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EX1 ミゼリア・ウォーレット(1)

 ミゼリア



 あ、ここがお店なんだ。


 裏通りからさらに脇に入ったほとんど人通りのない道、そんな所にそのお店は建っていた。

 近くに寄って見るとお店だと分かるのだが、遠目からではただの民家にしか見えなかったのだ。


 話には聞いていたが予想以上にひどい場所だと思う。

 こんな所にお店を出しているんじゃあまり期待は出来ないかな? と思ってしまうほどだ。





 昨日、軍の窓口を通して連絡が入った。

 あまり期待はしていなかったのだが先日見かけた魔工技師の客人からの伝言だ。



 本当に連絡をくれるなんてね…。



 領主の娘であり、さらに軍にも所属しているとは言え私はまだ11歳だ。

 周囲からは当然のごとく子供扱いされるしそれは仕方のない事だと分かっている。


 だが私がどれだけ本気の言葉を発しても冗談、取るに足らない、と思われてしまうのは我慢ならなかった。

 経験不足である事は認めるが軍の入隊試験でも優秀な成績で合格したのだ。

 それなのにいざ私が仕事をしようとすると「君にはまだ早い」「領主の娘さんに危険な仕事はさせられない」などと言い未だにまともな仕事を任せて貰えないのだ。



 …やはり比べられている…という部分もあるのかもしれないわね。




 そんな中で会ったのがあの…名前は…確か女の子みたいな名前で…そうそう、ララだったかしら。

 あの魔工技師は少しだけ違ったのよね。


 私に向ける視線は子供に向けたものではあったけれど、少なくとも態度や行動はこちらを見下すような物ではなかった。

 それゆえに少し期待をしているのだが…。


 まあダメで元々、腕前だけでも見てみましょう。


 期待半分不安半分といった気持ちで私は目の前の扉を開いた。




 ―――――――――――――――――――――――

 ララ




「おじゃまするわよ」



 彼女が来店したのは昼を少しだけ回った頃だ。


 開店してから数日が経ちお店も徐々に落ち着いてきたこともあったので以前に約束をしたミゼリアさんへの連絡を入れたのが昨日だ。


 職人ギルドを通してだったのでもう少し掛かるかな? と予想していたのだが思ったよりも早くの来店だった。


 ミゼリアさんの服装は最初に会った時と同じ赤を基調とした動きやすいドレスだったが、彼女にとても似合っているそのドレスも、この狭くて薄ぼんやりした店内では不釣り合いな物に映ってしまうのが残念だ。



「いらっしゃいませ、お待ちしていましたよ」


「…約束通り来たわ、さっそくだけど商品を見せてちょうだい」


「はい、少々お待ちください」



 挨拶も早々にミゼリアさんはさっそく魔道具を見せてみろ、との事だが…。


 うーん、この子はなんというか…。


 子供っぽくないというのもあるのだけれど、余裕? のようなものがなく常に張り詰めているような雰囲気を感じる。


 …とりあえず今まで作った物を見て貰おうかな。



 僕はこちらで作り直した魔道具やミゼリアさんも見たであろう冷風機の2号機等、今まで趣味で作ったような物も含めてテーブルの上に並べていった。

 こうして並べると思ったよりも作っていたんだなと思うが、核なんかの素材があればこれ以上になっていたかもしれない。



 …おや?



「へー、結構あるのね! こっちのは何かしら?」



 そう言ってテーブルの上の魔道具を見つめるミゼリアさんは年相応の無邪気な子供の表情で目をキラキラと輝かせていた。

 その表情は、多少の差異はあれど父親であるベネギアさんが見せたものと似ているように感じる。



 やっぱり親子なんだな…それにこっちの表情の方がミゼリアさんに似合っていて可愛らしいと思う。



「いかがですか?」


「あっ!…んー、コホンッ。

 まあそうね、これだけの数を作れるっていうのはすごいと思うわよ」



 ミゼリアさんは先ほどまでの態度をごまかすようにわざとらしい咳払いを一つしてから改めて魔道具を見始めたので、僕も後ろからそれを見守る事にした。


 そしてしばらくは魔道具を動作させて一通り観察し終わったら次へ、としていたのだが…

 

 一番基礎的な火を付ける魔道具を見ている時だ。



「あら?このプラーナOFFって何かしら?

