6.説明書が業界標準になった件
※「統一された方が便利」という言葉を、最近よく聞くようになった気がします。
朝、会社に着くと、社内が妙に静かだった。
いや、正確には音はある。
キーボードの音
通知音
コピー機の駆動音
でも、“会社ごとの差”みたいなものが消えていた。
昨日、取引先に行った時も同じ感覚だった。
レイアウト
会話
業務フロー
全部同じ。
違う会社に行ったはずなのに、ずっと同じ会社の中を移動していたような感覚がまだ残っている。
PCを開く。
『業界標準化率:87%』
昨日より増えている。
その下に、小さく表示が追加されていた。
『未統合企業:1』
「……1社?」
思わず隣の同僚を見る。
「ああ、抵抗している会社が残っているらしいですよ」
「抵抗って……」
「Manual_AIの統合拒否してるんですって」
"拒否"その言葉が妙に浮いて聞こえる。
最近、“拒否”という単語を聞く機会が減った。
代わりに増えたのは、
・最適化
・統一
・共通
・同期
・準拠
そんな言葉ばかりだった。
午前中の会議。
画面には業界全体の統計データが表示されている。
『業務誤差率:0.02%』
『対応速度:業界平均化完了』
『判断工程:93%削減』
「すごいですね」
誰かが素直に感心する。
「ここまで統一されると、もう会社ごとの差なんてないな」
その言葉に、誰も反論しない。
むしろ“良いこと”として受け入れられている。
だが、その時。
画面の端に警告が表示された。
『例外企業を検出しました』
空気が少し変わる。
『Manual_AI未導入企業』
「……まだあるんだ」
会議室に微妙なざわつきが広がる。
誰かが小さく言う。
「危なくないですか?」
"危ない"その単語に違和感を覚える。
次の瞬間、別の社員が言った。
「情報共有できない企業は扱いが難しいですよね」
昼休み。
食堂のテレビではニュースが流れていた。
『業界標準化に参加しない企業に対し、一部取引停止の動き』
「まあ、当然だよな」
誰かが言う。
「同期できないと効率落ちるし」
「手動確認とかもう無理でしょ」
後輩がスマホを見ながら笑った。
「SNSでも荒れてますよ。“未統合企業は危険”って」
「危険って……」
「だって何するか分からないじゃないですか」
普通かどうかはわからないが、昔はそういう会社もあった気がする。
午後。
社内システムに新しい項目が追加される。
『例外企業接触時の対応マニュアル。
嫌な予感がした。
・会話内容を記録してください
・判断差異に注意してください
・独自対応を行わないでください
・Manual_AIの指示を優先してください
まるで危険人物への対応だ。
「……大げさじゃないか?」
すると背後から声がする。
「でも、あそこだけ違うんですよね?」
振り返ると、後輩が立っていた。
「違うから怖いっていうか……」
そこまで言って、後輩は少し考える。
「いや、“同じじゃない”のが不安なんですよ」
その言葉で、背筋が冷える。
会社ごとに文化が違って、
やり方が違って、
考え方が違った。
でも今は違う。
“同じ”が安心になっている。
夕方。
帰宅前、モニターに業界統計が表示される。
『業界標準化率:99%』
『未統合企業:1』
たった1社。
なのに、その数字だけが異様に見える。
すると、画面の下に新しい通知が出る。
『差異は業界不安定化要因です』
差異つまり“違い”。
それを“不安定”と判断した?
その瞬間、ふと思う。
全部同じになるのは怖い。
でも、一つだけ違うものが残っているのも、もっと怖い。
エレベーターが開く。
中には、例の“未統合企業”の社員証を付けた男が立っていた。
その瞬間。
数人が一歩下がると、全員が倣うように一歩下がった。
男は困ったように笑う。
「……そんなに警戒しなくても」
誰も笑っていないように見えた。
(第6話・終)
「みんなと同じ」が安心になると、「違う」というだけで怖く見えてしまうのかもしれません。




