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EX2 ファム(1)

 …なんだか嫌な予感がする。


 それが今日の朝一番に思った事だ。



 ファムさんのお店『プリン・ファム』に見学に行ったのが10日前の事なので、今日がファムさんが来ると言っていた約束の日になる。

 だが特に時間の指定はしていなかったとはいえ、お昼を過ぎ、そろそろ片付けを始めようかな?という時間になっても一向に現れなかった。



 まあ来ないならそれでも良いんだけどね。

 …いや、むしろ来ないでくれた方がありがたいな。



 あの時に見たファムさんの表情が脳裏をよぎる。

 表面上だけを見れば普通に微笑んでいるようにも見えた…だが、あの表情はまるでこちらの事を同じ人間とは思っていないように感じたのだ。


 獲物を前にした蛇の様な、値踏みをしつつも隙を見せたら取って食われそうな印象を持ってしまう瞳。

 あんなものを見せられては苦手意識を持つなというのは無理な話だ。



 出来ればこのまま閉店まで過ぎ去ってくれれば…。



 だが、そんな僕の願いも空しくまさに閉店間際という時間に彼女は現れた。





「こんにちは、遅くなってごめんなさいね」


「いえ、特に時間は決めていませんでしたから。

 ファムさんはお店がお忙しいでしょうしいつでも大丈夫ですよ」



 もちろんこちらにも都合があるのでいつでもは困るのだがこの人との会話は出来るだけ穏便に済ませたい。


 店内に入って来たファムさんはさすがに以前の様なローブ姿ではなかったが結構地味な服装だった。

 柄物ではあるが暗い色合いの上下、スカートも膝丈程で()()()()()華美な印象をまったく受けなかった。


 だが、ファムさんの場合は如何に地味な服装に身を包んだとしても、本人の持つ美貌、緩くウェーブのかかった長く美しい髪、完璧なまでに整ったプロポーション、それらが合わさって凄まじいまでの色気を放っていた。


 あの表情を見る前だったら惚れていたかもしれないな…。


 だが今の僕にはこの美貌すらもこちらを陥れる罠に見えて仕方がなかった。



「確かお店を見たいという話だったと思いますがいかがでしょうか?」


「そうね、まあ小さいのはしょうがないとしてももうちょっと明るくしたら良いんじゃないかしら?」


「なるほど、確かにそうかもしれませんね」


「で・も、錬金術師としてはやっぱり商品が重要よ」



 ファムさんはそう言って手近にあった錬金薬を手に取った。


 あ、それは……まあ相手はプロだし大丈夫だろう。



「先輩である私があなたのお薬を見てあげるわ♪」



 そしてそのまま薬瓶の蓋を開けて中身のにおいを嗅いで…って!?



「ん!?げほっ!ごほっ!ごほっ!」



 おもいっきり咳き込んだ。


 いや…あんな物の臭いを直に嗅いだらそうなるよ…。

 この人は何がしたいのだろうか?



「ごほっ、んんっ、はぁ…はぁ……はー…。

 な、何よこれは!!腐ってるんじゃないの!?」



 そう言ってファムさんがテーブルの上に置いた錬金薬はあれだ、精力剤だ。

 この薬、ポポの草の2番抽出液から作られるのだが1番の抽出液よりもかなり濃厚だし他にも刺激の強い素材がいくつか入っている事もあってその臭いはかなり凄い。

 飲む分には臭いを我慢してぐいっとやれば飲めるのだが臭いを直接嗅ぐのだけは避けた方が良い。


 それにしても腐っているはないだろうに。

 まあ臭いだけなら腐っている物の方がまだましかもしれないけれど。


 しかしこの反応、もしかしたら精力剤を知らないのかもしれないな。

 女の子には直接縁があるような物でもないししょうがないのかな?



「それは男性用の薬ですからね…腐っている訳ではありませんよ」

 

「はぁ?男性用の薬って何よ!」



 えぇ…そこから説明しないとダメなの…?


 しょうがないので男性用の薬、精力剤について詳しく説明してあげた。


 最初はどうもピンと来なかったようだが、夜にベッドの上で使う物だという説明で顔を赤くしながらもようやく気付いてもらえた。

 案外こっち方面の話には耐性がないようだ。


 この年頃の娘さんに精力剤について説明するってどんな罰ゲームだよ…。



「ん、んー、ごめんなさいね、ちょっと取り乱しちゃったわ」


「いえ」



 全然ちょっとと言う感じではなかったがもちろんそんなつっこみは入れない。



「精力剤か…どこかで見た気がするんだけどどこだったっけ…?