 プラーナを使わなかったら魔道具なんてほとんど動かないんじゃ…」



 と言いながら()()()()()()()()()()プラーナのスイッチをONに切り替えようとしていた。



「待って! 今それを切り替えたらダメだ!」



 僕は慌てて静止の声をかけた。


 だが少しだけ遅く、プラーナのスイッチを切り替えられた魔道具からは勢いよく火が…いや、火炎が吹き出してしまった。



「ひゃあっ! な、なに? これどうなってんの!?」


「スイッチ! プラーナのスイッチを切って!」


「ふえ、す、すいっち!? なに?」


 すぐにスイッチを切るように言ったのだがパニックを起こしているミゼリアさんでは僕の言葉を理解することが出来ず、ひたすらに慌てているだけだ。


 くそっ!しょうがない!


 僕はミゼリアさんの両手を取ってプラーナのスイッチを無理やりOFFに切り替えた。

 プラーナの魔力が流れなくなれば当然だが、魔道具はすぐに勢いを弱め先端に小さな火を灯しているだけの状態に戻った。



 あ、危なかった…。



 今のは完全に僕のミスだ。

 プラーナをONにすればああなることは分かっていたのに事前に忠告をしていなかったのだから。



「ミゼリア様? お怪我はありませんか?」


「え、ええ、特に怪我は無いけれど……ん?

 ……それで?あなたはいつまで私に抱き着いているの?」



 え?…あっ!


 ミゼリアさんの事を後ろから見ていた僕が、両手を取っているという事は端的に言えば後ろから抱き着いているのと同じだ。

 他に誰も居ない店内で知り合ったばかりの小さな女の子に後ろから抱き着いている……完全にアウトである。



「す、すみません。失礼しました」


「…まあ良いわ、わざとじゃない事くらいは分かるし」



 慌ててミゼリアさんから離れた僕を見て一応の許しは貰えた。

 まあ内心でどう思われているかは考えたくないけどね。



「それよりも、今の魔道具について教えて貰えるかしら?」


「今の…ですか?えっと、あれは着火用の魔道具ですね」


「ないわよ!一体何に火を付けるつもりよ!」



 ですよね…。


 やはりというかミゼリアさんには納得して貰えなかった。

 着火用の魔道具である事は間違いないのだがやはりあの異常な出力は問題があるだろう。


 もちろんあれをそのまま販売したりはしないが見本として出したのも失敗だった。



 とりあえず誤解?を解かないと話を聞いてもらえそうになかったので、あれを作った経緯を含め、販売用の品ではない事を説明してあげた。

 説明し終える頃には聞き入れて貰えるようになったが今度は別の部分に興味を持たれたようだった。



「なるほど…元々はプラーナを使わない物だったという事ね…」



 僕の話を聞いてミゼリアさんは何やら考え込んでいる様子だ。

 彼女が何を望んでいるのかが分からないので彼女から声が掛かるまではそのまま様子を見ていた。



「…あなた、武器の魔道具は作れる?」



 多分5分くらいは考え込んでいただろう。

 ようやく掛かった声の内容は意外…でもないか、だが予想はしていなかった内容だ。



「武器…ですか。

 そうですね、基本的な物なら作れますがあまり複雑な物となると見本は欲しいです」


「そう、…決めた!

 あなたに魔導武具の制作を依頼するわ」

 



 魔導武具

 これは核を使用した武具の総称だ。

 武器にしても防具にしても通常の物と比べるとかなり高価な品であり、個人ごとに調整が必要な物が多く一般にはあまり出回っていない。

 安全性が重要視されるため制作にはかなりの慎重さと時間が求められ、量産が出来ない物であるため所持している人物はかなり限られる。


 前に作った雷石の槍なんかも一応これに該当するのだが汎用性を高めた為その性能は低めだ。

 本格的に作ろうと思ったらミゼリアさんの魔法適正や魔力総量、戦闘スタイル等のデータを全てそろえて貰う必要があるのだ。



 どうしようか…。

 作れるのか?と問われれば出来るのだが、魔導武具なんて趣味で作っていただけなのでミゼリアさんが求めるレベルの物が作れるかは自信がない。

 確かブラックさんが武具を主に扱っているという話だったしそちらを勧めてみようかな?



