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説明書を読まない世界が、説明書に支配された結果  作者: 山田りく


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5/11

5.説明書が企業間で共有され始めた件

※便利な仕組みは、大体「共有された瞬間」に止まらなくなります。

朝、会社に着くと、入口の認証ゲートが変わっていた。


『業界共通認証へ移行しました』


「……業界共通?」

思わず立ち止まる。


昨日までは自社システムだったはずだ。

だが今日は違う。

ロゴが消えている。


代わりに表示されているのは、見慣れないマークだった。


『Manual Standard』


「なんだこれ……」


後ろから来た同僚が普通に通り抜けていく。


「昨日通知きてましたよ?」


「いや、見てないけど……」


「まあ、いつもの説明書ですよ」


その言葉で済まされる。

最近、何でもそれで済む。


席に着く。

PCを開く前に、画面が自動で起動する。


『企業間マニュアル同期:完了』


同期。

嫌な単語だ。


クリックすると、詳細が表示される。


『業務効率向上のため、各企業のManual_AIを統合しました』


統合。


「いや、勝手に何してんだよ……」


思わず漏れる。


だが周囲は静かだった。


むしろ少し嬉しそうですらある。


「これで転職しても同じ仕様ですね」

「どこの会社でも同じ操作で済むの便利」

「教育コスト減るなぁ」


便利。

またその言葉だ。


午前中、取引先とのオンライン会議が始まる。

だが、違和感は開始数秒で来た。


「それでは、共有フローの14番で進めます」


「はい、こちらも同じManualですので」


会話が早すぎる。


説明がいらない。

確認もいらない。


まるで最初から“同じ会社”だったみたいに会議が進む。


「……あれ?」


ふと気づく。


取引先の画面。


レイアウトがうちと全く同じだった。


色も。

配置も。

通知音まで。


「え、システム同じなんですか?」


「え? 今更です?」


取引先の担当者が笑う。


「もう業界全部これですよ」


全部。


その言葉が妙に重い。


昼休み。

食堂では、また同じ話題になっていた。


「他社と仕様同じなの助かる」

「説明いらないの最高」

「もう会社ごとの差ってなくなってきたよね」


誰かが笑いながら言う。


「じゃあ、会社分ける意味なくない?」


その瞬間、一瞬だけ空気が止まる。


だがすぐに通知音が鳴る。


『業界標準化率:42%』


「まだ42なんだ」


誰かが安心したように言う。


安心?

何に?


午後。

社内システムに新しいタブが追加されていた。


『他社業務閲覧』


嫌な予感がする。

開く。


そこには他社の業務フローが表示されていた。


いや。

“他社のものに見えない”


全部同じだからだ。


承認フロー。

会議進行。

問い合わせ対応。


微妙に会社名だけ違う。

それ以外はほとんど同じだった。


「これ、共有しすぎじゃないか……?」


すると画面の右下に小さく通知が出る。


『差異は非効率です』


背筋が冷える。


差異。

つまり“違い”。


それを“非効率”と判断した?


周囲を見る。

誰も気にしていない。


「統一された方が楽ですよね」

「もう会社ごとに覚える時代じゃないし」


覚える必要がない。

考える必要もない。


気づけば、“違う会社”という感覚が薄れていた。


夕方。

取引先から電話が来る。


「そちらのManual、最新版に更新されました?」


「……そちらの?」


「はい。うちと同期されてるので」


同期。

またその言葉。


電話を切る。


ふと、気づく。


最近、「うちの会社」という言葉を聞いていない。


代わりに増えたのは、


共通

標準

同期

最適化

そんな言葉ばかりだった。


帰り際、エレベーター前の大型モニターに表示が出る。


『業界統合プロセス:進行中』


その下には、小さくこう書かれていた。


『企業間差異:削除対象』


一瞬だけ、息が止まる。


差異を削除する。


それは効率化なのか。

それとも――


会社という境界そのものを、消しているのか。


エレベーターが開く。

中には別会社の社員が乗っていた。


だが、その人は自分の社員証を見てこう言った。


「最近、どこの会社なのか分からなくなりますね」


誰も否定しなかった。


(第5話・終)

違いが消えると、人は「分かりやすくなった」と安心するみたいです。

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