第二話
2.
「ふー…」
夜の公園。
本日の仕事を終えた古河達矢は、ベンチに座りこんで息を吐いた。
達矢が警官という仕事に就いてからもう幾年は経過している。
だが、未だに事件現場の雰囲気には慣れることが出来ない。
人が死んでしまった場所に慣れる方が無理と言う話だ。
もちろん、警察官、それも俗に刑事と呼ばれる仕事の上では慣れなければいけないのだろう。
だがどうしても、人として慣れてはいけないという一般人のような感覚が
その時その時に身体を支配するのだ。
そんなことを言っていては、ついつい今回も頼ってしまった、
幼馴染にして探偵である彼女は笑うだろう。
「らしくない」と、そう言って。
「…何かあるなら最後まで言えっての」
現場を出て行く前に樹理が言った「…その割に…」が何を言おうとしていたのかを、
別れた後からずっと考えてみたが、想像すらもつかない。
確かに、彼女の探偵としての能力―つまり洞察力や観察力、記憶力など―は異能過ぎるほどに素晴らしいものがあり、幼い頃から彼女の近くにいたおかげで少しは身についたとはいえ、自分の能力は彼女のそれからは程遠く、当然そんな彼女の考えに自分のそれが及ぶはずもないのだが。
「…被害者の弟子って割に…何だ?」
まぁ、それだけ長く考えていても出なかった答えが今簡単に出ると思うほど、
達矢も間抜けではないと自負しているのだが。
だが、人間の性と言うものなのか、どうにも「分からない」と言うことに対して何とも言えず、
それを無理矢理言葉で表現するなら歯がゆいものがある。
「何だ、古河か」
「!大井警部…?!」
「お前、傍から見りゃかなり怪しかったぞ」
不審人物に見えたから、職務質問しそうになったじゃねぇか、と隣に座りながら続ける。
「…すいません」
「にしても。
お前またあの子に捜査協力頼みやがって。上の連中がうるさいの分かってるんだろうが」
「……」
「あの子がすごいのは俺もよく分かってはいるが、探偵なんてやってても、
裏を返せば一般人に変わりはないんだぞ」
「…分かっては、いるんですけど」
「…それとも」
「はい?」
「いや、いい。俺もまだ馬には蹴られたくない」
大井はそう言うと「じゃあな」と片手を上げて立ち去っていった。
「……」
大井が来る前と同様に思考に浸りそうになった時。
「あれ、達矢?」と言う昼間別れたきりの少しだけ高いアルトの声。
「!樹理…」
「仕事終わったんでしょ?帰らないの?」
「…あぁ…帰らないとな…」
「もしかして、昼間のアレを考えてたとか?」
と言って笑う樹理。
「誰かさんが中途半端に言って、帰りやがったおかげでな」
その笑いにムッときた達矢が、思い切り皮肉を込めて言う。
「そんなこと言われても…ホントに確証取れなかったんだからしょうがないでしょ?」
「確証が無くても言えよ。気になるだろ」
「間違ってても文句言わないでよ?」
小さくため息を吐いて隣に座る樹理。
「ってか俺だって自分で訊いたことなんだから普通言わないっての」
「じゃあをれを信頼して言うけど…私が変だと思ったのは癖、なんだよね」
「癖?」
「例えば達矢ならノックの仕方とか」
「?」
「ノックって、普通に叩いてるつもりでも、叩き方とか指の構造で違う音になってるんだよ。
達矢なんか特にそう」
「知らなかった…」
「それでね。
被害者の弟子は上着の着方が2人を除いて被害者にそっくりなんだよ。
ほら、師弟って気付かないうちに癖も似るでしょ?
だからおかしいなって思ったんだ」
「上着の着方…だから確証が取れないって言ってたのか…」
「うん、偶然だったら困るから、それで言わなかったんだ」
「…なるほど」
「私が答えた代わりに。
私も少し引っかかったことがあって…その答えを教えてくれる?」
「答えられることならな。で、何だ?」
「容疑者の話をした時、奥さんが除外って言ったのは、どうしてなの?」
「あの奥さん、とても殺人なんて出来る人間じゃないみたいなんだよ。
警察の人間でさえ話を聞くのも躊躇うくらい落ち込んでたし」
「…そっか」
「そ。
…でも、よし。やっぱり聞いたらすっきりしたな。じゃあ帰るぞ」
ベンチから軽く跳ねるように立ち上がり、樹理を振り返る。
「え?」
「お前も一応は女性なんだし、夜道を一人で帰らせる警察官がいるか」
「一応って何。一応って。しかもそのセリフって、一般的には警察官、じゃなくて男、だよね?」
「うるさい。ほら行くぞ」
いつもの調子に戻った達矢と数秒剥れたような顔をして、それから達矢を追う樹理。
その様子を、月と街灯の光が照らしていた。