「魔導武具でしたら専門で扱っている知りあいが居ますのでそちらで…


「どうせブラックでしょ?前に断られたわ」



 ありゃ…そうか。

 まああの人ガンコそうだしな…、ミゼリアさんとは相性が悪そうだし気に入らない仕事はやらないかもしれない。



「分かりました、僕で良ければお受けしましょう。

 ただあまり期待はしないで下さいよ」


「そう?私の見立てでは貴方、ブラックより良い物を作ってくれそうよ」


「買いかぶりすぎですよ…」




 依頼を受けることをが決まったのでとりあえずミゼリアさんのデータを色々と取らせて貰った。


 魔法レベルはなんと火がレベル4もあった。

 戦闘用としても中級クラスのものが扱える事になるのでかなり強力だ。

 後は風、光、土、水がそれぞれレベル3。

 戦闘魔法としては下級だが普通はどれか一つでもあれば魔導士を名乗れるレベルだ。

 それをこれだけ所持しているというのはこの年齢から考えると相当な才能の持ち主だと言えるだろう。


 まあリリナも魔法だけなら扱えるみたいだけどね…戦闘出来るような度胸も体力も無いけど。


 続いて魔力総量。

 これは…僕と比べてかなり少ないと感じた。

 火の魔法が得意なのだろう、真っ赤な魔力の流れは見えたのだがその量は十分とは言えない量だ。

 一般的な基準がどの程度かは分からないがこの量だと弱い魔法を10回も使えば枯渇してしまう。

 試しに僕の魔力をどの程度受け入れられるかを試して貰ったのだが2割くらいで限界が来てしまった。

 だがこれに関してはミゼリアさんが軍属である事も考えてレベルが上がれば解決するかもしれない問題だ。


 そして最後に戦闘スタイル。

 活発な印象は受けるが当然ながら重い武器を扱う事は出来ない。

 基本的には後方から強力な魔法を放つ事になり緊急時には近接用の魔法も扱うとの事だ。

 まあこれは訓練での話なので実戦は経験してみないことには…と悔しそうにしていた。



 構想に使うデータはこれくらいで良いかな。


「ミゼリア様は何かご希望がありますか?

 こういった機能が欲しいとかこういう能力を求めているみたいなもので」


「そうね…自分で言うのもなんだけど魔導士として大きな欠点は無いと思っているわ。

 だから私が求めているのは今の力を最大限に引き出してくれる物ね」



 なるほどな…なんとなく形状のイメージも固まってきた。



「でしたらすみません、少しサイズを測らせて貰っても良いですか?」


「え…な、なんのサイズよ…?」



 ミゼリアさんは僕の言葉を聞いて、自分の体を抱きしめるようにしながら数歩後ずさった。

 先ほど後ろから抱き着いた事もあってだろう、その目はほとんど変質者を見るような物だった。


 いや…まあ僕が悪いのかもしれないけどそれはさすがに傷つくな…。



「違いますよ!制作の為に手足や腕のサイズを測るだけですって!」



 説得に少し時間が掛かってしまったが必要な事なので納得してもらうまで頑張った。






「すみません、一つお伺いしても良いでしょうか?」


「…なによ?」



 サイズを測りながら先ほどから少し気になっていたことを聞いてみる事にした。

 ミゼリアさんは少し落ち着かない様子だったが会話には応じてくれるみたいだ。



「いえ、ミゼリア様は魔導士として十分な能力をお持ちだと思います。

 先ほど欠点が無いとおっしゃっていた通り、軍の魔導士としての仕事をこなせる力はあるように思いました。

 それなのになぜわざわざ魔導武具を依頼したのでしょうか?」


「それは…」



 ミゼリアさんはわずかに逡巡する様子を見せた。

 だがそれは本当にわずかな間で、話せない内容というよりは話しにくい、あまり話したくない、といった雰囲気を感じた。



「…アリシア・ウォーレット、名前くらいは聞いたことあるでしょ?」



 うーん…?聞いたこと有るような無いような…。

 もしかしたら世間話かなんかで聞いた事があるかもしれないが特に印象に残っていない。

 家名がミゼリアさんと同じって事はご家族だとは思うけど。



「あら?その顔だと知らないのかしら?…まあ良いわ。

 名前から想像つくかもしれないけれど私の姉よ、少し歳は離れているけれど」



 ミゼリアさんは僕の反応を見て気が抜けたようで、少しだけ笑顔を見せてくれた。

 姉の名前を知らなかった事が嬉しいのだろうか?



