第29話 研究馬鹿の目指すもの
僕は現在ブラックさんの工房〈魔導技術研究所〉に来ている。
中は相変わらずな様子で、至る所に作りかけ、研究途中の回路や魔道具が散らばっていた。
「わざわざ来てもらって済まんな。
先日聞きそびれた事を確認しておきたかったんだ」
「いえ、それは構いませんが」
先日、浄化装置の修理を開始した時の約束の件だ。
この仕事が終わったら聞きたい事があるという話だったが、あの時はあまりにも仕事が長引き過ぎてお互いに話が出来るような状態ではなかった。
その為後日改めてという事になったので今日こうして足を運んだ次第だ。
「それで、聞きたい事というのは何についてでしょうか?」
「ああ、それなんだが…」
ブラックさんはそこで頭に乗せていたグラスを掛けてから一つの回路を目の前に出した。そして…
「見えているのか?」
と聞いて来た。
なるほど…そういう事か。
いや、ブラックさんなら気付いてもおかしくはないだろうし僕自身も特に隠しているわけでもない。
「はい、青色の流れが二つ」
なので正直に答えた。
目の前に差し出されているのは回路としては特に意味をなさない魔力の通路が2本あるだけの物だ。
そこにブラックさん自身が魔力を通しているのだろう、青色をした魔力の流れが出来ていた。
「なるほどね…俺の魔力はそんな色をしていたのか。
だがこうして聞いてもやはり信じ難いな、魔力が見えているなど」
「まあ…そうかもしれませんね」
魔力
それは通常肉眼では見る事が出来ないものだ。
ブラックさんの掛けているグラスの様にそれを可視化出来る道具は存在するのだがあまり性能が良いとは言えない。
おそらくあのグラスを掛けただけでは魔力がそこにあるという事がぼんやり見える程度だと思う。
魔法という物理的な力に変換されれば誰の目にも見えるようになるが、魔力だけではどこまで溜め込んだとして目で見る事が出来ないのが普通だ。
「それは生まれつきのものなのか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……
あれは僕が10歳の時の話だ。
魔力が見えるようになった。
それ自体はすごく印象深い出来事だったので時期ははっきりと覚えていた。
だがその原因、僕…僕たちの身に何が起こったかについては詳しく知らない。
というのも、僕が覚えているのは事が全て終わった後の話だからだ。
当時、僕とリリナは何か大きな病に罹ったようだった。
何の病かは知らないが、命に係るような重度のものだったという話だ。
だがその病自体は、両親が古い友人から貰ったという秘薬を使う事によって完治出来たらしい。
ただ、病が完治し意識を取り戻した後に別の問題が発生した。
その薬の副作用なのか、それとも何か別の要因があったのか、僕とリリナは魔力が目に映るようになってしまったのだ。
最初はかなり困惑したし日常生活にも支障が出た。
なにせ魔力の豊富なこの世界では、濃度の差はあれど魔力が至る所に存在している。
その為、それが全て見えてしまっているのは常に目隠しをされているに近い状態なのだ。
色々と治療方法が模索されたがこの症状を完治することは出来なかった。
だが魔力操作を覚えることによって、現在の僕とリリナの様に意識して魔力を見ない事は出来るようになったのだ。
「病気から回復したら見えるようになっていたと…よく分からんな」
「まあ僕自身原因が何だったのか分かっていませんから…」
病か薬か、もしくはその両方なのか分からない。
だが魔力操作を覚えてからは、原因についてはあまり考えないようになった。
意識すれば完全に見えないようにすることも出来るのでそれまでと変わらない生活が出来るからだ。
いや…むしろ…。
「だがその目は同じ技術者としては羨ましい限りだな」
「あー…まあ確かに魔導技術や錬金術を学ぶようになってからは便利だと思うようになりましたね」
ブラックさんの言う通り、この目は役に立つことが多かった。
特に魔導技術については大きなアドバンテージとなっているはずだ。
「まあお前さん程の技術者になら相応しい能力だよ、俺としては悔しくもあるがね」
「いえ、そんな…」
「謙遜するな、お前は俺のテストを魔力を通さずにクリアしたんだ。
技術者として一流である事は疑いようもないさ」
「……はい、ありがとうございます」
