第33話 二人の思い
ルプラ
もう!なんなのよあいつ!?
あんな冴えない奴が誰かに役に立ってるって言うの!?
自室に戻り先程の事を思い出すと再び怒りが湧いて来た。
人間の、それも成人すらしていないような少女に言われた事。
お前は誰の役にも立てないだろうとも取れる言葉。
もちろんそれ自体も腹立たしい事だった、だが…
何も…何も言い返せなかった…。
一番許せなかったのはそれに対して反論出来なかった自分自身だ。
確かに私はハイエルフとしてはまだまだ一人前とは言えない。
ロメットが言っていたように1000を超えたあたりでようやく一人前として扱われるのでそう思われてしまうのはしょうがない事だろう。
だがそれでも人間の一生を超えるだけの月日は生きてきたのだ。
誰かの役に立つことが出来るのか?という言葉に当たり前だと返せるものだと思っていた。
だが…その言葉は出てこなかった。
考えてみれば自分は何もかもが中途半端なのだ。
魔法はまだまだ勉強中だし錬金術でロメットの手伝いをする技術もない。
日常生活における基本的な事ですらせいぜい生活には困らない最低限の事が出来る程度だ。
種族的に高い適性を持つ精霊魔法ですら他のハイエルフに比べるとまだまだ未熟であり誰かの役に立てるとは言えなかった。
ああもうっ!大体ロメットもロメットよ!
なんであんなやつを私に付けようとしてるの!?
あの少女に言われた事、そして意図の理解出来ないロメットの言葉。
どちらも気に入らないし受け入れる事が出来なかった。
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ララ
さてと、それじゃあさっそく作ろうかな。
依頼二日目、昨日ロメットさんが言っていたように凍結草の抽出はお昼まで掛からなかったので空いた時間を使って錬金具の制作に入ろうとしていた。
ロメットさんは呆れつつも早く終わって助かるねーと言った風であまり気にしていなかったし、僕としても空いた時間を好きに使えるのは助かる。
ちなみにカレンさんとシアさんは出かけている。
一応護衛という事にはなっているが、この辺りには別段危険もないし僕の仕事が終わるまで部屋に籠っているというのも体が鈍るし何より暇だろう。
という事で二人は何か獲物が取れないかと言う事で森に入っておりそのついでと言う事である物を探してもらうようにお願いをしておいた。
…そういえばシアさんはもう大丈夫だろうか?
昨日の食事のあと僕の部屋に来たのだが少し厳しい事を言ってしまったからな…。
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「それで、僕になにか御用でしたか?」
夕食か終わって1時間位経った頃だろうか、シアさんが僕に割り当てられた部屋を訪ねて来たのでこうして部屋の中に招いたのだ。…だが。
「ん…」
シアさんが先ほどからこんな様子で話が続かない。
まあシアさんが気にしている事はなんとなく分かってはいる、だがどう話したら良いものか…。
シアさんが気にしているのはおそらく先の食事の席の事だろう。
自分の発言によって場の空気を悪くしたと思っているのだろうがシアさんの性格から言ってあれはルプラさんの態度に対してではなく馬鹿にされた僕を庇うために言ってくれたのだと思う。
なので僕としてはシアさんを責めるような事は言えるはずもなく…
「…僕を庇うために言ってくれたんですよね?」
「…」
シアさんは無言のままだったが否定しないという事は合っているのだろうか?
「ありがとう、と言って良いものかは分かりませんが…
僕は嬉しかったですよ、シアさんが庇ってくれた事」
うつむいているシアさんの頭を撫でる。
失礼だろうか?とも、子供扱いしすぎだろうか?とも思ったが、今のシアさんにはこれくらいストレートな行動の方が気持ちが伝わるように思えた。
「…怒らないの?」
「僕のために言ってくれた事なんですよね?怒ったりはしませんよ」
「…違う…そうじゃない!」
シアさんは僕の言葉に対し大きく首を振って否定する。
それはシアさんがたまに見せるようになった感情を全面に出した表情だ。
普段のシアさんはあまり言葉を発しないし表情の変化も少ない。
そのため感情に乏しいのかと思う事もあるのだがそういうわけではないようだ。
おそらく自分の想いをどのように伝えればいいのか分からない、極端に不器用なだけなのだと思う。
それを除けば年相応の、いや、むしろ同年代の子に比べ感情が豊かだと言えるくらいだ。
「私はっ、私がっ!……ただ、許せなかった。
私を助けてくれたあなたが、あんな…あんな風に言われて…」
これは…困ったな。
やはりシアさんは僕に助けられた時の事を未だに引きずっていた。
こうなる可能性があったので治療の事をシアさんには秘密にしておきたかったのだ。
すぐに気づかれていたようだがそれでもあまり重く受け止めないで欲しかった。
いや、シアさんの性格から言ってそれは難しいのかもしれないな、ただでさえ多感な年頃なんだし。
しょうがない、ここは厳しいようだが少しだけ…。
「シアさん、あの時の事はもう忘れて下さい。
難しいようでしたらせめて、風邪を引いた自分を治療してくれた人が居たという程度に考えて下さい。
…僕も忘れるようにしますので」
シアさんは以前残留魔力から感情を読み取った事があるので、見えないとは思うが念のため表層の魔力を押さえながら話す。
多少なりとも慕ってくれているであろうシアさんにこういう言い回しは酷だろう。
僕の言葉を聞いたシアさんは予想通り悲しそうな表情を見せているがここで優しい言葉を掛けては意味がない。