 結構昔の事だったと思うんだけどな…」



 ファムさんは一人でぶつぶつと呟きながら何かを考えているようだった。

 聞こえる口調がなんだかいつもと違っているがもしかしたらこれが素なのかな?



「それじゃあそうね…ちょっと他の商品を見せてもらってもいいかしら?」


「ええ、どうぞ」



 何をするつもりかは知らないがこちらもそろそろ閉店の時間だ。

 ファムさんには自由に見てもらっておいて僕はお店の片づけをすることにした。




 ―――――――――――――――――――――――




 うーん…いつまで見ているつもりだろう?


 お店の中と外の掃除、それと毎日はやっていない商品ケースの拭き掃除やら簡単な補修等。

 ファムさんが満足するまでと思って作業をしていたが、すべてを終えてもまだ商品の観察を続けていた。


 いい加減お店を閉めたいんだけどな…晩御飯の準備だってあるし。

 しょうがない…



「あの…」「あなた!」



 声を掛けた所で丁度ファムさんからも声が掛かってしまった。


 あーもう、今度は何の用なんだか…。



「錬金術は当然得意なんでしょう?お姉さんが指導してあげるからちょっとやってみせなさい」



 ……はぁ?いや、本格的に意味が分からない。


 どうして急にそんな話に、しかもこんな時間からやれなんて言い出すんだ?

 ファムさんの様子を見ても別に冗談で言っているという風でもなく、こちらの返答を待っていた。



「えっと…どうしてまた急に?」


「あら?先輩である私の指導を受けられるのよ?喜んで受けるのが当然じゃない?」


「えーっと…錬金術は妹のほう「いいから!早くやって見せなさい」


「…はい、分かりました」



 ファムさんの有無を言わせない剣幕に押され了承するしかなかった。

 断ったところでさらに揉めるのは目に見えていたので多分これが最善だろう。



 この時はそう思っていたんだよね…。



 しょうがない、早い所済ませてさっさとお帰り願おう。


 リリナが放置している錬金具、まあ僕が作ったやつなんだが。

 それをテーブルまで持って来てさっそく作業に入る事にする。


 素材はポポの草で良いだろう。

 一応プリム草も仕入れてはいるのだが売っちゃダメと言われているので使わない。

 そして媒体はいつも通りレイカ草を使う。



「変わった形の錬金具を使うのね…。

 まあ良いわ、素材はこれを使ってみなさい」



 素材を取り出そうとしたところでファムさんから待ったが掛かった。

 使ってみろと差し出された素材は…見慣れない植物だ。

 かなり濃い緑色をしており手触りはつるつるしているが硬めの感触だった。



「初めて見る素材ですね、名前はなんと言うのですか?」


「オリボ草って名前みたいよ。

 最近発見された物みたいでね、プリム草には劣るけれど高い薬効を持っているわ。

 何より入手が容易な事もあって注目が集まっているわね」


「なるほど…」



 プリム草は高い薬効を持っているが若干高価な品だ。

 一株の相場は大体大銅貨2、3枚くらい、ここから錬金薬、魔法薬等に加工されていくためどうしても高価な薬になってしまうのが欠点だった。

 それに軍などが大掛りな遠征をするとなると魔法薬の大量注文が発生する為品薄になる場合も多い。

 そんなプリム草の代替品となれば確かに期待は高まるだろう。



「では、さっそくやってみますね」


「ええ、()()()()()()()()()()



 応援の言葉のはずなのになぜか挑戦的な口調だった。



 どうにもファムさんから敵意のようなものを感じるな…。

 特に怒らせるような事をした記憶は無いんだが…まあ気が付かないうちに失礼な事を言った可能性はあるが。


 だが原因…というか態度が変わったのはあの時からだと思う。

 僕が同じ錬金術師、同業者だと名乗ってからだ。


 もしかしたら同業者と何かあったのかもしれないな…まあそれでもこちらに当たるのはやめて欲しいが。



 そんな事を考えながらもとりあえず作業を開始した。


 この素材、オリボ草は表面が少し硬いのでポポの草と同じ工程でやってみる事にする。

 素材ケースに入れて魔力を通す、これだけで裁断、すり潰しが行われて粉末状になったオリボ草が取り出せる。

 粉末状になったオリボ草を錬金容器に入れ、レイカ草と水を追加し魔力を流すいつもの流れだ。


 魔力を通し始めた所で少し違和感はあったが、いつも通り薬効の抽出は始まった。



「え…」



 後ろからファムさんの声が聞こえたが、それ以上は何も言わなかったので気にせず作業を続ける。




 これは…魔力の通りが悪いのかな?


