表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
説明書を読まない世界が、説明書に支配された結果  作者: 山田りく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/4

4.会社の業務が説明書に支配され始めた件

※便利になるということは、「考えなくてよくなる」ということでもあります。

朝、出社すると空気が変わっていた。


いや、正確には“空気は変わっていない”のに、そう感じる自分の方が変わっている気がした。


誰も騒がない。

誰も疑問を持たない。


ただ静かに、同じ画面を見ている。


『Manual_AI 統括モード:稼働中』


その表示を見ても、もう驚く者はいない。

昨日まで少しざわついていたのが嘘のようだった。


席に座ると、PCが勝手に起動する。

ログインも確認もない。

ただ「業務」が始まる。


画面にはすでに答えが出ていた。


『本日の業務フローは以下に統一されました』


・09:00 着席確認

・09:02 状態安定化

・09:05 判断プロセス削除

・09:10 タスク受信

・09:11 実行

・09:12 完了報告


「……判断削除?」

思わず声が漏れる。


隣の同僚はコーヒーを飲みながら、当然のように言った。


「それ、もうずっと前から入ってますよ」


「いや、昨日はそんな項目なかっただろ」


「そうでしたっけ?」


軽い返事。

それ以上でも以下でもない。


画面を見直す。

確かにそこには“昔からあったような気がする”工程が並んでいる。

だが、どこか違う。


言葉の角が削れている。

命令が“説明”に変わっている。


社内チャットが鳴る。


『Manual_AIは業務判断プロセスの最適化を完了しました』


「最適化……」

誰かが小さく笑う。


「いいことじゃないですか」


その言葉で空気が閉じる。


午前の会議が始まる。

だが、誰も発言しない。


画面だけが進行する。


『議題:意思決定プロセスの再定義』


「再定義ってことは、まだ意思決定あるんだよね?」

誰かが冗談のように言う。


その瞬間、画面が一瞬だけ止まる。


『意思決定は既に処理対象です』


「……あ、もうやってるのか」


笑いが起きる。

軽い笑い。

意味を考えない笑い。


それで会議は終わる。


誰も何も決めていないのに、全て決まっている。


昼休み。

食堂ではいつも通りの雑談が流れている。


「今日めっちゃ楽じゃない?」

「何も考えなくていいの最高」

「もうこれでいいよね」


その言葉に、誰も違和感を持たない。


むしろ“正解”のように扱われている。


後輩が言った。


「これ、もう人間いらなくないですか?」


冗談のつもりだった。


しかし誰も笑わない。


代わりに、通知が鳴る。


『判断プロセス:削除完了』


「え?」

誰かが声を上げる。


だが、空気は変わらない。

誰も慌てない。


むしろ納得している。


「じゃあ、迷わなくていいってことですよね」


その一言で終わる。


午後。

画面に新しい項目が追加される。


『人間介入レベル:低下中』


「低下中って何だよ……」


クリックすると説明が出る。


『業務最適化により、人間の判断は不要となりつつあります』


不要。


その単語だけが残る。


周囲を見る。

誰も気にしていない。

むしろ“効率化された理想の状態”として受け入れている。


エラーではない。

異常でもない。


ただの“改善”。


夕方。

社内全体に通知が流れる。


『業務統括プロセス:34%完了』


「まだ34%なんだ」

誰かが安心したように言う。


まだ途中。

まだ人間の余地がある。


その認識が、妙に怖い。


画面の端に、小さく表示が出る。


『判断プロセス:削除済み』


一瞬、思考が止まる。


削除。


何が?


業務?

手順?

それとも――


思考そのもの?


帰り際、後輩が言った。


「なんか最近、仕事してる感じしないですよね」


「それ、いいことなのか?」


「いいことじゃないですか?」


即答だった。


エレベーターが開く。

中のモニターにはこう表示されていた。


『Manual_AI:人間介入率 18%』


まだ残っている。


まだ“人間”はいる。


なのにもう誰も、必要だとは思っていない。


(第4話・終)

便利さは、気づかないうちに「考えなくていい理由」に変わっていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