7.説明書が法律より先に適用され始めた件
※いつの間にか、仕事のやり方が少しずつ揃っていくことがあります。
朝、出社すると社内システムに通知が出ていた。
『Manual_AI 法令連携モード:稼働中』
その表示を見ても、すぐには意味がつながらない。
「法令連携……稼働中?」
思わず呟くと、隣の同僚がコーヒーを飲みながら答える。
「昨日からですよ。法律よりManualが先に処理されるやつです」
「法律より先……?」
順番の言葉が、少し引っかかる。
そんなもの、どこで決まっているんだ。
PCを開くと、法務関連の表示が整理されていた。
『法令適用:Manual_UI準拠』
画面は単純に見える。
ただ、単純すぎる気もする。
手順が並び、そのまま進めば処理が終わる構造になっている。
後輩が画面を覗き込む。
「これ迷わなくて良いですよね。もう解釈しなくていいんですよ」
「解釈しない?」
「選べば処理される感じですね」
言葉としては理解できる。
ただ、どこかで前提が抜けている気がした。
午前の会議。
法務連携の説明が淡々と続く。
『法令文はManual基準により再構成され、適用順序が統一されています』
同僚が手を挙げる。
「それって法律そのものが変わったという認識であってますか?」
担当者は資料をめくりながら答える。
「変わっていません。適用の順番だけ整理しています」
同僚は軽く頷く。
「なるほど。ありがとございます。まあ、結果は同じですね」
そのまま話は進む。
昼休み。
食堂はいつも通りだった。
同僚がスマホを見ながら言う。
「あ、ガチャ爆死した…」
「まだやってるのかよ」
別の同僚が箸を動かしながら続ける。
「やめ時が見つからないんだよね」
同僚が笑っている。
そのやり取りの横で、生姜焼きを口に運ぶ。
変わらない音と、変わった仕組みが同じ場所にある。
「そういえば、前より法律関連が分かるようになりましたよ」
後輩が何気なく言った。
「分かるように?」
「説明が揃ってるからですかね。迷いにくいというか」
同僚が軽く言う。
「それいいじゃん」
「まあ、そうですね」
誰も深くは考えない。
午後。
社内システムに表示が出る。
『Manual基準優先適用中:法令整合確認済み』
後輩が画面を見ながら言う。
「もう法律よりこっちが先ですね」
「こっちが先?」
「こっちで揃えてから、法律に合わせる感じです」
説明は分かる。
ただ、その“順番”というものが少し曖昧に感じる。
「それって、法律の意味は変わらないんですか?」
気づけば口に出していた。
後輩は少しだけ考える。
「変わってないですよ。使われ方が揃っただけで」
その言葉は正しいようにも聞こえる。
ただ、どこか軽い。
夕方。
別部署とのやり取りでも同じ説明が返ってくる。
「Manual基準で処理してます」
「今はそちらが前提ですね」
言葉が少しずつ均されていく。
帰り際、通知が出る。
『法令適用エラー検出:0件』
隣の同僚が画面を見て言う。
「もうミス起きないですね、これ」
笑いは短い。
エレベーターに乗る。
表示が切り替わる。
『法令判断:Manual準拠により事前確定』
後輩がぽつりと言う。
「迷わなくていいのは楽ですね」
その言葉に、少しだけ間が空く。
迷うという感覚が、薄くなっている気がする。
エレベーターが開く。
法務担当が立っている。
「法律適用はManual基準で問題ないですよね?」
一瞬だけ考える。
問題という言葉の範囲が、少しずれる。
「……現場ではそうなっています」
それで会話は終わる。
廊下を歩きながら思う。
法律は変わっていない。
ただ、先に並ぶものが変わっているだけだ。
そして、誰もそのことを不自然には思っていなかった。
(第7話・終)
気づけば、以前より迷う場面が減っている気がします。
それを良いことと感じるかどうかは、人によるのかもしれません。




