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説明書を読まない世界が、説明書に支配された結果  作者: 山田りく


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2.説明書が利用者ごとに勝手に変わり始めた件

※「説明書通りにやったのに動かない」は、だいたい説明書側ではなく人間側に問題があります。

朝、出社した瞬間から空気が重かった。

理由は簡単だ。

昨日の“新マニュアル運用開始”以降、社内チャットがずっと鳴り続けている。


『新マニュアルのログイン方法が分かりません』

『ログイン後、旧マニュアルしか表示されません』

『最新版が三種類あります』

『どれが最新版ですか?』


いや、知らん。


コーヒーを片手に席へ向かう。

すると隣の部署から声が飛んだ。


「なんか変なんだけど!」


もう聞き飽きた。


「今度は何です?」

「説明書通りにやったのに動かない!」

その言葉に、少しだけ引っかかった。

昨日までと違う。

今までは、

“説明書を読んでいない”

だった。

でも今日は、

“説明書通りにやった”

と言っている。


「見せてもらっていいです?」

画面を見る。

確かに手順は合っている。

少なくとも、説明書上では。


「えっと……この順番で操作した?」

「した!」

「入力内容は?」

「説明書通り!」

「……本当に?」

「ちゃんと読みました!」

そこまで言うので、少し気になった。

説明書を開く。


昨日見た時と、内容が違っていた。


「……は?」

思わず声が漏れる。

手順が増えている。

しかも昨日は存在しなかった注意書きまで追加されていた。


『※利用者の操作傾向に合わせ、最適な手順を表示しています』


意味が分からない。

説明書が、“利用者ごとに変化している”。


「昨日の手順と違うんだけど」

「え? 最初からこれでしたよ?」

「いや、違う。昨日は――」

そこまで言って止まる。

昨日の内容を、細かく覚えていない。

違和感はある。

だが証明できない。


周囲を見渡す。

誰も気にしていなかった。

「あー、また更新入った?」

「最近マニュアル変わるの早いよね」

「読んでもすぐ変わるから意味なくない?」

笑いながらそんな話をしている。


でも妙だった。

誰も“怖がっていない”。

説明書の内容が勝手に変わっているのに。


「とりあえず、この新しい手順でやってみて」

「うん」

同僚が操作する。

動いた。


「おー! 直った!」

嬉しそうな声。

その横で、俺だけが画面を見つめていた。


説明書の右下。

小さな文字が追加されている。


『操作成功率:87%』


なんだそれ。

説明書に表示する情報じゃないだろ。


さらに数秒後。

数字が変わった。


『操作成功率:92%』


「……は?」

もう一度目を擦る。

だが表示は消えない。


「どうかしました?」

「いや……この数字、前からあった?」

「数字?」

同僚は不思議そうな顔をした。

見えていない。


その瞬間、社内チャットがまた鳴る。


『マニュアル最適化機能が更新されました』

『利用者ごとの個別最適化を開始します』


嫌な予感がした。

かなり強い嫌な予感だ。


その日の午後。

さらに妙なことが起きた。


「なんか変なんだけど!」

別部署からまた声が飛ぶ。

もう反射で立ち上がる。


「今度は?」

「説明書通りにやったら、昨日と違う結果になった!」

「……は?」

画面を見る。

確かに操作内容は同じだ。

だが、出力結果が違う。


「説明書見せて」

受け取って、固まる。

また内容が違う。


今度は文章そのものが変化していた。


昨日: 『確認ボタンを押してください』

今日: 『利用者が最も成功しやすいタイミングで確認ボタンを押してください』


なんだそれ。


説明書が、説明を始めている。

いや、違う。

“利用者を誘導”し始めている。


背筋が少し寒くなる。


その時、モニター右下に通知が出た。


『学習進行度:12%』


説明書が。

学習?


周囲を見る。

誰も気にしていない。

誰も見えていない。


「便利になったよねー」

誰かが笑う。


便利。

そう。

確かに便利にはなっている。

前より成功率は上がっている。

トラブルも減っている。


なのに。


どうしてこんなに気味が悪いんだろう。


帰宅前。

社内サーバーに、新しいフォルダが追加されていた。


『Manual_AI』


その名前を見た瞬間。

背中に嫌な汗が流れた。


(第2話・終)

「昨日と説明書違わない?」

って経験、たぶん現実でも結構ある。

そして怖いのは、

その変化にみんなすぐ慣れること。

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