初めてブラックさんと会った時にはこんな印象を持つとは思わなかったな。
僕は最初、ブラックさんに対してあまり良い印象を持っていなかった。
いきなりテストを仕掛けて来たのもそうだがピッセルさんの事を使えないと言っていた事も理由だ。
だが共に仕事をこなし、こうして話をすることで、技術者として強い誇りを持っているだけなのだと知る事が出来た。
もちろんそれでそれらの行為が許されるという訳でないが、仕事においては信頼のおける相手だと思えるようになった。
「…やはりお前が適任かもしれないな」
「え?何の話ですか?」
話が一区切りついたかな?と思ったがどうやらまだ続いているようだ。
「いや、もしかしたらお前にもう一つ仕事を頼む事になるかもしれん」
「仕事ですか?それは構いませんが…」
「ああ…だが今すぐじゃない。
一度は俺が受けた仕事だ、最後までやりもせずにお前に丸投げはしたくないからな。
もし正式に頼む事になったらまたお前の店に寄らせてもらおう」
ブラックさんの最後の話はかなり気になったが、詳細については頼む事になったら話すとの事で教えて貰えなかった。
まあ仕事の内容を関係ない人に話せないのは当たり前か…。
その後は、今回の報酬についての話を少しだけしてからお店に戻る事となった。
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「おかえりー」
「あ、ララさん、お邪魔してまーす」
お店に戻ってくると、店番をしているリリナともう見慣れる程にお店に来てくれているカレンさんの姿があった。
二人の距離はかなり近く、相変わらず仲が良さそうに見える…という事にしておこう。
「ただいま、二人は相変わらず仲が良さそうだね」
「はい!リリナさんの事は大好きですよ!」
「あ、う…あ、ありがと…」
リリナはやはり照れているだけで嫌がっているということはなさそうだ。
ここまで直球な好意を示されれば誰だって照れるだろうけどね。
カレンさんの好意も…まあリリナと初めて会った時の様子からなんとなく察してはいたが…。
うーん…もしリリナまでそっち方面に目覚めてしまったら僕はどうすべきだろうか…。
そんな馬鹿な事を考えているとカレンさんがいつの間にか僕の近くに来ていた。
「ララさん、少し聞きたい事があるんだけど…良いかな?」
む?どうしたんだろう?
カレンさんにしては珍しく…と言うと失礼かもしれないが、真面目な表情で問いかけてきた。
「はい、良いですよ」
「…ララさんは、リリナさんの事をどう思っています?」
…?なんだこの質問は?意図がまったく伝わってこない。
そのまま答えたら良いのだろううか?
「えーと…大事な家族、大切な妹ですよ。
まあ欲を言えば人見知りを直したり、引きこもりを直したり、部屋の掃除をするようになったり、洗濯物を自分で洗うようになったり、朝一人で起きられるようになったり、好き嫌いせずに何でも食べるようになったりしてくれればと思っているけどね」
「注文多くない?」
何を言うか、まだまだ足りないくらいだぞ。
「いえ…ララさんがリリナさんの事を大切にしているのは見てれば分かりますけど…。
ほら、リリナさんの錬金術ってすごいと思いません?」
なるほど…そっちの話だったか。
これはどう答えるべきだろうか…。
ベネギアさんも僕たちの技術力は規格外だと言っていたし一流だと答えても良いのだろうが…カレンさんがわざわざこうして尋ねるくらいだ、おそらくベネギアさんと同じようにリリナの技術について思う所があったのだろう。
…あてにならない技能レベルについてはこの際考えないようにするか。
「そうですね、かなり高い技術を持っていると思いますよ。
今日もある人からあまり公にはしないようにと釘をさされましたからね。
これからはもうちょっと気を付けるようにしようと思っています」
「そんな事が…。
…んー、でもララさんも一応分かっているようで安心しました」
カレンさんは僕の説明で納得してくれたようだった。
隣で聞いているリリナは「へーそうなんだー」という表情だったが、これについては僕にも関わる事なのでこちらで気を付けるようにしよう。
「あ、そうだ!その事で前々から気になっている事があったんだ。
ついでに聞いても良いです?」
おっと、今度はなんだろうか?