シアさんがあの時の事を過去のちょっとした思い出程度に考えられるようになって初めて対等の、普通の友人関係が築けるようになると思う。
「そんなの…分からない…」
「…すぐには難しいかもしれません、でもちょっとだけ考えてみて欲しいんです」
やはりシアさんくらいの歳だといきなりは難しいか。
シアさんはそのまま部屋を後にしたが、最後までその表情が晴れることはなかった。
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少し厳しかっただろうか…?だがあのままで良いとも思えない。
仮にこれが原因でシアさんに嫌われるような事になったとしてもそれはもうしょうがない事だろう。
シアさんがどのような結論を出すかは分からないが、一人の大人として、そしてシアさんの友人としてその答えを受け入れようと思う。
さて、あまり考え事ばかりしてないで仕事を進めようか。
シアさんの事を思い出して脱線してしまったがロメットさんから頼まれた錬金具はいくつかある。
幸い時間の余裕はあるがサボっていて良いようなものでもないだろう。
まあどうせ作るんだったら…。
依頼された訳ではないのだが今回の錬金具にも新機能を付けてみるつもりだ。
自分でも悪い癖だと分かってはいるのだがこういう研究だけはやめられなかった。
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ルプラ
「あれ?今日は1日凍結草の抽出じゃなかったの?」
午前中の用事を済ませ、お昼よりも少し早い時間に戻って来た私が見たのは椅子に座ってゆったりと茶をすすっているロメットの姿だった。
それは作業途中の休憩といった様子ではなく、有り余る暇をつぶしているだけにしか見えなかった。
「あん?それならもう終わったよ」
「はぁ?」
終わった?まだいつもの作業時間の半分も経ってないのに?いやいやそんなはずは…。
毎年この時期のロメットはかなり忙しそうにしていた。
手伝いの人間が居てもそもそも量が多く、お昼もほとんど食べずに遅い時間まで作業をしているのが常だったはずだ。
「そんなはずないでしょ!
まだお昼にもなってないのにどうやったら終わるって言うのよ!」
「ふぅ…あんたはもう少し落ち着きってものを覚えたほうが良いね。
今日の分が作業部屋に置いてあるから疑うんなら見てきたら良いよ」
ロメットはそれだけを答えて再度お茶をすすり始めた。
納得はいかないが確かに見た方が早いかもしれない。
ロメットの言葉にしたがい普段はほとんど立ち入らない作業部屋に向かう事にした。
「あ、ルプラさん、お疲れ様です」
作業部屋に入ると昨日から来ている冴えない男が声を掛けてきたが無視する。
昨日は初対面という事もあって一応話をしたが、昨日の晩の事もあって今は顔を見るだけでもイライラしてしまうからだ。
男を無視して部屋の奥に置いてある抽出液用のかめの中身を確認すると、確かにロメットが言うように今日の分が終わったであろう十分な量で満たされていた。
錬金の知識が少ないのでこれが凍結草の抽出液なのか判断が付かないが、ロメットが私をだますためにわざわざ偽物を入れておくような事をするとは思えないので間違いなく今日の分は終わったのだろう。
本当に終わってるんだ…。
朝に家を出る時にはまだ作業を開始していなかったので早くから始めた訳では無い。
本当にこの短時間で終わらせてしまったようだった。
なぜ今年に限ってこんなに早く終わったのだろう?
まあ去年との違いを考えればなんとなく想像はつくのだが…。
男、ララと言っただろうか?の方を見てみると私に無視された事を気にした様子もなく何か作業をしていた。
そういえば何をしているのだろう?今日の分はもう終わったはずだが…。
「あなたさっきから何やってるの?」
「え?」
後ろから声を掛けられ、驚いて振り返ったララの横から手元を覗き込む。
んー…?ただの錬金具…よねこれ?でもこんなきれいなの家にあったっけ?
ララの手元にあるのはどう見ても抽出用の錬金具にしか見えなかった。
変わった形状をしていたり用途の分からない部位がいくつか見受けられたが基本的な形は同じなので間違いないだろう。
ただ家に置いてあるものはどれも年季が入った骨董品…と言うより古くてボロイだけか、な錬金具しかなかったはずなのでどう見ても未使用っぽい新品の錬金具がある事が不思議だった。
「ただの錬金具よね、これ?」
「ええ、ちょっと普通の物とは違いますが上手く出来たと思いますよ」
「は?」
え?上手く出来たって…これこいつが作ったの?
再度錬金具を確認してみたがとても素人が作った物とは思えず、むしろ家にあるどの錬金具よりも完成度が高いのではと思った。
よくよく見ても加工された跡が分からない程に滑らかなライン、コンパクトにまとめられながらも機能を損なわないように気を遣った形状、見た目からはちょっと無骨な印象を受けるがそんな事は気にならない程に上等な代物だった。
なるほどね、ロメットがあんな事を言いだすだけの技術はあるってことか…。
この道具だけではない、今日の作業がすでに終わっているというのもこの男が要因なのは間違いないだろう。
ならばそれらの技術を学ぶ事で昨晩の様な失態を晒さなくてすむようになるのではないだろうか?
打算的である事は分かっているが利用出来るものは利用しようと思う。
昨晩の様な悔しい想いをしたくないというのもあるが中途半端な自分から抜け出す切っ掛けになるのでは、という考えもあった。




