでもまとまる事はなく、私の頭の中で渦を巻いているかのようだった。
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ルプラ
今日は初めてのお手伝い!
いつもロメットが忙しそうにしていたので手伝いたいとは思っていたが、錬金術なんて知識だけで実際にやったことは無いし教えて貰うのも邪魔になってしまうかもしれないと考えてしまっていた。
それに…もしロメットにお前の手伝いなんて要らないとか言われたらと思うと怖くて言い出せなかったのだ。
ララの言う通りだ、もっと早くに言えばよかった。
そう、実際そんな私のためらいは完全な杞憂であり、ロメットは私が言い出すのをずっと待っていてくれたのだ。
私が言うのもあれだがロメットも素直じゃない一面があるし、こちらの想いになんとなく気付いてはいたが言い出すことが出来なかったようだ。
それともう一つ、
「ほんと昨日までとは別人みたいだよ?」
「うっ、だ、だからちゃんと謝ったでしょ!」
朝食の後、カレンには今までの態度を謝った。
本当はシアにも謝りたかったのだが部屋から出てこないという事だったので後で会った時に謝ろうと思っている。
もう!フィールがあんな事を教えるからだ!
フィールからはたびたび人間は野蛮で下品なやつらだという話を聞かされていた。
亜人種よりはまだましという程度の、エルフよりも下等な種族だからあまり関わらないようにと教わっていたのだ。
もちろん私もそれを全面的に信じていた訳ではないが、毎年やってくる人間の中にはその話に該当する野蛮で下品な人が多かったため、ロメットが他とは違う特別な人間なだけなのでは…と思うようになってしまったのだ。
だがララ達と出会い、話し、数日とは言え一緒に生活した事で、結局の所そんなのは主観でしかないのだと分かった。
私が出会った人間の中にもそういう人物は居たし、フィールが関わって来た人間がたまたまそういう人物ばかりだっただけなのだろう。
それから私は手伝いをしながらララとロメットの様子を見ていた。
二人とも慣れている事もあってかその手つきには淀みが無く、私が一つ一つ手順を確認しながら行っている作業を瞬く間にこなしていっている。
…でもララの方は慣れているとかそんなレベルじゃないようにも見えた。
一番差が出ているのは抽出時の魔力の通し方だ。
ロメットが必要量を確認しながらじっくりと流し込んでいるのに対してララはそんな確認は不要とばかりに素材に合わせた量をためらいなく流し込んでいる。
今までにやって来たどの錬金術師もロメットには及ばない程度の腕前だったのに、そのロメットの何倍ものペースで抽出をこなしていくララは単純にすごい、で済ませて良い物なのかという疑問が浮かぶほどだった。
私が暫くそんな事を考えているとロメットが思い出したかのように言葉を発した。
その内容は、気付いていなかったわけではないのだが…。
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ララ
「そうそう、凍結草の抽出なんだけど明日で終わりだからね、予定通り終わりそうで良かったよ」
「明日までですか、じゃあ明後日には帰る事になりそうですね」
この仕事も今日で3日目となるのでそろそろ終わりかな?とは思っていた。
乾燥中の凍結草の量から予想は出来ていたため驚きはなかったのだが、これで二人とはお別れなのだと思うと少しだけ寂しくも感じた。
まあいつまでもお店をリリナに任せておくのは不安だしな…帰ったら家事も溜まってそうだし。ん?
考え事をしていると不意にくいっくいっと袖が引っ張られ、そちらに顔を向けると少しだけ寂しそうな顔をしたルプラさんが居た。
「帰っちゃうんだよね…」
ルプラさんこの反応は少しだけ予想していた。
自惚れで無ければ自分がルプラさんに与えた影響は結構大きいものだったと思う。
それは今日になって急に態度の変わった事や今現在の彼女を見れば見当はずれでもないだろう。
「すみません、僕もレオンリバーでの生活がありますから。
…でも大丈夫ですよ、ほら、ルプラさんにはロメットさんが居るじゃないですか」
「うん…」
やはりそう簡単にはいかないか…だがこればかりはどうしようもない事だしな。
レオンリバーとここは歩きでも半日と少し程度の距離だがそれでも簡単に行き来出来るという程では無い。
往復は無理だから必ず泊まりになるだろうし何らかの機会が無ければ会う事は出来ないだろう。
「そうだよね、ルプラちゃんがララさんと一緒に居ようと思ったら結婚でもして家族にならないと難しいかもしれないね」
カレンさん…それはそうかもしれないけどちょっと話が飛躍しすぎでしょ。
確かに僕はまだ独身だがさすがに出会って数日の相手と結婚しようとは思わない。
というかそもそもハイエルフと結婚ってして良いのかな?
そんな疑問が浮かんだが、その言葉を聞いたルプラさんが発した疑問でそれ以前の問題である事が判明した。
「ん? ケッコンって何? それをすればララと一緒に居られるの?」
「え? ルプラちゃんは結婚を知らないの?」
「おや、知らないのかい? エルフやハイエルフにはそもそも結婚の慣習自体が無いんだよ」
へーそうなのか、それは知らなかったな。
ロメットさんの説明では、そもそも結婚という行事は人間が勝手に始めたもので他の種族では基本的に行われておらず、人間と深いかかわりを持った一部の種族、獣人等がその慣習を取り込んでいる程度らしい。
だが言われてみれば確かに納得出来る話だ。僕が当たり前に思っている事なんてしょせんは人間内での常識でしかないという事なのだろう。
「ララ、私とケッコンってのをしよう!」
「…ルプラさん、結婚というのはそんな簡単に出来るものじゃないですよ。
結婚というのはですね……えっと…仲の良い男女がずっと一緒に生きていくことを誓う儀式で、家族になって子を成したりとかをするもの…です」
僕はルプラさんの刹那的な発言に対し結婚とは何かを説明しようとしたが、考えてみれば僕自身結婚をしているわけじゃないしその相手にあてがあるわけでもない。
なんとなく世間一般に広まっている結婚のイメージを説明するくらいは出来るがどうにも曖昧な説明となってしまった。
「よく分かんないよ…。
ララと私は仲が良くないの? 子供はまだ難しいと思うけど家族になるのは良い事じゃない?」
「まあ、それはそうかもしれませんが…」
やはり自分でもちゃんと理解していない事を何も知らない相手に説明するのは難しく、カレンさんやロメットさんと協力してなんとかその場は収める事が出来たが完全に納得させる事は出来なかった。
色恋にかかわる事は今のルプラさんにはまだ早いだろうし僕も詳しい訳ではない、なので大人になったら教えてあげるという事で先延ばしにする形となった。
この話はルプラさんが大人になるまで我慢して貰おう。
数百年単位での先延ばしになるが、その時ルプラさんの傍に居る人に教えて貰うかもしくは自分で理解するのが正しいのだと思う。