今度は先ほどのような真剣な様子もなく、純粋な興味で聞きたいという感じだった。
「ええ、どうぞ」
「えーっとですね、お二人が今のお仕事をやろうと思った切っ掛けって何だったのかな?って事です」
ああ、切っ掛けか……今日はあの時の話題が続くな。
「まあ、あれだよね?」
「そうだな」
カレンさんの質問は先ほどブラックさんと話した内容に関わる事だ。
僕とリリナがこの道を志す切っ掛け、それはあの病に罹ってからだった。
僕とリリナの目標は、自分達の命を救ってくれた秘薬の作成だ。
錬金術や魔導技術を学びこの道を進む様になったのはそれが理由だった。
両親が言うにはその薬はどのような病にも効果があるという話だ。
当時の僕は自分の命を救ってくれたように、その薬を作って多くの人を助けてあげるんだ!と子供なりに夢を見ていたのを覚えている。
だが錬金術、そして魔導技術も合わせて学んだ事で、あらゆる病に対応出来るというのが実質不可能である事を知識として知ってしまった。
むろん未知の技術や魔法の存在の可能性はあるのだが…。
…諦めたわけではない。
だがその存在に色々な疑問を持つ様になってしまったのだ。
もちろんその薬を所持していた両親に聞いたことはあるのだが、その時は普通の人間には作れない物だ、という妙な言い回しをされ、それ以上の事を教えて貰えなかった。
僕たちが掛かった病の事を含め一人前になったら教えてやるなんて言われていたが今の僕たちならどうだろうか?
暇が出来たら一度故郷に帰ってみるのも良いかもしれないな。
「…ララさんとリリナさんにはそんな過去があったんですね…」
ブラックさんに話したことと僕たちの目標を合わせて話してあげると、カレンさんはいたく感心した様子だった。
「まあ出来事としてはかなり珍しいと思いますがそんなに感心するような話でしたか?」
「それはそうですよ!
錬金術師や魔工技師を目指す人ってあまりいませんからね。
しかも理由が多くの人の命を助ける為だなんて…」
「いや、それは子供の頃の夢であって…」
カレンさんは目をきらきらさせていてこちらの話が聞こえていないようだ。
だが確かに僕たちくらいの年だと錬金術や魔導技術に手を出す人は少ないかもしれない。
若い人は一獲千金を夢見た冒険者か、堅実に行く人でも騎士を目指したりする人が多い。
職人を目指す場合でも花形職業の鍛冶師や料理人を目指す人が多く、どちらかというと地味な錬金術師や求められる知識が深い魔工技師は人気が無かった。
そう考えるとファムさんやピッセルさんは珍しいタイプかもしれないな。
僕の話を聞き終えたカレンさんはその後お店をあとにした。
帰り際に今回の仕事に対して何かお礼がしたいと言ったら…
「じゃあ今度リリナさんと遊びに出かけたいです!」と言うのでリリナを一日貸してあげる事になった。
リリナは微妙な表情をしていたがたまには良いだろう。
同年代の子と遊ぶような機会もリリナには必要だと思う。
さて、とりあえずこれで今回の件は全て片付いただろう。
急な案件ではあったがやりごたえのある仕事だったし概ね満足のいく出来だ。
ただ最近は急に色々な事が起こり過ぎている気もする。
ミルス村での事件からの転居、レオンリバーでの出会いから今回の依頼。
魔核や浄化魔道具といった興味深いものを見れる事は良いのだが、たまにはゆっくりと研究に没頭する時間も欲しい物だ。
まあこれだけ事件が続いたんだ、しばらくは平穏な日が続いてくれるだろう…?
2章終了。
3章開始までにいくつか別の話を挟む予定です。




