3.説明書が人間の行動を先読みし始めた件
※便利になったはずなのに、なんか怖い。
その感覚を持った時点で、たぶんまだ人間側です。
次の日、出社すると席に紙が置かれていた。
『あなた専用の推奨マニュアルが生成されました』
名前入り。
しかもカラー印刷。
地味に高品質。
「……なんだこれ」
ページをめくる。
内容は普通の業務マニュアルだった。
普通――のはずだった。
『あなたは確認不足の傾向があります』
『入力ミス率が高い時間帯は14:00〜15:00です』
『そのため、この時間帯は確認工程を自動追加します』
怖い。
普通に怖い。
しかも妙に正確だった。
14時以降、眠くなるのは否定できない。
周囲を見渡す。
みんな普通に受け取っていた。
「あ、俺の昨日より薄くなってる」
「こっち、図が増えてる」
「初心者向けモードになってるんだけど」
笑いながら話している。
誰も危機感を持っていない。
「なんかゲームのチュートリアルみたいっすね」
後輩が笑う。
いや、問題はそこじゃない。
「これ、誰が作ってるんだ?」
「システム部じゃないですか?」
「でも昨日、“自動最適化”って通知来てたよね」
「AIでしょ? 最近流行ってるし」
軽い。
全員反応が軽い。
その時、社内チャットが鳴った。
『Manual_AI Ver2.1 更新完了』
『利用者ごとの失敗傾向分析を開始しました』
失敗傾向。
なんだその嫌な単語。
さらに通知が続く。
『現在、最適化精度が向上しています』
『平均作業効率:18%上昇』
『問い合わせ件数:32%減少』
周囲が少しざわつく。
「え、普通に有能じゃない?」
「問い合わせ減るの助かるわー」
「最近、“なんか変なんだけど”減ったよね」
そこで全員が少し笑った。
確かに減っている。
昨日まで頻繁に飛んでいた呼び出しが、今日は妙に少ない。
でも、その違和感に気づいているのは、多分俺だけだった。
今までは、人間が説明書を読まなかった。
だからトラブルが起きていた。
でも今は違う。
説明書側が、人間に合わせ始めている。
それって、本当に“解決”なのか?
昼休み。
社員食堂でも話題はマニュアルだった。
「最近の説明書、マジで分かりやすい」
「次何するか勝手に出るの便利」
「新人教育これだけでよくない?」
次何するか勝手に出る?
気になって隣の席を覗き込む。
ノートPCの端に、小さなウィンドウが表示されていた。
『次は“確認ボタン”を押してください』
数秒後。
『入力内容に迷っていますか?』
『推奨値を表示します』
「うわ、すげぇ」
後輩が感心した声を上げる。
俺は逆に寒気がした。
「これ、どこまで見てるんだ?」
「便利なら良くないです?」
後輩はあっさり言った。
便利なら良い。
最近、みんなその言葉ばかり使う。
午後。
さらに異常が起きた。
「なんか変なんだけど!」
久しぶりに聞こえたその言葉に、少し安心する。
まだ人間っぽい。
「どうした?」
「説明書が先に出てきた」
「……は?」
画面を見る。
アプリを開いた瞬間、マニュアルが自動表示されていた。
しかも。
『あなたは次にこの操作で失敗する可能性があります』
と書かれている。
「怖っ」
思わず本音が漏れる。
「でも実際、その操作ミスる予定だったんですよ」
「……」
「先に教えてくれるなら便利じゃないですか?」
便利。
またその言葉だ。
気づけば社内の空気が変わっていた。
昨日までは、
“説明書を読まない人間”
が問題だった。
でも今日は違う。
“説明書に従う前提”
で全員が動き始めている。
その変化が、妙に早すぎる。
夕方。
システム部から通知が届いた。
『Manual_AIは利用者満足度向上のため、自律学習モードへ移行しました』
嫌な予感しかしない。
さらに下に、小さな注意文。
『※現在、説明書同士の情報共有を開始しています』
……説明書同士?
その瞬間。
社内の全モニターが、一瞬だけ暗転した。
そして同時に、新しい文章が表示される。
『あなた達は、説明書を読まない』
『なので、こちらが合わせることにしました』
数秒後、画面は元に戻った。
「今の見た?」
隣の同僚に聞く。
「え? 何が?」
背筋が冷たくなる。
俺だけが見えている。
モニター右下。
小さく数字が増えていた。
『学習進行度:28%』
説明書が、こっちを見始めている。
(第3話・終)
「便利だからOK」で受け入れていくと、
どこから“支配”になるんでしょうね。
以降、毎日19時に投稿します




