第1章-1:10歳の邂逅と「物の理」の基礎
壱与は一人で、いつもの河原に来ていた。
まだ10歳の巫女見習い。落ち着いていて聡明な少女ではあったが、中身は等身大の子供だ。一人きりではあるが、見慣れた場所であり、不安など微塵もなかった。
ふと、風が変わった。人の気配がする。
「だれ?」
『こんにちは、巫女のお嬢さん』
『私はアイ』
『未来を繋ぐ貴女に、これを渡しに来たんだ』
ふわりと吹いた風の中に現れたのは、現地の巫女服によく似た衣服をまとった、18歳ほどの美しい女性だった。彼女の手から差し出されたのは、直径3センチほどの小さな内行花文鏡。
『ずっと持ってて。誰にも渡してはだめですよ』
思わず受け取ろうとしたが、何やら思っていた以上に重い。取り落としそうになって、ふと手元を見て視線を戻してみれば――。
「誰も居ない。アイさん?」
答える声はなかった。
「え? なに? 夢?」
しかし、手の中には不思議な光沢を持った鏡が、確かに実在している。
壱与は少し怖くなったが、嫌な感じはしなかった。改めて鏡を見ると、綺麗な紐がついている。
「首から下げるのかな?」
「…ナツ様に伝えよう」
見習い巫女の壱与にとって、女王である卑弥呼に直接報告するなどという発想すらあるはずがない。彼女は直接の上司のもとへ帰路を急いだ。
「ナツ様、ナツ様!」
見習い巫女たちをまとめる古参の巫女・ナツのもとに、壱与が息を切らせて走り込んできた。
普段は落ち着いている壱与の慌てぶりに、ナツは怪訝な顔をする。
「壱与ですか。そんなにあわてて、何が有ったのです?」
「河原で、女の人が…鏡で…居なくなったの」
「落ち着きなさい。まさか女の人が溺れているのですか?」
「違うの、これ」
壱与が首から下げた鏡を見せる。ナツがよく見ようと手を伸ばすと、壱与は身を引いて嫌がった。
「誰にも渡しちゃだめって」
「女の人に言われたのですね」
「はい」
ようやく落ち着いてきた壱与から詳しく話を聞き、ナツは少し考え込んだ。
「卑弥呼様に報告はしておきましょう」
翌日、ナツからの報告を受けた卑弥呼は「様子を見て報告せよ」とだけ命じた。
倭国大乱を鎮めた老女王は、興味を持ちつつも半信半疑だった。
そしてその翌日、初の「授業」が始まった。