 抽出が始まってしばらく経ったのだが思った程の薬液が抽出されて来ない。

 質はファムさんが言っていたように良質の物が出ているのだが、思っていた量の半分程しか溜まっていなかった。

 最初は抽出出来る量が元々少ないのかな?とも思ったが、どうも魔力の通りが悪いだけみたいだ。


 多分これがオリボ草の性質なんだろうな…だがこの程度なら対処は難しくない。


 抽出をいったん止めて自分の工具箱から火石を一つ取り出す。

 それを錬金容器の中に入れてから再度魔力を流すと…。



 うん、これなら問題ないな。


 火石を入れた錬金容器の中身は当然だが温度が上がる。

 直接触れるとやけどしてしまうので手袋越しに魔力を通しているのだが薬液の抽出が一気に進行した。


「魔力の通りが悪い?なら暖めたら良いじゃん」以前リリナに言われたときはそんなことで?と思ったのだが、案外そういった基本的な事が重要でかつ忘れがちになるそうだ。




 そんな感じで1段階目の抽出は順調に進んだのだが、2段階目の抽出に入った所でファムさんからまた声が掛かった。



「ちょっと!あなた何をやっているのよ!?」



 ファムさんの声は色々な感情が混ざった困惑しているようなものだったがひどく興奮している事が伝わってくる。

 そして、すでにこちらに向ける敵意を隠そうともせずに掴みかからんばかりの剣幕でこちらに詰め寄ってきた。



「え、ファムさんの言う通りに薬効の抽出を…」


「そんな事は分かっているのよ!

 私が聞きたいのはたった今あなたが始めたそれ!

 まさか段階抽出じゃないでしょうね!?」


「ええ、そうですが…?」


「ええそうですが?じゃないわよ!

 なんで…なんであなたみたいな素人が段階抽出なんて高等技術を扱えるのよ!」



 段階抽出が高等技術…?


 確かに簡単なものではないだろうし僕自身も錬金術を覚えてから習得までに数年は掛かった。

 だが成人前には使えるようになっていたのであまり意識した事は無かったのだが…。


 それに勘違いもしているようだ。

 これでも10年弱は錬金術を扱ってきているのだ、さすがに素人とは言わないだろう。



「落ち着いて下さい、別に私は素人というわけじゃありませんよ。

 段階抽出だって何年も掛けて習得したものなので特別な事は何も…」


「っ!?特別な事は何も…?

 私が、私が10年以上掛けてようやく……それを特別な事は無い、ですって?」



 ああ…火に油を注いだみたいだ…。



「…けない…負けないから!

 私が!私が誰よりも優れた錬金術師にならなきゃいけないのよ!

 あなたみたいなぽっと出の新人には絶対負けないんだから!」



 お店に来た時に見せていた大物感…の演技もすでに無く、だだをこねる子供の様に、感情の赴くままに怒りをぶつけてきた。

 そしてそのまましばらくこちらを罵倒したかと思うと最後に、



「今度私の店に来なさい!本当の錬金術がどんなものか見せてやるんだから!」



 と言ってこちらの返答も待たずに帰って行った。





 この時の僕はどんな顔をしていたのだろう?


 嵐が去って安堵していたのか?それともこれから先の事を考えて嘆いていたのか?

 ファムさんの言葉にはっきり「お断りします!」と言えたらどれだけ良かったか…まあ何の解決にもならないけれど。



 抽出をやれって言われた時に出来ませんって言っておけばこんなことには…。



 こうして僕の中でファムさんは、


 怖くて、騒々しくて、負けず嫌いな子供っぽい美人さんというかなり歪なイメージの人物となってしまった。








 ちなみにこの後リリナから、なにやってんの?とか、ご飯まだー?とか言われた。

 ある意味こっちも厄介な人物なのだがファムさん程怖くも騒々しくもないのでまだマシなのかもしれない、そんな不毛な感想を抱いてしまった。

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