「なるほど、お姉さんが居るんですね」


「ええ、ただ私と違って飛び切り優秀だけどね…」



 そう言葉にするミゼリアさんの声にはどこか諦めのような色が混じっている。

 …だがこちらに顔を向けて続けた言葉はとても力強いものだった。



「私は、そんな姉に負けたくないから軍に入ったの」



 ミゼリアさんの表情はとても力強いものだ。

 見ているとこちらまで勇気づけられるような、強い意志を感じる瞳だ。



「姉はとても優秀よ。

 武術も魔法も、100年に1人の鬼才と言われるほどにね。

 それに学問や政治についても並の文官では太刀打ちできない程だし一軍を率いて野盗の討伐もしていると聞くわ」


「それは…すごいですね」


「ええ、しかもお堅い人という事もなく誰にでも優しく接するし私にだって……まあそれは良いわ」



 ん?…まあとりあえず非の打ち所がない完璧な人なのだろう。

 リリナにも見習わせたいくらいだ。


 だがわざわざこんな話し方をするくらいだ、ミゼリアさんはそんなお姉さんに思う所があるのだろうか?



「お姉さんが苦手なんですか?」 

 

「そういうわけじゃないわ…。

 …でも!そんな姉と比べられて育った私の気持ちが分かる?

 魔法の才能だけは持って生まれたけれどそれすらも姉の搾りかすだと揶揄された事もあるのよ!

 私がどれだけ努力をしても決して追いつけない、そんな姉を持った気持ちがあなたに!!

 …私が認められないと…必要なんだって示さないと………」



 激しい感情をぶつけられて僕は言葉に詰まってしまった。

 平凡な家庭に生まれ、平凡な生活を送ってきた僕ではミゼリアさんの気持ちを理解するのは難しいだろう。

 僕で言えばリリナになるのだろうか?

 錬金術や魔法の扱い、負けている部分は確かにある。

 だが魔導技術や日常生活の各所に至るまで、僕の方がリリナよりも出来る事柄もある。


 もしリリナの方が全てにおいて僕よりも勝っていたとしたら…確かに不快に思うかもしれないな。


 だがミゼリアさんの感情はそれ以上の何かがあるようにも思えた。



「少し話し過ぎたわね。

 まあそんな訳で私は姉に負けるわけにはいかないの。だから…」



 そこで一度言葉を切り、先の力強い表情に戻った。



「最高の一品をお願いするわ!」




 ―――――――――――――――――――――――

 ミゼリア




 …勢いに任せて依頼をしたけど早まったかしら?

 …いや、大丈夫だ。

 少なくともブラックに頼むよりは良かったはずだ。


 依頼を終え自室に戻って来た。

 色々と思う所、気になる所はあった。

 だがそれ以上に彼のお店での体験は刺激的なものだった。


 1つはプラーナを必要としない魔道具の存在だろうか。

 確かにそういった物を作れる技師も居るという話を聞いたことはあるが、実物があるとは思わなかった。

 それにプラーナを使用した時のあの火力、あれが武器だと言われたら信じてしまいそうな物だ。

 これだけでも彼が優秀な…まあ並ではない技師だと言うには十分だろう。


 もう一つは魔力総量を測る時に流し込まれた彼の魔力。

 はっきり言ってあの量は異常だ。

 私も軍の魔導士として、…そしてあの姉の妹として魔法の才能には十分に恵まれていた…はずだ。

 魔力総量だってそこいらのレベル持ち魔導士の倍はあり、レベルが付与されればさらに増えるだろうとも言われている。

 だが、例えレベルが1、いや3くらいまで上がったとしても受け入れられる量だと思えなかった。


 彼が言っていた、この魔力量だと()()()()()()()()魔法を使えないですね、という言葉。

 あれを聞いた時の私はどんな顔をしていたのだろう?

 彼は()()()()魔法を使える魔導士がどれだけ居るか分かっているのだろうか?

 だがあの底が見えない魔力量を見せられながらでは何も言えなかった。





 素性に怪しい所はないが、普通に考えればただ1庶民だと思うのは無理がある相手だ。


 どこかの国のスパイか何かだと考えるのが自然なんだろうけど…あの間抜け面の裏にそんな真実があるとはとても思えないのよね…。


 どちらにしてもすでに依頼は済ませてしまったし前金だって多めに支払ったのだ。

 今更この依頼をキャンセルしたくない。





 それに私個人としては彼の事は結構気に入っているのよね。


 子供扱いをしないという程ではないが、私の話をちゃんと聞いて、考えて、真摯に対応してくれている。

 子供の我儘だとも言わず私の想いを最後まで聞いてくれた。


 少なくとも私の周りにいる頭の固い大人たちよりは何倍もましだと言えるだろう。



 とりあえず一度試作をしてみるって話だったからそれを楽しみに待つことにしましょう。

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