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計画と違う

聖都アヴァロンを事実上の支配下に置き、王都への帰還路についた【マスターピース】。

沿道の村々は、現人神と化したリアムを一目拝もうとする群衆で溢れ、凱旋パレードは数キロに及ぶ停滞を余儀なくされていた。

一方、王都のギルド地下。賢者ムドーは、冷徹な瞳で大陸の地図を見つめていた。

彼の指が指し示すのは、隣国、魔導公国エルドラド。

そこから届いた一通の「応援要請」こそが、ムドーが描く世界征服シナリオの次なる分岐点であった。

リアムという「核」を隣国に突きつける。それだけで、エルドラドの資源と技術は実質的に王国の、ひいてはムドーの管理下に置かれるはずだった。


「……サオリよ。リアムたちの現在地はどこだ。予定では昨日の夕刻には王都に到着し、今朝にはエルドラドへ向けて発たせているはずだが」

ムドーの声には、隠しきれない苛立ちが混じっていた。

机の上には、エルドラドの特使との間で交わされた「迅速なる派遣」を約束する契約書が置かれている。ムドーにとって、このタイミングでの介入こそが、エルドラドを属国化するための最短ルートだった。

「報告します。リアム様の一行は、聖都アヴァロンから王都へ向かう街道、第4検問所付近で足止めを食らっています」

「……何だと? 賊か? それともアヴァロンの残党か?」

「いえ。リアム様が道中の村で『少し喉が渇いた』と仰った(実際は緊張による口の渇きを漏らしただけ)ところ、村人が『神に捧げる水を用意せねば!』と暴走。村中の井戸から聖水を汲み上げ、それを祝福していただくための儀式が始まり……さらにはグレン様が『リアム様の御言葉を無視する者は不敬罪だ』と槍を振るったため、近隣の村からも信者が殺到。現在、その村はリアム様を中心とした『臨時聖都』と化し、一歩も動けない状態です」

ムドーは額に手を当てた。

「……たかが水一杯で、一国の命運を左右する遠征を遅らせるというのか」

「さらに、マリー様とリリー様が『リアム様が休まれるなら、ここは楽園でなければならない』と主張。重力魔法と植物操作で村の周囲に巨大な防壁と空中庭園を築き上げました。現在、その村への入国待ちが数千人に達しており、物理的に馬車が通れません」

ムドーの指が、ピキリと音を立てて契約書を握り潰した。

リアムは完璧な駒だ。だが、その周囲にある「信仰」という名の熱狂が、ムドーの精緻な歯車を狂わせていく。


「……ええい、話にならん。ワシが直接出向く。リアムの首根っこを掴んででも、エルドラドへ引きずっていくぞ」


ムドーは数年ぶりにギルドを離れ、転移魔法を駆使してリアムたちが滞留しているという村へ飛んだ。

だが、転移した先でムドーを待っていたのは、自分が知っている「のどかな農村」ではなかった。

「……なんじゃ、これは」

そこには、白銀の防壁に囲まれ、天空に浮かぶ庭園から光が降り注ぐ、神話の世界のような城塞都市がそびえ立っていた。

ムドーが村の門へ向かおうとすると、白銀の鎧に身を包んだ「狂信者と化した元村人たち」に遮られた。

「止まれ、老いぼれ。ここはリアム様の聖域。謁見の許しなき者は、例え賢者であろうとも通さぬ」

「……ワシを誰だと思っている! リアムを呼べ! 今すぐエルドラドへ出発させねばならんのじゃ!」

ムドーが魔力を高め、威圧しようとしたその時。

城塞の中央にある玉座の間から、一人の青年がふらふらと現れた。

リアム。

彼は豪華絢爛な装束を着せられ、両脇を聖女エレーナと魔女イブに抱えられていた。その表情は、あまりの急展開に対する恐怖と絶望で死人のように青白い。

「あ……ムドーさん……! 助けて、助けてください! 僕はただ王都に帰りたかっただけなのに、気づいたら村の王様にされてて、みんな『ここを独立国家にする』って言い出してて……!」

リアムの悲鳴は、周囲の歓声にかき消される。

「おお……! リアム様が賢者ムドーに、新たなる秩序の始まりを宣告されている!」

「なんと神々しいお姿か……!」

「違う、リアム。お主は今すぐ、この茶番を捨ててエルドラドへ行くんじゃ!」

ムドーが叫ぶ。しかし、その声を遮るようにグレンが前に出た。

「ムドー殿。リアム様は、この地に『安らぎ』を見出された。エルドラドの魔物など、リアム様が直接赴く価値もない雑魚。……どうしてもと言うなら、我々がエルドラドごと『リアム様の庭』に作り替えてきても良いのだぞ?」

グレンの瞳には、一切の理性が通じない「狂信」の炎が宿っていた。

ムドーは理解した。

今のリアムは、ムドーの命令を聞く「駒」である以上に、周囲の暴走する忠誠心によって担ぎ上げられた「偶像」として、物理的に拘束されているのだ。


その夜。ムドーはリアムを強引に連れ出す機会を窺い、城塞の奥深くへ潜入した。

だが、そこで彼が見たのは、リアムを巡る、より根源的で背徳的な「儀式」であった。

「リアム様ぁ……。ムドーさんなんて放っておいて、私たちが作ったこの国で、永遠に愛し合いましょうねぇ」

アクアが、特製の「神格固定薬」を自分の唇に塗り、リアムの唇を貪る。

「……あ、あぐっ……!」

リアムの身体は、アクアの薬とイブの魔力によって、極限まで感受性を高められていた。

「エルドラドへ行く必要なんてありません。リアム様がここに居るだけで、世界中から跪く者がやってくる。……私たちが、世界を貴方の足元に運んできますから」

エレーナが、聖なる処女を捨て去った淫らな手つきで、リアムの下半身を解放する。

聖女と魔女、そして暗殺者と薬剤師。

彼女たちは、ムドーという「飼い主」の計画など眼中にない。彼女たちの望みは、リアムを自分たちだけの箱庭に閉じ込め、その「神」としての力を自分たちだけで享受することであった。

「ああああっ!! リアム様、最高……っ! 貴方のその絶望する表情、もっと見せて……っ!!」

リアムの絶叫が、夜の帳を揺らす。

ムドーは影の中で、自らの胃を強く押さえた。

リアムをコントロールし、世界を征服する。その計画は、リアムの「無能ゆえの求心力」が引き起こした、予想を遥かに超える巨大な熱狂に飲み込まれようとしていた。

「……バカな。……ワシが育てた駒が、ワシの制御を離れて勝手に神になりよる……」

ムドーの苛立ちは、今や「恐怖」へと変わりつつあった。

隣国への迅速な派遣。それはもはや、エルドラドを救うためではなく、この爆発的に膨れ上がる「リアム神話」の熱量を外部へ逃がさなければ、王国そのものがリアムという偶像に食い尽くされるという、賢者の防衛本能に近い焦りとなっていた。

「……明日じゃ。明日、何が何でも、この狂気の村を破壊してでも、奴を海へ放り出すぞ……!」

ムドーの決意を嘲笑うかのように、リアムを抱く美女たちの笑い声が、夜の城塞に響き渡った。

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