8.行政手続きが説明書形式に変わった件
※業務手順は、気づくと少しずつ変わっていることがあります。
その変化は、説明される頃にはもう当たり前になっています。
朝、出社すると社内システムに通知が出ていた。
その事にもう違和感を感じない。
『行政手続きインターフェース更新完了』
ただ、その表示を見て面倒だとため息がでる。
「これってどういう意味だ?」
隣の同僚が画面を見ながら答える。
「役所系の申請、全部Manualになりました。昨日からですよ」
「……また変わったのか」
理解できるが、変化に対する気持ちが追いつかない。
少しずつ別物になっているように感じる。
PCを開くと、業務メニューの一部が切り替わっていた。
『行政手続き(Manual_UI)』
アイコンをクリックすると、申請書ではなく手順だけが並んでいる。
・やること①
・やること②
・確認項目
・完了条件
後輩が画面を覗き込みながら言う。
「書類いらないです。選ぶだけです」
「もう作業というより、選択の確認に近いな」
なぞるように呟いた言葉が、妙に喉に引っかかった。
ただ、それでも処理としては成立していそうだ。
後輩は特に違和感もない様子で続ける。
「全部こっちで整いますよ」
午前の会議。
行政連携の説明が淡々と進む。
『行政手続きはManual基準により再構成され、処理順序が統一されています』
同僚が手を挙げる。
「申請方法が変わったという理解でいいんですか?」
担当者は資料を確認しながら答える。
「変わっていません。手順を明確にして整えただけです」
その説明は一応筋が通っているように聞こえる。
ただ、"整えた"という言葉の範囲が広すぎる気がした。
昼休み。
食堂はいつも通りだった。
同僚がスマホを見ながら言う。
「今度釣りに行かないか?」
別の同僚が続ける。
「いいよ。新しい竿買ったんだ」
会話は軽く流れていく。
その横で、鯖の味噌煮を口に運ぶ。
先ほど食べた塊に小さな骨があり少し顔をしかめた。
「前より行政手続きが分かりやすくなりましたね」
後輩が何気なく言う。
迷う場面が減ったことを、単純に良い変化として捉えている様子だった。
「それはいいことだろ」
同僚も同意し、そのまま話題は終わる。
午後。
社内システムに表示が出る。
『行政申請:自動処理モード』
確認だけで処理が進む設計になっている。
気づけば、操作の記憶が薄いまま申請が完了している。
画面には結果だけが残る。
『Manual基準により申請完了』
後輩が淡々と言う。
「もう処理してありますよ」
いつの間にか終わっている感覚だけが残る。
「ありがとう」
とても楽でいい。
夕方。
別部署とのやり取りでも同じ説明が返ってくる。
「行政はManual基準で統一されています」
「今はそれ前提です」
会話はそれ以上広がらない。
むしろ、その前提で話が進む。
帰り際。
通知が光る。
『行政手続き説明書化率:100%』
同僚が画面を見て言う。
「もうこれで全部回るんだな」
軽い納得のまま話が終わる。
エレベーターに乗る。
表示が切り替わる。
『行政判断:Manual準拠により即時処理』
後輩がぽつりと言う。
「迷わなくていいのは助かりますね」
その言葉に少しだけ間が空く。
迷う必要がなくなったこと自体に、薄い違和感が残る。
エレベーターが開く。
廊下で法務担当が同僚に話しいる。
「今の行政って、もうほぼManualで回ってるんですね」
「そういう仕様になってます」
会話は短く終わる。
廊下を歩きながら思う。
手続きは簡単になっている。
何をしても“やった”という感覚が起きない。
それでも、誰も立ち止まらない。
(第8話・終)
気がつけば、手順の話をしている時間が一番短くなっている気がします。
たぶんそれは、問題が減ったからではなく、考える場面が減ったからなのかもしれません。




